第14話
アーフォルグ伯爵の行方を追う。この作業に打つ手は限られていた。
クリストフは奔走したらしい。かつてアーフォルグ伯爵と関係を持っていた人物を数人ほど発見してくれた。
一人はこの国で手広く事業を興している商人。アーフォルグ家が進出していた運送業を、例の事件後に引き継いだという。
それなら事業の件などで今も伯爵と連絡を取れる人物だろうと期待していたが、返事は空振りである。
「連絡なんて取りゃしませんぜ。あんな事件を身内が引き起こしたお人ですよ。ウチにしたって関わりがあっちゃ商売に差し支えますからな」
いかにもやり手の商人といった風情の男は、妙に首を突っ込まない方が身のためだと俺にやんわりと注意し、如才なく話をそらした。
二人目は事件前までアーフォルグ家に仕えていたという元侍女。会いに行って直接話を聞いたところでは、伯爵ではなく奥方付きだったとのこと。つまり西の国に暮らす例の婦人のことである。
「伯爵様の居所なんて分かりません。私たち使用人を全員解雇なさって、お屋敷も捨てられましたもの。奥方様とも離婚のうえ実家に帰れと……お労しや、奥方様!はっきり申しあげて御夫婦仲はあまり良ろしくはなかったんです」
元侍女は俺の顔を食い入るように見ながら、いささか調子良すぎるほどに内情を暴露した。しまいには「これ以上のお話が聞きたければ、今夜お部屋で」というような事を言い出したので俺は速やかに退散し、帰るなりクリストフを捕まえ
「貞操の危機だったぞ」
とあらましを伝えると、男二人で笑い合った。
同じような調子で捗々しい結果が得られないので、ならばと資料室を当たってみる。
元夫人によれば国内に居住しているとか。伯爵家の領地は処罰として事件後
に召し上げられたはずだが、国王陛下の勅令で一部に特赦があったという噂も当時流れた。となると、没収を免れた土地に隠れ住んでいる可能性は高い。
しかしそれはどこなのか?
資料室には土地台帳が置いてある。所有者が変わったりすれば、必ず記録係が書きこむ決まりになっている。
なのに、修正の跡がない。よく調べてみると放置されているのは伯爵領に関してのみで、他の土地はちゃんと二重線が引いてあったり、新しい所有者名が記されてあったりする。
正確な資料が見つからないのは土地台帳だけではなかった。誰もが閲覧可能な資料室に置いてある記録では、放火事件の全貌を知るのに全く役に立たなかった。
まあ、予想できたことなので「やっぱりな」と思う程度だったが、しかしよく考えてみると不思議である。なぜここまで徹底的に隠ぺいする必要があるのだろう。
何しろ浅はかな事件だったのだ。単にベルナール王子の妃に選ばれなかった姫君が嫉妬に駆られただけのこと。
浅薄すぎて諸外国に示しがつかないので無かったものとしたい気持ちは分かるが、歴史から痕跡を抹消しなければならないほど深刻というわけでもない。むしろ、後世の人々が聞いたところで
「馬鹿な事件もあったもんだ」
とサロンで笑われたり、もっと年月が経てば芝居やオペラの格好の題材にされたりするのがオチの、娯楽性のある事件である。
提供元のアーフォルグ家にとってはこれ以上ない恥辱だろうけど……まるで誰かがそれに同情して、「そっとしておいてやれ」と庇ったかのような印象である。
少し休憩にするか、と資料だらけの窮屈な執務部屋を出て伸びをする。
夏真っ盛りの陽光は絶好調。螺旋階段の窓から外をひょいと覗くと目の前を色彩鮮やかな蝶が風に流されるように飛んで行った。
階段を下りて廊下の突き当たりから中庭へ。書庫へ行く時によく使う出口だ。そうだ、書庫へでも行くか。
半地下の入口へ下りて行く階段の横の小部屋に書庫番の爺さんが腰を曲げて座っている。軽く手を挙げて挨拶を済ませたつもりが、爺さんは急に立ち上がる。
「いつお出でかと待ちくたびれましたぞ!」
「は?」
埃にまみれた老人顔に今日は満面のお愛想が載っている。率直に言って品がなく、不気味だ。これはロクな用件ではないぞ、と眉をひそめる俺にお構いなく、爺さんは薄い包みを突き出す。
「預かりましたんでね。へへ……ようござんすねぇ、旦那くらい男前だと娘の一人や二人はお手の物ってわけで」
爺さんを無視して俺は包みを引ったくる。ざっと見たところ差出人の名前はない。してみるとフローネなのだろう。俺に懸想している女なら必ず身元を明記するからだ。
以前も一度、フローネは爺さんにメモを託した。王宮の隅で閑職に甘んじている書庫番であれば、多少疑われても問題ないと判断しているらしい。
俺は内ポケットから小瓶を取り出した。通常より1/4の容量であるクウォーター・ボトルワインだが名産地もので価値があり、爺さんの目を輝かせるには十分だ。
「分かっているだろうな?これを預けに来た人のことは」
「見ざる聞かざる言わざるで。承知しておりますとも。へっへっへ」
無人の書庫で包みの中身を確認すると、彼女の一筆と、エド宛の手紙が封をされて入っていた。
──エドへの手紙をどうお預けしていいか考えた末、書庫の方にお頼みしました。大丈夫だったらいいのですが。それと次回ですが夜番になりましたので行けなくなりました。お許し下さいませ。
いかにもフローネらしい、丁寧にしたためられた筆づかいだ。
……だが、この無情な中身は何だ。
姫君でも町娘でもない、彼女は仕事を担っている女性なのだから当番が回って来たのなら仕方ないことだ。でも理屈は理屈として、俺は心のどこかで、フローネは体を許したことを後悔しているのではないか、もう俺に会いたくないとでも思っているのではないかと、つまらない疑惑に苛まれていた。
エドへの手紙はすぐに手配した。エドのことなので、読むだけ読んで返事はうっちゃらかすのではないかと思い、返信を受け取るまで帰ってくるなと使者には命じておいた。
クリストフはフローネの一筆箋を読んで俺の不機嫌の理由を知り、可笑しそうに笑っている。
「案外賢い娘ですねぇ……。フィルー様を振り回せる女性はこの娘くらいでしょうかね。大したものですよ」
どうやら彼の中でフローネの株が上がったらしい。