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11話

「あら?」

 

夜斗の先を歩く才華が、自身の端末に表示された学園情報サイト『噴水のある庭園』への書き込みを読んでひとり呟いた。



【南条那由が実技放棄!?】



 書き出しはそんな感じだった。下にスクロールすると、離れた位置から撮影した彼女の実技テストが映った動画が一緒に添付されていた。


「どうかしたんですか?」

「……え? いえ、ごめんなさい。少し意外なものを発見してしまって」


 自分が立ち止まっていたことに気付いて、慌てて謝った。いつの間にか立ち位置が逆転し、振り返った夜斗の目が訝しげなものになっていた。

ほんの数時間前に、面倒事に巻き込まれた彼だから、またそういうことになるのは、心底嫌に違いない。そういう表情だ。

 ――さすがに同日に厄介事が二つあると、私でも嫌になるわね……。


「あの南条さんが、テストを辞退したそうよ」

「天才少女が? どうせ、術式回路に不具合でも生じたんじゃないですか」

「?」


 才華はエンジニアではないが、ある程度の知識は持っている。自分の術式は特化特有の特殊なタイプ故に、調整は黒須家専属のエンジニアが必須ではあるが、微調整程度なら自分自身でやれるように学んでいた。

 そのため、このテスト前に完全なパフォーマンスが発揮できるようにしてきたからこそ、エンジニアとして有名な南条那由がそんなミスをするとは思えなかった。


「疑問に思うのは無理ないですが……とりあえず、俺達は異能者である前に人です。例えば、どんなプロのスポーツ選手でも世界大会の決勝となれば、少なからずの緊張感は生まれます。それにより十分なプレイができるかと問われれば……」

「できないわね」

「それに、それが新しい技ともなればもっとです」

「彼女が新作を披露したということなのかしら?」

「そういうことです」


 添付されていた映像だけでは、どういったスキルを使ったのかは絞り切れない。解るのは、【強化】系、炎属性だということだ。

 彼――エンジニアの端くれたる少年は、映像を一度も目を通さなかったというのに、難なくそこまで言い当てた。


「因みに、術式は『朱羽』でしょうね」


 ――訂正かしら……。

 自分の考え以上のことを、目の前の男はすんなりと言葉にした。飾る気配もなく、知っていることを他者にただ伝えるためだけに。

「どうして解ったの? 映像を一回も見なかったわよね」


「…………」


 その顔は舌打ちを我慢している感じだった。多くを喋りすぎた、と。最後の抵抗として、彼は顔をそっぽに向けた。


「ね? どうして?」


 彼の周りをグルリと回りながら、才華は機嫌よく問い詰めていく。その度に、顔を一八〇度反対側へと逸らす。


「ええい、しつこいッ」

「いいじゃない。減るものじゃないでしょう」

「減る。俺のメンタルが減るッ――んです」


 何が、メンタルよ、と言いかけた時。

 夜斗の視線を自然に追っていくと、不自然に潰れた自慢の胸があった。夜斗をからかうためとはいえ、そこに気付かなかった自分が恥ずかしくて堪らなく、

 ――はわぁあああああああ。

 才華の最後のプライドが、脳内で叫び声をあげた。

 赤面を覆い隠すように、挑発じみた台詞を口にする。


「……も、揉んでもいいわよ?」

「…………」


 夜斗の眼が、才華の火が出そうなほどの顔を消化できるくらいに冷たくなっていた。

 まだ救いがあるとすれば……、周囲に誰も居なかったことだった。



 校内を周回し、代表に連絡が着たころには空は茜色に染まっていた。

 携帯端末を確認する夜斗の横から才華が昼間と同じく盗み見ると、時間までに演習場へと集合する、というものだった。


「仕事はもう終りのようね。それじゃ、行きましょうか」

「どこにですか?」

「決まっているじゃない。演習場よ」

「そんなに早く行く必要はないと思いますが?」

「いいのよ。早いことに越したことはないわ」

「はあ」

 

 曖昧な返事で答えた夜斗の言う通り、演習場に着いたころには学生はおらず、複数の教師だけがいた。


「おや、早いね、夜斗君。それに、黒須さんまで。まだ時間はたっぷり残っているよ?」


 シンこと阿戸慎之介がこちらに気付いて、話しかけてきた。

 相変わらずの無気力さが、隠す気もなく垂れ流し状態だ。


「俺はこの人に連行されてきただけです」

「あら、酷い言い草ね。デートと言ってくれない?」

「仲良くなっったんだね」


 ハハハと笑うシンではあるが、奇妙な組み合わせの二人に少し驚いている様子だ。

 それも無理はないか、と思う才華ではある。これまでの彼の対応は愛想の欠片もなく、冷たい。だが、今日に至っては、空御や悠霧ほどではないが、それなりに好意的だった、はずと自負している。それが目に見える形で、第三者を通して改めて認識したことで、彼女は影で小さくガッツポーズを決めた。


「ありえない」

「そうなんです」


 才華はシンに、子どもがおもちゃを自慢するような屈託のない表情で横に立つ夜斗の腕をとり指を絡ませて、胸を押し当てる。


「独り身の僕には、なかなかにリア充オーラを展開するね……」


 目に見えて落胆するシン。三十路前らしいが童顔寄りでその気だるさが教師と学生の壁を感じさせず、授業も解りやすいためか当人は知らないだろうが女子からは人気だったりする。

 その事を彼に言ってあげたいが、おそらくお世辞と思われると判断し、才華は絡ませた腕を解き素直に謝ることにした。


「ごめんなさい、先生。悪気があったわけではないんです」

「学内ではほどほどにね。特に君達ほどの学生だと、嫌でも敵は生まれるんだから」


 先生の目が注視しないと気付かなかったくらいに素早く、夜斗の方に向いていた。何か言外に伝えることでもあったのだろうが、そこはプライベートなこと。才華は踏み込むことをせず、知らないふりをした。


「ありがとうございます」


 夜斗が額縁通りに受け取り感謝を述べると、スタスタとロビー内の待合場で懐から取り出した文庫本を読みだした。傍から窺えば、完全に自分の世界を構築している。

 才華は呆気にとられ、シンは苦笑交じりで、


「君は……うん、面白いね。これからも彼と仲良くやってほしいよ。彼のために」


 この会話の流れで、その発言は理解できないでいたが、才華は、それ単体で受け取り頷いた。



 ロビーの柱にある時計は一七時前を示していた。

 まばらではあるが、代表達それぞれが少人数の集団を形成し、話に花を咲かせている。

 普通と呼べる光景の中で、平穏に偽装した空間があった。

 待合場の一角。

肩を並べるように、美少女の皮を被った小悪魔と共に、読書に勤しんでいる鉄面皮の夜斗。客観的に説明すればただ単に隣に座っている関係でしかない。しかしついさっきまで、相方として組んでいた。

才華は悪戯心が芽生え、全く同じ本を全く同じペースで読んでいるフリをした。

 傍からみれば深窓の令嬢とでも言えるような別次元の美しさに、近くにいる男子学生がチラチラと視線を寄越しているのがまる解りだ。


「何して……」


 才華は横目で夜斗を捉えながら、シーと指を立てて口を挟むことを封じる。

 面倒事は嫌いだが、面倒事を運ぶであろう面倒事には身を任す、というよりも放棄する主義の夜斗が、才華と同じようにもう読み終わったページを繰り返す作業へとシフトしていた。


「代表全員居るかッ」


 後方で、四月朔日の低く重厚な声がフロアに響いた。

 夜斗と才華は本を閉じて、彼の方へと身体ごと向ける。

 四月朔日宗二郎。端的に言えば、代表の代表。立場は『総代表』となっている。他に何か役職を持っているかと言えば、特待生でしかない。

 それでも、彼には人望が備わっている。『無道十家』の肩書が少なからず作用はしていると思われるが。


「よし、全員揃っているようだな」


 そう言って、今日の労いや、これから行う実技についての説明などをしていく。


「それじゃ実技テストへと移る。それぞれ着替えて、演習場内へと集合」


 指示を受けて、それぞれがロビーから演習場中央にのびる廊下の側面にある扉の中へと消えていく。

 幸い、中庭でのことはバレていないのか、はたまた黙認しているのかは定かではないが、言及されなかったことに、ほっと才華と夜斗は胸を撫で下ろした。

 才華達も他の学生と同じように更衣室へと入る。

女子更衣室は扉から平行線上にロッカーがびっしりと壁面に沿って置かれている。才華はその中の一番手前。出入り口に近いところを選び、着替えを始めた。

制服を脱ぎ下着と黒パンスト、黒の長手袋だけの姿になった時だ。嫌でも集まっていた視線が一層強くなったと感じる。女性的な細いシルエットの中に出る所は出ており、整った容姿と相まって、同じ十代、その中でも美貌、スタイルは上位に食い込む代表達だが、才華のそれは別次元とも言えた。


「や、やっぱりすごく綺麗。肌もすごく白くて透明」

「髪も艶やかで良いよねぇ……」


 ヒソヒソと自分をほめる声が届いてくる。まんざらでもないが納得はいかなかった。どれだけ外見が完璧で誰もが求める内面を有していも、一途に想う人が振り向いてくれなければ、外見は飾りで、内面は人形同然でしかない。

 誰にも聞かれないように才華は息を吐き、着替えの続きへと意識を集中することにした。

 


 演習場、実習エリアに入った才華はまず周囲へと目を配った。

 ――居た。

 壁際で独り、近づくなオーラをぷんぷんにまき散らす夜斗の元へと寄っていく。

 彼は制服以上に防護性に優れた実習服の動きやすさよりも安全面に優れている冬用のジャージを着ていた。

 それとは対照的に才華は機動面を重視した夏用を着用している。


「待っていてくれても、よかったのじゃないかしら?」

「なぜ待つ必要があるんですか? 結局ここで集まることに変わりはないでしょう」

「あら、私と一緒なのは良いのね」


 満面の笑みを浮かべた才華に、夜斗の嫌そうな顔が向けられた。


「貴女は結局、俺のところに来るでしょうが。どれだけ、離そうとしても」

「フフ。当たり前じゃない。乙女を舐めては駄目よ?」


 下手をすればストーカー。いや、もしかしたら彼からすればもうストーカーかもしれないが、そんなのはどうだったっていい。仮に何かがあっても才華はそれを揉み消す自信さえある。

 ただ、この当人。迷惑がるが、強く引きはがそうとも、さりとて近づこうともしない。そこにあるのは関心? 好意? 才華は彼が抱く感情を知りたかったが、おそらくはぐらかされるか、逃げられるのは明白だった。


「はいはい」


 彼が適当な相づちをうち、これ以上は興味がないような素振りをみせる。

 二人の間に静寂が訪れると、ぞろぞろと不揃いな足音が大きくなるのが顕著になった。それと比例するように会話らしき声も廊下で反響してか、実習エリアに吐き出される。

 そうして、ようやく全員が揃ったところで、


「では各自、テストに移ってくれ」


 再度人数確認をして、四月朔日が活を入れるように締めくくった。。

 才華は夜斗と行動を共にしようとしたが、総代の説明の最中に姿をくらませており、彼を目撃したのは阿戸慎之介が測量を担当するスペース内だった。

 その間の才華はお嬢様の仮面を被って、同世代の話に合わせていた。

 求められるのは肯定、、同意、賛成、そういったことばかり。『黒須才華』とはそういった生き物。誰もが憧れる聖女様を演じないといけないのだ。

 才華は内心で.呆れ顔を浮かべ、ひたすら偶像になりきる。


「黒須先輩は何から行かれるのですか?」


 男子学生の誰かがそう訊いてきた。校内でも有数の術者であり、名家の一員だった気がする程度の認識しか彼女にはない。才華は愛想の良い笑みを湛えて、テンプレートを並べる。


「まだ決めてないわ。とりあえずは、空いている測量室に入っていくようにしようかしら」


 才華が動けばそれに合わせて群衆も移動することを彼女自身が嫌でも理解している。だから、迷惑をかえないようにと各測量室から離れた位置で待機している。


「あ、ありがとうございますっ」


 何が? と答えたいが、彼らにとって才華の言葉というのには彼ら自身が付けた付加価値がぶら下がっているのだろう。


「それじゃあ私はあそこが空いたから行かせてもらうわね」


 丁度、全ての学生がはけたところへと向かうため、人垣をうまく躱しながら抜けた。ただ、その後ろからは才華の実技が拝めるということもあってか、元々彼女を囲っていた学生だけではない面子までもぞろぞろと集まってきている。


「二年の黒須才華です。よろしい――ですか?」


一瞬、才華の言葉に間が空いたのは、選んだ所を間違えたからだ。各三系統ごとにテストを行うが、それぞれに三~四人の教師が担当としてついている。今、才華が選んだのは相性の悪い教師。結果主義で過程を疎かにするタイプ。特に夜斗のことを目の上のタンコブのように嫌っているのだ。

単に彼の才能が羨ましいのだろう、と才華は割り切りたいが、


「いやぁー、才華君がわ・た・しの所に来てくれてうれしいよ。ささ、始めよう」

 ――気持ち悪い。

「ええ」


 寒気を茨で抑えつけ微笑みながら頷き、ドーム内の中心へと赴く。

 視界端に担任教師とその遥か後ろに夜斗が居た。彼は四月朔日と何か話し込んでいる様子だ。私欲にまみれた視線と、会話の最中にも関わらず横目で興味を示す視線の二つを浴びせられる。

 ――あまり、この人に良い思いさせるのは癪だけれど、夜斗が観ている前だし、頑張らないと、ね。

 二、三言、教師とやり取りをして準備にかかる。

 実技内容は【強化】。

黒須家の十八番は【付与】にあるが、彼女、黒須才華は歴代の中でも『最高にして最巧』と呼ばれるほど各系統の造詣が深く、学内で【強化】や【拡張】を得手とする特待生に追いつくほどだ。その彼女が魅せる術式となると否が応でも期待値は高まる。

五メートル四方の立方体ドーム内の底辺。各頂点にセットされた機材が微かに発光する。

それはイコライザーと言われ、実技テストや模擬戦、試験などで使われる、オーラ調整器具。各異能者のパフォーマンスを十分に発揮させるための装置。それにより才華の放出したオーラがイコライザーによっていつも以上に濃度と安定性を向上させる。


「なんという静けさ。その中に重厚な力が備わっている。流石だね」


 この教師に褒められるのは不本意だった。言葉にしなくても夜斗が少し微笑んでくれた方が才華にとってはご褒美なのだが、その彼はと言うと、無表情にこちらを見据えているだけだ。

 その表情を綻ばせたい、そんな一心で才華はさらにオーラの質と量を高めていく。


「――『星炎』」


 静かに唱えられた術式名。

 オーラがスキルへと昇華する――はずだった。

 刹那。


「……え」


 自然と声が漏れた。

 才華は自分が放出したはずのオーラが、まるで他人に支配されたかのように制御下から離れていくのを感じた。つい数秒までは自分の武器だったものが、返し刃のごとく自らに牙をむく。その恐ろしさは今までに体験したことがないものだ。

 未曽有の災害は、小さな身体に到来し、内部を侵食していく。


「うぅう」


 抑えつけようと必死にするほどオーラは暴れまわり、さらには体内に眠るオーラすら蝕んでいき、我が物顔で膨張を続ける。とうとう立っては居られなくなり、フィールドに身体を投げてしまう。こうなってはただの女の子と変わらない。

 ――無様な姿。

 自嘲気味に吐露した心情。

 特化、特待生、代表、、九十九の女王と、どれだけの肩書を持っていても今のこの光景は笑われ者だ。自分の使った異能の制御すらままならない。そんな事実を周囲の学生や教師陣は、どう捉えるのだろう。

 考えるまでもなく評価の低下。

 実力主義のこの学園において、強さと美しさを兼ねていた才華の天下だったのは間違いない。

 しかしその強さに陰りが生じればその色は濃くなり、周囲の見る目は一気に変化してしまう。

 目の前の嫌悪する教師が呆れや蔑みを湛えたであろう小さな笑みを顔に張り付けているのがいい例だ。

 現在の地位や印象も全て着飾っていた高価な衣装が、音をたてて脆く崩れ去っていくのを才華は痛感する他ない。

 そうして心と身体が弱り切り諦めと自虐に苛まれている中。


「待ってろ。今、助ける」


 陰に呑まれていく世界で唯一と言ってもいい光が輝いていた。



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