謝りさえすれば良いのよね?
「ごめん、悪かった。もうしない」
婚約者のルーカスはそう言って謝罪する。ローザリンデは彼と向き合っていて、その謝罪を受ける側だ。
ルーカスの隣にはクラリッサが居て、彼女は、落ち込んだ様子のルーカスを慰めるようにそっと背に手を添えた。
「ルーカスも反省してるし、許してあげたら? ローザリンデ」
クラリッサはそうして、二人の仲を取り持とうとする。
ことの発端は、先日、お茶会の予定をすっぽかされたことである。
さして重要な予定ではなかったが、こういうことは今まで何度もあった。
そのたびにルーカスは謝罪をする。
けれども繰り返す、であれば、今度こそ改善のために策を打つべきだ。その説得の方法はすでに考えてある。なので、説得を始めるためにとりあえず言った。
「わかりました、謝罪は受け入れますわ。悪かったと思っているのも事実のようだし」
そう言うとクラリッサもルーカスもほっと息をついて胸をなで下ろす。
「良かったわ。私も二人が険悪になったら悲しいもの」
「ありがとう、ローザリンデ。本当にこれきりにするから。じゃ、終わったことだし早速――」
二人は早々に話を切り替えて、別のことを提案しようとする。
すかさずローザリンデは続けて言った。
「でも、どうしてそうなってしまったのか、もうしないためにはどうするのか、そういう話し合いを望みますわ」
「え」
ローザリンデの言葉にルーカスはまったく予想外だとばかりに、疑問の声を出す。
「当たり前でしょう。これで五回目のことですもの」
「でも、今日はこの幼馴染み三人で町に降りる約束もあるし」
「私はとてもそんな気分にはなりませんわ」
「前々からの約束だっただろ」
「それより、今後のための話し合いの方が重要なはずですわ」
そうして彼がなんと言おうと、ローザリンデは譲らなかった。
それに、これ以上続くならば看過できない。自分の気持ち的にも体面的にも。そういう後のなさもあって、謝罪はもちろん受け入れるが、それは次がない前提なのだ。
ローザリンデと、ルーカスとクラリッサは三人皆が幼馴染みだ。当然、ルーカスとの関係が破綻したらクラリッサとの仲も気まずくなってしまう。
そうなれば同時に二人も幼馴染みを失うことになる、それもまた避けたい事態だった。
だからこそ今ここで、納得のいく説明と、これからの対処を考えるのは何より重要。
それはわかってくれるだろうそう、ルーカスに説明しようとしたが、彼の隣に居るクラリッサが口を開いた。
「え、でも、ローザリンデはさっき許したじゃん」
それは、なんだか機嫌の悪い声で、ぱっとローザリンデはクラリッサを見た。
「それに、ルーカスも謝ったじゃん。それで、じゃあ喧嘩は終わりって切り替えられないとか、幼稚じゃない?」
嘲るような薄ら笑み。
ローザリンデは目を見開く。
なぜ、彼女は、それでもルーカスをかばうのか、ローザリンデとルーカスの二人の仲を心配してやってきたはずなのに。
一つ、可能性が思い浮かんだ。
「だよな。クラリッサ。……ローザリンデも俺のこと好きなのはわかるけど、もう終わったことあれこれ言うなよ、口うるさいぞ?」
「そうそう、そういう女の子より、優しい子の方が男性って好きなのよ? ローザリンデ……だからそう言ってないで、一緒に楽しく遊びに行きましょうよ」
クラリッサはさらりとした髪を揺らして、ローザリンデに提案する。
ルーカスと視線を交わす彼女は、今までに見たことのない女性らしい顔つきをしていた。
「……」
「謝ったのに、蒸し返して、あれこれ要求するなんて、性格悪いわよ」
そうしてやっと、二人ともがすでにローザリンデのことを裏切っていることにやっと気が付いたのだった。
彼らのことは簡単に調べがついた。
そして時間が経つにつれてより顕著になっていく。
後は証拠を用意することが出来ればクラリッサとルーカスの不貞を訴えることが出来るだろう。
しかし、その証拠を用意する作業は、たくさんの労力と金銭が必要になる。
平民の証言は貴族社会では証拠として扱われることがない。
必然的に貴族の証言が必要になるが、貴族に公の場で誰がどこにいた、ここで彼らを見たという証言をしてもらうには、その貴族の労力に見合うだけの金銭が必要だ。
だからと言って、それを嫌って放置はもうできない。
ローザリンデは裏切りに憤る気持ちもあった。
正しく裁きたい、彼らのことを。
しかしだからといって、ローザリンデだけがその負担を背負うべきなのか。
日々考えていると、常に眉間にしわが寄って不機嫌な顔になってしまう。
すると、目の前に居たクリスティアンが見かねて声をかけた。
ローザリンデのおつきの事務官のクリスティアンには、ルーカスとクラリッサの情報を集めてもらったし、今し方、追加の情報をもらったところだった。
「それほど浮気の立証をするのが難しい状況でしょうか?」
彼は、恐る恐るローザリンデに問い掛けた。
ローザリンデが考えているのはそこではなかったのだが、自身の悩みを話してはいなかったので、あまりに考え込んでいる様子にそう思ったのだろう。
「……いいえ、違いますわ。あなたから見ても、浮気の立証は簡単でしょう?」
「そう、ですね。見る限り狡猾に隠しきっているという印象は受けません」「そうですわ。でも、いくら正しい証言をしてもらうだけだとしても、貴族の協力を仰ぐのには少々、こちらに負担がある」
「しかし、それは必要な経費では」
「……」
「私からお父上に進言いたしましょうか」
クリスティアンの言葉は正しい。
必要経費、そう言われればそうなのである。
クリスティアンはいつもそうだ。
彼とは昔からの付き合いだが、いつも正しいことを言ってくれるし、妙なことを企んだことは一度も無い。
彼は正しい、でもローザリンデだってずっと正しく生きてきたじゃないか。
(正しい道を進んできたつもりでしたわ。多少ないがしろにされたことがあってもきちんと許して、ルーカスやクラリッサととてもまっとうな幼馴染みと婚約者の関係を築いてきましたもの)
でも、結果は彼らの浮気があるだけ。
二人とも裏切る形での、浮気だ。
そして、謝罪したのに切り替えないのは性格が悪いなどと、ローザリンデを封じて、彼らは今も楽しくその関係を続けている。
ローザリンデはそんな彼らの悪事の負担を背負って、またそれも正しいこととして呑み込んで生きていく。それに納得しなくてはならないことがそれがモヤモヤする。
……でも正しくなくてはならないだろう。
「あなたの言うことは正しいですわ。でも……腑に落ちないんですの」
「心理的に納得ができないと言うことですか」
「ええ、そう」
「……」
ローザリンデは、答えが出ないまま彼に言ってみた。
クリスティアンが何を言うのか少し興味があったのだ。
お互い仕事上だけの関係であまり踏み込んだことを話す機会は無かった。しかしだからこそ新しい考えを聞けるような気がした。
「……私には、正当に訴えを起こす以上の確実で正しい方法は思い浮かびません」
しかしクリスティアンの言葉は、事務官として完璧なもので、ローザリンデはそのありきたりな返答に少し落胆した。
「……でもローザリンデ様の気持ちが収まらないというなら……たとえ、正しいかどうかわからないことでも、あなたの心の負担を減らせるような仕返しをしても良いと思います。……なんて。ええと、すみません。性格の悪い提案でしょうか」
続けてクリスティアンはそう言った。
少し心配そうに、視線をそらして、けれどもチラリとこちらを窺う。
意外だった。
もちろん心の中できっと誰かがそう言ってくれることを期待はしていたのだが、クリスティアンは少しだけ踏み込んだことを言ってくれて、ローザリンデはそれが嬉しかった。
その通りだ正しさだけですべてができているわけではない。
二人に裏切られたからこそ、それを糾弾し裁く側になるからこそより正しくなくてはと思い詰めていた。
それに最後に会った時クラリッサが最後に言った言葉。
『謝ったのに、蒸し返して、あれこれ要求するなんて、性格悪いわよ』
これが呪いになっていたのかもしれない。性格が悪かったから二人に裏切られたのかも。
彼らの中ではそれが真実なのかも。
自分はそんな人間では無い、と否定したい。悪いのは彼らだけだと証明しなくては。そんな気持ちになっていた。
しかし……ローザリンデのそばにいてくれる人は、幼馴染みの彼らだけでは無い。
「……」
「……」
クリスティアンの目を見る、彼は不安そうで、ローザリンデはふっと少し心が軽くなって笑みを浮かべた。
「いいえ、そうね。ありがとう。あなたがそうしてわたくしをお慮って提案してくれたこと、とても嬉しいの」
「さ、作用でしたか」
「ええ。改めてわたくしには、あなたみたいな人がいると思い出せた」
言ってみたら彼だって、ローザリンデの気持ちを大切にしてくれた。考えてみれば侍女たちも、友人も、家族だってきっとそう言ってくれる。
裏切った彼らに性悪だなんだと言われようとも、気にする必要などない。
自分が納得のいく方法をやっても良いのだ。
「わたくしには味方がいるもの。意地になって自分の正しさを証明しなくたって、良いわよね」
「案があるのですね」
「もちろん。とびきり性格の悪い案が。……こんな主は嫌かしら」
「いいえ。私はお慕いしています。ローザリンデ様」
ローザリンデが問い掛けるとクリスティアンはとてもまっすぐな言葉で返してくれる。
その言葉は少し照れくさかったが、ルーカスやクラリッサと関係が破綻しても、ローザリンデには誰もいなくなるわけではない。
それはとても心強いことだった。
王城のパーティーにて、ローザリンデとクラリッサ、ルーカスの三人はいつも通りそばに居た。
同世代で知り合いの貴族達が集まっているソファー席に座って、楽しい会話を交わす。
城下町のあの店が素晴らしいとか、今度はどこそこへ旅行へ行く予定だとか、誰と誰が恋仲だとか。
そういう年齢相応の話で場は和やかに盛り上がる。
楽師が奏でる美しい音色に、きらめく大ホール、いつも通りの華やかな社交の場の景色だ。
「ところで、三人はいつも仲良しですわね。わたくし最近、幼馴染みとうまくいっていなくてうらやましくなってしまう」
ふととある令嬢が言った。
ローザリンデとルーカス、クラリッサが気兼ねなく話をして同じ話題を共有していることに気が付き、自分と比べたようだった。
それは、このぐらいの年になるとありがちな悩みだ。
幼馴染みというと、大体領地が近かったり、家臣貴族の息子だったりする。
しかし親同士が仲良くても子供までそうとは限らないが、簡単には離れられない。だから関係性で悩むのだ。
「それは、俺らがお互いのことを思いやって、全うにやってきたからじゃないか?」
「そうよね。なにより誠実さが大事だと思うわよ。お互いね」
ルーカスとクラリッサは令嬢にそうアドバイスした。
その後にローザリンデは、やっとちょうどいいタイミングがやってきたと目を細めて、彼らと同じようなトーンで令嬢に言った。
「ただ、わたくしは最近少し、違和感を覚えることがありますの。ルーカスとクラリッサについて」
「え?」
「そうなんですか」
「詳しくお話を聞かせて」
ローザリンデの話し出した話題に、貴族達は興味を持って問い掛ける。
仲良し三人の幼馴染みのなにか、面白いスキャンダルが聞けるのか?
そんな、なんとも言えない好奇心が透けて見えた。
「最近よく、ルーカスにわたくしとの予定をないがしろにされるんですの。それに困っていて……違和感を持ったのは一週間ほど前のことですわ」
ルーカスとクラリッサは、何食わぬ顔でローザリンデの話を聞いていた。
「ルーカスがまた、予定をすっぽかして……その頃には慣れてしまっていつものことだと思ったのだけれど、後から聞くと、ルーカスは城下町で女性と歩いていたと言う証言を聞きましたの」
「あらぁ……」
「で、でもなにかの間違いよね。婚約者との予定をすっぽかして見知らぬ女性と遊んでいたなんてそんな酷い話……」
ローザリンデの言葉に、一人の貴族が、すかさずフォローを入れた。
さすがに、そんなあからさまなドロドロとした話を楽しんで聞くつもりはなかったようだ。
そんな反応に、ローザリンデもうなずく。
「そう。わたくしもそう思ったんです。なにかの間違いだと……でもその後、謝罪にきたルーカスは、所用で城下町にいたとわたくしに言ったのよ」
「それは、なんという……偶然とは思えないな」
「ならここで、真偽をお聞きしたらいかがですか? きっと親類や、仕事の相手ですわ」
「と、思うじゃない?」
解決に向けて、提案した令嬢の言葉にローザリンデは彼女の言葉を使って話を続ける。
「でも、違和感はここから……まだ続くんですの。別の日、三人でまた城下町に遊びに行ったときのこと。クラリッサが、ある店を前に来た店として思い出を語ったんですの」
「え……?」
「ほう」
「それも三人、一緒に来たとクラリッサは言う。しかし不思議なことに、わたくしはその店に三人できた記憶は無い」
「おお」
「それは……」
「けれども、それをルーカスも当たり前に受け入れて、そうだったと笑ったんです。……つまりそれって……どういうこと?」
そして、完全に予測がつくような情報を開示してから、ローザリンデは急にとても察しの悪い言葉で締めた。
貴族達は目を見合わせる。
彼らは答えをわかっている。
「他にも、こういうことがあったのよ」
そうしてローザリンデは話を続けようとした、しかし、「ちょっと!」とクラリッサが焦った声で止めた。
「嫌だわ、ローザリンデ、なに言ってるの? そんな話、こんな場所でしなくたって」
「そうだ。その話だって、別に君が忘れてるだけかもしれないのに!」
「まぁ、いいじゃありませんの。わたくしずっと気になってたんですもの。たかが、くだらないわたくしの違和感の話ですから」
「そうじゃなくて」
「では続けますね」
そうしてルーカスとクラリッサの制止を無視してローザリンデは次の話を切り出した。
「ある日のこと、今度はクラリッサが突然予定をキャンセルしましたの。理由は婚約者と会うから」
「お、幼馴染みよりも婚約者に会うことが優先なんて当たり前のことだわ」
クラリッサは、始まってしまった話に自分でフォローを入れ始めた。
ルーカスは、周りの目線が気になってしょうがないようで、あちこちに視線を配って居る。
「でも、不思議なことにその日の社交の場で、わたくしクラリッサの婚約者様と鉢合わせたんですの。クラリッサからは婚約者様が体調を崩したから優先したと聞いていたのに」
「……」
「もちろん、ルーカスはわたくしのそばに居ない。後日、その日に何をしていたかと聞くまでもなく、世間話のように、ルーカスはその日酷い風邪を引いて寝込んでいたと話したのよ……これって……」
そうしてローザリンデはたっぷり貯めてから、また「どういうこと?」ときょとんとして言った。
そしてさすがに、隣に居たルーカスがローザリンデの腕をつかんでぐっと引いた。
「す、少し! 向こうで話そう! 大事な話だ!」
「ええ、ちょっときて! ローザリンデ!」
彼らに両方の手を引かれてローザリンデは大ホールを後にする。
廊下に出て人が居ない方へと進んでいき、人気が少ない場所で、ルーカスとクラリッサはローザリンデを二人で睨みつけて、クラリッサが言った。
「ちょっと! あんなことを言ったらまるで私たちが、変な関係だと思われるでしょ! どうしてくれるの!」
「そうだ、あんな場で噂が広まったらどうするんだ! 何であんなことをしたんだよ!」
そうして責められて、ローザリンデは、ハッとした顔をした。
それから口元に手を当てて、しょんぼりして二人を見ていった。
「ごめんなさい。つい、思い立って言ってしまったわ」
そう、ローザリンデがしおらしくすると、二人は少し驚いてそれから視線を交わして、数秒の後、声を明るく戻した。
「そ、そうよね。つい言ってしまったのなら、仕方ないわ」
「ああ、許すよ。ローザリンデ。そう落ち込まなくてもいい」
二人は、ローザリンデの失態を許してくれる。
ローザリンデは「良かったわ」と言ってにっこり笑った。
「じゃあ、戻って訂正してくれ、君の言葉で」
「もうこんな、紛らわしいことしないでよね」
そういう彼らを尻目にローザリンデは、身を翻した。
「え」
「おい、どこ行くんだよ。ローザリンデ」
歩き出したローザリンデの肩をとっさにルーカスがつかむ。
引き留められて振り返ったローザリンデは、先ほどまでの穏やかなローザリンデではない。
鋭く目を細め、睨めるように見つめて「は?」と問い掛けた。
「謝ったじゃん。ルーカスもクラリッサも許したじゃん」
「っ」
「……」
「それで喧嘩は終わり、蒸し返してあれこれ要求するなんて性格悪いんじゃない?」
ローザリンデは、クラリッサの口調をまねてとても平坦な声で、二人に言った。
無表情で、視線だけを鋭くして彼らを見つめる。
そこでやっと、二人は、ローザリンデが何をしたかったのか理解して顔を青くする。
浮気を知った上で、先ほどのやりとりをしたことも、クラリッサとルーカスの言ったことをずっと根に持って居てこのときまで忘れていなかったことも。
「……」
「……」
「……」
途端にルーカスとクラリッサは静かになった。
彼らは何もローザリンデにいうことが出来ず、ただ、じっとりと汗を掻いて、その場に立ちすくむだけ。
自分たちの言った言葉に反論するだけの度胸も、図太さ持ち合わせていないらしい。
いくらでも、やり合うつもりで居たので、ただしゃべれなくなった二人に、ローザリンデはため息を一つついた。
それから、身を翻して、王城の美しい廊下をカツカツ音をたてて歩いたのだった。
後日、当たり前のことだが噂が広まった。
しかしローザリンデは動かなかった。
そしてローザリンデの元にやってきたのはクラリッサの婚約者。
クラリッサに噂が立ち、真偽を確かめた結果、婚約破棄を検討しているという旨の話をされてローザリンデはそこに便乗した。
もちろんこちらの用意できる証拠を提示し、自身が証言を公の場でしてクラリッサの婚約者の婚約破棄を全面的にバックアップした。
そして不貞の事実が認められた後に、きちんとローザリンデもルーカスと婚約破棄をした。
ルーカスとクラリッサに課せられた和解金の支払いは重く、彼らが今後、関係を続けていけるのかは知らないが、苦難の道であることは確かだろう。
そうしてやっとローザリンデはこの出来事をきちんと過去のことにできたのであった。
しかし、跡取りのローザリンデの婚約者の席は未だ空席だ。
新しい相手を選ぶためにお見合いの申し込みのリストを眺める日々が続いていた。
「……ねぇ、クリスティアン」
「はい」
「良い人はたくさんいるけれど……選べないと言ったら傲慢かしら」
机に座って見つめていたローザリンデは、同じく書斎で仕事をしていたクリスティアンを呼びつけて、お見合い相手の情報が書かれている紙を彼に見せた。
「私は傲慢とは思いませんよ。どんな状況でも、悩む権利は誰にでもあると思うので」
「……ありがとう」
クリスティアンはすぐに、ローザリンデの状況を加味して、優しい答えをくれる。
あれ以来、ローザリンデはクリスティアンと本音で、気兼ねなく話が出来るようになった。
彼は正論も言ってくれるし、踏み込めば、事情も加味した言葉を言ってくれる。
話していると心地が良くて、新しい婚約者を決めなくてはいけないのに、彼に相談して話していると、こんな人がお見合いのリストの中にいれば良いのにと思うようになった。
それはつまり……彼のことを好んでいるということだ。
だから、この中からは選べない。彼はそれでも悩む権利は誰にでもあると言ってくれるけれど、きっとこのままではいけないだろう。
「そうだ。クリスティアンは想っている相手は居るんですの? その方とはどんな出会いをしましたか?」
そうして彼は無理だと諦めるために聞くのをためらっていた話題を彼に振った。
クリスティアンは少し目を見開いて、それから声を暗くしていった。
「お慕いしている相手はいます。幼い頃に、両親に紹介されました」
「あら、幼馴染みなの?」
「そう言った気軽な関係ではありません。それに、私に手の届く相手でもありません」
「…………」
「これ以上は聞かないで頂けますか。私はあなたに誠実でありたいのです。ローザリンデ様」
つまり嘘はつきたくないと。
でも、聞かれれば答えるしかない、と。
そしてそれは幼い頃に紹介された長年の相手で幼馴染みではない相手で『慕っている』相手。
以前彼が、ローザリンデに言った言葉を思い出す。
『私はお慕いしています。ローザリンデ様』
(うそ……嘘でしょう?)
不確定なことが多いが、状況としてはそう判断できる。
しかし、これ以上聞けばクリスティアンは話したくないのに答えさせることになる。
それって不平等だ。
自分ばかりが安全圏にいてクリスティアンにばかり話させて安心を得てから、自分の思いを開示しようなんて傲慢だ。
そう、対等に接するならば。
「わ、わたくしも良いなと思っている人がいて………………あなた、なのだけれど」
こうだ。自分も気持ちを伝えてこそ対等だろう。しかし言ってから、直球過ぎたとすぐに後悔した。
「……」
クリスティアンは、ローザリンデの言葉を聞いて目を丸くしていた。
その反応に、ローザリンデの予想はただの勘違いだった可能性が浮上してくる。
「っ……か、揶揄っていますか?」
しかし数秒後、彼はじわじわとゆっくり顔を赤くしてそう言った。
その様子に、ローザリンデの考えは間違いではなかったことを悟る。するとどうにも顔がほてってしまい、言葉がすぐに出てこない。
なんとかかぶりを振って、否定する。
「……ローザリンデ様が……私を? ……」
クリスティアンは呟くように言ってそれから、混乱した様子で黙ってしまった。考えがまとまらないのだろう。ローザリンデも同じだ。
執務室の中には気まずい沈黙が流れる。しかしどちらも話し出さない。
「……」
「……」
「……か、考えたことも無い状況で……ど、どうしたら良いか……」
「わ、わたくしも同じですわ。どうしようかしら。……クリスティアン」
「わ、わかりません……」
そうして二人は、恥じらいながらなんとか解決策を模索する。
しかしいつもの問いかけをすれば常に正しい答えを言ってくれる彼らしくも無く、不安げな言葉が返ってくる。
そうして動揺するのはやっぱり少し意外だ。でも、優秀な使用人の彼も、こんな風になることがあると知ると親近感がわいてやっぱり、もっと彼がいいと思う。
「……とりあえず……その、喜んでおきましょう。一応、ヒョンな形だけれど気持ちが通じ合ったのだもの」
「そう、ですね。ええと? ……嬉しい、です」
ローザリンデが提案すると彼は、表情をほころばせて、そう言った。
その笑顔は今まで見たことがない幸福そうな顔つきをしていて、ローザリンデも同じように微笑んだのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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