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10話

炎髪の少女が独り佇んでいた。ただ、その燃えるような髪色とは裏腹に、その顔立ちは整ってはいるが彫刻のような無機質さと氷のような冷たさが同居していた。

 場所は、演習場入り口付近。長机と大きな機材が置かれたそこは、実技テストの受付としての役割をしている。 彼女は自分の番が来るまで待っているのだが、ごった返しの会場は、学生の他に報道陣が多く占領していた。

 それも、そのはずだ。

 炎髪の少女――南条那由がいるからだ。

 齢一六にして、多くの術式を組み上げ、エンジニアとしてこの業界では名を知らない者はいないとまで言われている天才少女だ。

 そんな天才が、実技を行うのだ。見ない道理などどこにあるのか。


「南条さん、意気込みなどをもらえたりしませんか?」

「そうですね。ワタシは技術部門が専門なので、実技は苦手ですが、頑張らせていただきます」


 リポーターが話しかけた瞬間。那由の顔からは感情の色が現れた。丁寧な受け答えと、朗らかな笑み。どこをどうとっても優等生の鑑だ。

 いくらかのやり取りを終えてリポーターが去っていくと、またもその顔には仮面が取り付けられていた。

 那由は、周囲を目だけを動かし観察する。さっきのリポーターがきっかけとなったのか、那由を見る目が話しかけたそうなものから、話しかけても良い、というものへと変わりかけている。

 それを断つように、タブレット端末を取り出して、プログラム画面を表示させる。完全に外界と遮断した雰囲気をさらし、自分の世界へと入ったようにする。

 手を動かしたり、首をひねったりする動作はあたかもエンジニアを演出しているが、実際彼女が悩むことなどなかった。現在進行形であるプログラム作業は、小さい頃に作った術式をばらしては組み立てるの繰り返し。要はジグソーパズルをしているような感覚だ。

何度も何度も、何回も何回も。幾度となく、時間を潰すため、もしくは話しかけるなオーラを出すためにやっていたこの作業は、目を瞑ってもできるくらいにやってきた。

 どのくらい繰り返しただろうか。ようやく名前が呼ばれたころには、端末に表示されている時間は三〇分以上進んでいた。


「南条那由君だね。使用術式は――これでいいね?」


 男性教員がPCを操作しながら問う。


「はい。その術式で間違いありません」


 那由が言うと、教員は術式をPCから機材へと一度転送し、チェックを行う。

 これに意味があるのかと問われれば、一応の保険であるらしい。術式の不備であったり、改変であったり。特に彼女のような自らで術式を組む、特化型の異能者の術式回路は複雑なものが多く、チェックが長引いたりする。

呼ばれるまで長い時間待たされていたわけだが、テストを受ける前にもう一度簡略ではあるがチェックするのは、仕事していますよ、というアピールの一環なのだろう。

ともかくとして、面倒なことは終わり那由は演習場内へと歩を進めた。



 均等間隔でフィールドが形成されてる中で、学生が己の実力を少しでもアピールするため奮闘していた。

 しかし、那由からすればどれも似たようなモノで目を引くほどの光景など皆無だった。【強化】のテストなのだから、似たり寄ったりするのは当たり前だろうが、どれも個性に欠ける。

 効率を重視した術式を選択しているからだろう。


「ん、那由じゃん。よッ」


 ふと、声を掛けられそちらに視線を動かす。

 軽薄な見た目と、女を誑かすことに特化した声音。みてくれだけならモデル並みの男子――鳳空御が親しげな口調で話しかけてきた。

 那由は心底嫌そうな顔を鉄面皮で覆い、なんなら縄で固定してもいいくらいに不動に縛り上げた笑みを作りあげた。 


「ええ。こんにちは、鳳クン」

「調子はどうだい?」


 当たり障りのない会話を繋げるための常套句。この手の手段はよく使われる。文面内容は違っても、中身は同じようなもので何千と聞いてきた那由は、


「まあまあですね。では、ワタシはこれで」


 と、こちらも変わらない。決まり文句には決まり文句。そのまま笑みを携えて、空いているフィールドを確認するとそこへ歩いて行った。


「ああ、じゃあな」


 わざわざ手を振る姿が様になっている。周囲の目――主に女子――が増した気がしたが両方とも視界に入っていない体にした。

 フィールドに着くと、顔見知りの教師だった。

 二、三言、交わしてフィールド中央に立つ。周りの学生と同じく術式にオーラを流し込む。


「……少しラグと詰まりがある感じね」


 一般学生ならば、気にしないような些細な違和感。だがエンジニアとして、天才少女はその小さなズレを感知した。

 今回、使用しているスキルの術式はオリジナル。この舞台で初めて人目に触れさせる。観客同然の報道陣が嬉々とした目を向けているが、それらを振り払うための台詞を那由は作りあげる。

 那由の術式展開を映像に収めようと集まった者たちからすれば、何事か、と疑問に思う行動を彼女は起こした。

 パッタリとオーラが断たれた。淀みのない美しい動作が突然として、だ。


「ど、どうしたん、ですか!?」


 顔見知りの教師も焦ったように、駆け寄ってくる。


「少し、術式回路に不具合があったようなので、自己判断で止めさせて頂きました」

「それじゃあ、テストの方は……?」

「辞退させていただきます。報道各所には『十全なパフォーマンスがお見せできない』と言って止めた旨をお伝えするので。では失礼します」


 恭しく頭を下げて、那由は演習場を出ていった。


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