淡と濃/strawberry濃
エスプレッソ・メーカーが溜め息を吐き出した。瞬く間に良い薫りが広がり狭い店内を満たす。
カウンター席しかない奥に長い喫茶店の、唯一人の従業員であるマスターが背を向けたままカップに注いでいるエスプレッソ・コーヒー。
私の前にはプレーン・スコーン、ジャムもクリームもバターも添えられていない。できたてのスコーンはマスターが焼いたものだ。
その隣にエスプレッソが並ぶ。
ありがとう。
いりますか。
そうね。
何時ものやりとりでスコーンにストロベリー・アイスクリームとミルク・シャーベットをマーブル状に混ぜたものが添えられる。熱々のスコーンの上にひとすくいのせると、直ぐに溶けてたらたら垂れてくる。赤と乳白色の混じる滴を嘗めとり、かじる。
舌に感じる冷たさの後の熱さと、上顎に触れる冷たいベリー、空気を含んだ濃厚なミルク、砕かれていくスコーンのかけら。私はそれをエスプレッソで飲み下す。
鼻を抜けていく香ばしい苦み。
たまらず、スコーンをもう一口かじる。唇の端から溶けた滴がこぼれだす。
拭おうとして、拭われた。その指先に付いた滴を無意識に嘗めとる。
焦らないで。
分かってる。
考えごと?
そう、ね。
彼女のこと。
そうよ。
微かに煙草の味がする指先が離れ、カップに半分は残る液体に触れた。琥珀色の指先がカップの縁を滑る。
きゅる、微かに鳴る。また浸し、指先が縁を滑る。
熱くないの。
熱いよ。
火傷してない?
確かめてみて。
きゅるきゅると鳴らしていた指先が私の唇に伸びる。私は逆らわず、その指先を含む。舌で触れる。苦い。
アイスクリームに浸せばいいのに。
指先は未だ唇をなぞり、マスターの目は私から離れない。
一度彼女を連れて来て。
だめ、ここは狭すぎるわ。そういうの、苦手なの。
オープン・テラスじゃなきゃ?
そうよ。
エスプレッソのカップを両手で包む。冷めかけの熱が気持ちよい。
ミルクティーを淹れようか。
…ないわ。
そんなことない。
ミルクティーは彼女の飲み物、私には…似合わないわ。
俯いた私の目元をマスターの親指がなぞり、視界が陰った。
ストロベリー・アイスクリームはマーブル状のまますっかり溶けてしまった。
そのキスは煙草の味がした。