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12話

割りと遅い投稿ですが、実は、構想自体とストーリの流れ、本文自体はかなり進んでいたりします。ただリアルの都合や調整――と言い訳をつらつらと書きなぐってます!



一〇分ほど前。

演習場の片隅で、夜斗と四月朔日が独特の空気を醸していた。


「調子はどうだ?」

「まだ一つしか行ってないので、具体的には答えられないです。強いてあげるなら、先のテスト【付与】の感触は悪くなかった、というぐらいですかね」

「ふむ。相も変わらずの口ぶりだな。俺以外にそれだと、気分を害するぞ」

「忠言として受け取っておきます。先輩の方こそどうなんですか?」

「俺はまだテストをやっていないからな。どうとも言えないが、準備は万端だな。いつでも行ける」

「そうですか」

「因みに、他の奴らはお前から見てどう映る?」


 自分達の後は周りの学生へと話題は映った。一瞬、思案顔を作った夜斗は手を顎に乗せたまま俯き加減で答えていく。


「無難な選択が多いですね。この系統で、自分が得意な属性ならこの術式といった決まりが確立されている気がします。一般学生の場合は属性すら、【強化】なら炎、【拡張】なら風、【付与】なら、闇、そういった風に固めていたりしますね。窺う限りでは、ですけど」

「なるほど。それは俺自身も感じてしまう部分だな。個性が無いとは言わないが、安全を取っているのは疑いようがない」


 下手に失敗するよりも、ある一定の水準をキープしていれば大丈夫だろうと言う考え方が蔓延しきっている。さらに言えば、ここに居る代表は総じて能力が一般学生よりも高い。それが拍車をかけるように、安定を選んでしまうのだろう。


「俺が思うに術式の選択肢が狭いからなんだろう。『層』と言われる区切り、それら振るうための環境。講師や監督が居れば、学生でもある一定以上の術式を使うことが許可されている。しかし、やはり狭い」

「まさかですけど――」

「ああ、お前が考えているので間違いないな。『十二家』や『無道一〇家』にのみアクセスを許されている専用術式の解放があれば、こういったテストという場でももう少し――」


 やる気や成績が良くなると言いたいのだろうが、夜斗からすればそれは無謀でもあり、おこがましい。そして、規律の崩壊を意味していた。

『無道十家』の一角である四月朔日なのだから、それを理解している彼からそんなことが出るとは微塵も考えなかった。

 名家と言われる一族がそう呼ばれる所以は、一族にのみ開示されている術式の使用と管理があるからだ。裏を返せば、彼らは専用術式を振るうために調整されている。それを、血族以外の異能者が使うことは許されないのではなく、使えない。それこそ、エンジニアが調整したところで、不発、暴発で終わる。専用術式とはそういう風に出来上がっているのだ。


「そんな禁忌を犯せばッ」


 夜斗の動揺交じりの台詞を呑むように、爆発的なオーラの奔流が演習場を襲った。

 演習場内で実技を行っていた学生はフィールド内に居たおかげか、それほど影響を受けていないが、待機中の学生の殆どは全身に毒針を打たれたような錯覚に陥るほどの衝撃を身に受けた。

幸い、夜斗は四月朔日が展開した術式のおかげでオーラを浴びずに済んだ。


「これが、四月朔日家の術式『錬金』……」


感嘆を漏らしつつ、その術式の万能性に舌を巻いた。


「大丈夫か?」

「はい。助かりました」

「話が中断されたが、まずは事態の収拾だ」


 四月朔日が行動に入ると同時に職員も倒れた学生の移動や、平常心を失っている学生の沈静化に即座に移っていた。

 そして職員の中でも指折りの者と四月朔日が取り囲むのは、痛みに身をよじりその動きに連動する黒いオーラをまき散らし、周囲を破壊する黒須才華だった。


「阿戸先生。これ処理できますか?」

「流石に厳しいですよ。僕の〝理想郷へと至る(アタラクシア)〟ですら、完全に無力化できるかどうか」


 シンが零した言葉に、全員に緊張が走る。

〝理想郷へと至る(アタラクシア)〟は対象や空間に滞在するオーラを吹き飛ばす術式だが、限度がある。それに最悪彼女を殺すことになる。

 講師陣も彼女を無傷で抑え込むのは不可能なことは承知済みなのだ。少しでも傷を負わさずに捕まえる確立を上げるために阿戸慎之介の固有術式に頼ったが、それが逆に危険だった。


「なら、どうします? この手のことなら解樹先生が来るまで学生の避難を優先して動いた方が――」

「それだと、黒須先輩が死ぬ」


 講師の会話に割り込むように静かな声が投入された。


「夜斗君?」

「オーラの減りが尋常ではない。彼女の意識が辛うじてオーラの消費をあの程度で済ませているんだ。持って数分。その後は栓のない蛇口と同じく垂れ流し状態になる」

「更級。ならどうしろという? 黒須才華を殺すか? それとも俺達に死ねと?」

「それだと過程が変化しただけであって、彼女が死ぬことに変わりがない。後は俺に任せてください」

「おいおい更級君。君が出しゃばって勝てる相手じゃないのは――」

「先生。確かに俺は今この中じゃ一番力がない。でも勝つ負けるの話ではないんです。助けるだけの話なんですよ。他人事で人任せな先生方よりかは、マシだと思ってます」

「学生の身分で貴様は……――ひっ」


 講師達の心中に隠した本音を露わにした夜斗に、彼らの眼差しは冷たく燃えていた。しかし、一身に受ける夜斗に宿る気概はそんな生易しい火ではなく。マグマのように煮え切ったソレを何か得体のしれない箱に封じ込めたようだった。

 恐怖を刷り込まれた講師陣は無自覚に後退し、言い訳を取り繕って学生の誘導へとシフトする。

 残ったのは、夜斗と四月朔日、阿戸慎之介の三人。


「中々言うね、夜斗君。常にそれだとモテると思うよ」

「……意味が解らないがシン、貴方が助けてくれるのはすごく助かる」

「阿戸先生ほどじゃないが、学生の総代表だ。手を貸せるなら貸そう」


 夜斗達が見据えた先。

 禍々しいオーラを放つ才華の苦しむ姿は見るに堪えない。


「――う……ぅう」


 それでも目の前で苦しむ少女を放っては置けなかった。夜斗のいつもの冷静沈着な面影はそこになく、ただひたすらに何かを守る者の双眸。しかし英雄や勇者の類ではない。妄信者や復讐者がそれに近い。

「待ってろ。今、助ける」


 感情を静かに押し出した。



「――え」


才華は痛みを堪えながら虚ろな視界で声の在り処を探す。

 夜斗だ。

 彼の顔はいつになく冷静。

けれど裏腹にその声や、行動には熱が込められていた。それこそ、いつも押し殺している感情が存在を主張するように、だ。


「あ、ぶ……ない、わ」


 掠れ掠れの声でそう言った。それしか言えなかった。

 暴徒と化したオーラは無秩序に周囲にその害意をぶつけ壊すため動くが、途中で地面が盛り上がり阻害する。その隙間を縫うように蠢くオーラはある一定まで進むと力を吸われたように霧散していく。

 どうやってオーラを無力化しているのか定かではないが、阿戸慎之介と四月一日宗二郎の術式がそうしているのは確かだった。だが、それだけではない。夜斗自身の実力もあった。オーラの動きを読み瞬時に判断し躱し、避けきれないモノは隆起した土壁でやり過ごす。

判断力、反応速度は二の次とされる異能者の戦闘において、日々それを磨き続けた男だからこそ成すことのできる所業だろう。異能を使わなくなった、もしくは使えなかった彼が選んだ戦う術を朦朧とする意識に刻む。

しかし。助ける、救うと豪語してもその原因たる才華自身、攻撃を受けている者と攻撃をしている者。同じならばどうにもすることができない。

だからこそ、それを言い訳に誰一人として才華に手を差しのばすことをしなかった。


「そんなことは、解ってる」


 そんな傍観を行いそうな筆頭たる夜斗が、一番に気にかけてくれている事に嬉しくも思いつつ、申し訳ない気持ちが押し寄せてくる。


「ック――でもな、諦めるのはもう止めたんだ。助けられる命がそこにあって、自分にその力が無くとも……ッ」


 実体を持たないオーラが害悪を払おうと、苦悩の表情を浮かべる夜斗に攻撃を仕掛ける。

 常識を度外視した場合、相手を殺すのが常套手段だ。下手に致命傷や気絶だけで終わらせると本人が無意識にセーブしていた部分が無くなりかえって危険になる。


「……失うものか」

 夜斗が腰のポーチから黒い紙に朱色で綴られた呪符を取り出した。世に出回っている簡易符――普通の人、異能者ではないただの人にも異能を具現化するためのアイテム――と酷似はしているがどこか根本から違う様に感じた。

 何千何万の異能者のオーラを練り固め、依代として閉じ込めたモノのようだ。


「……悪い、璃音」


 哀し気な表情を添えて謝罪の言葉を口にした。


「少し強引だから、耐えろよ、黒須才華ッ」


 眼前にまで近づき、


「ッ!」


 才華の視界から消え失せ、その背中、オーラが漏れ出る部分へと張り付けた。


「――――ぁあああああああああッッッ!」


 身体中に、激痛を伴いながら何かが巡る。足先から指先、脳天まで余すところなく隅々と。悶えるなどの話ではなく、止まればそれこそ身体中の痛みに耐えられず発狂死しそうなほどだ。

 それと共に、痛みとは別のなにかが流れと一緒に入ってくる。

 ――こ、れ……は?

 どこの風景だろうか。ただ、ひたすらに赤い。夕日の暑い赤。炎の燃える赤。血の冷たい赤。

その中心に崩れ落ちている少年。彼の先には無造作に転がる死体。


(――自らの意思とは関係なく周囲を壊していく。それをただ眺めるだけでしか居られない自分の不甲斐なさ。無力さ。あの時の様なことは二度と起こしたくない)


どこからともなくその光景を俯瞰する嘆きの感情が直接響いてきた。

正体を探る間もなく、最大の痛みが走り現実へと引き戻される。


「ッッ――――――――」

「無理矢理、断とうとするからか……となれば、これは外因か」


 ひどく落ち着いて考察する夜斗をまるで悪魔でも見るように、傍観を決めつけていた学生と教師が、慌てて彼から才華を離そうと近づいてくる。


「お前ら、邪魔するな」


 夜斗の殺気を纏う眼が、彼らの足を凍結させた。


「まるで命令と行動がチグハグだな」


 脅威の奔流が、黒い札にゆっくりと、だが確実に力を奪われていく。


「そういう術式の混入か? いや、そもそもとしてさもそういう風に調整されているようにも思える。それとも人の術式を一瞬で書き換える術か? もしそれなら、俺は知らないぞ……」


 驚愕と嬉々に満ちた表情はマッドサイエンストを彷彿とさせる。


「まあ、それは追々調べるとして――何とかなったか?」


 才華が最後に聞いた言葉はそれだった。



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