↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

不老不死の大魔導師を殺す方法について

作者: 葦﨑
掲載日:2026/09/11

どうぞよしなに。

衰弱した身体にかろうじて張り付いていた、最後の息が途切れた夜。

その男は七十に手が届く老躯をベッドに横たえ、生涯で最も穏やかな表情で静かに目を閉じたように思われた。


誰もがこう言う。まさしく名君。

万人がこう称える。彼こそが賢王ロードリック。


幼少期は「完璧で至高の王子」と賞賛を受け、即位後は「稀代の賢王」として王国の歴史にその名を燦然と刻み込んだ男。その生涯は、まさに国家の安寧そのものと言っても過言ではない。

保守的で閉鎖的な国家の改革を打ち出し、内政を整え、外敵を退け、国交を結び、民に富をもたらした。

その偉業のすべては彼一人の手によるものではない。

優秀な臣下たちや彼を支える妻子の存在もさることながら、王の傍らには常に一際優秀な側近が控えていた。魔導師、ヴェンツェスラウス。類い稀なる質と量の魔力を持ち、王とは幼少の頃からの親友であったとされている男。

幼少のロードリックは、異国語のような「ヴェンツェスラウス」という名を上手く発音できなかった。ゆえに「ヴェンくん」という愛称で彼を呼ぶことに決め、ヴェンツェスラウスもそれを快諾。生涯それを貫き続けたという。

時にビジネスパートナー、そして悪友にして親友。王の妻に次いで良き理解者であった。

王国史にはたしかにそのような文言が記述されている。


*


さて。

賢王が天寿をまっとうしてから、百と少しの時が流れた頃。王家に久方ぶりに双子の王子が誕生した。かつての賢王から数えて、玄孫にあたる命だった。

「エリアス、また宝物庫か?基礎座学も満足に叩き込めていないというのに、古い絵画など眺めて何になる」

幼げながら苛立ちの隠せない声が飛んでくる。

しかし、咎めを受けたはずの少年はどこ吹く風でふらふらと歩いていく。

「まあまあフェリクス殿下。弟君にもお考えあってのことでしょう」

フェリクス殿下と呼ばれた少年は、少し不機嫌そうに弟、エリアスの背中を見送った。

周囲の臣下たちは聞こえよがしに「まあ、王位は兄殿下で決まりでしょうな」「殿下は、どうにも頼りない」と陰口を叩く。フェリクスはエリアスを忌々しげに睨みつつ、その声にも顔を顰めたのだった。


王国の双子の王子。

兄のフェリクスは幼少より利発で、魔法の筋も良く、王族としての誇りに満ちあふれている。一方、弟のエリアスはおっとりとしており、どこか常に焦点を結ばない眼差しをした子ども。

誕生当初は祝いの声に混じり、跡継ぎ争いの種になると叫ぶ声もあった。

しかし双子が14歳ともなる今や「世継ぎはフェリクス殿下に違いない」「争うまでもない」と世論は残酷に傾きつつあるのだった。


さて、エリアスがふらふらと向かう先は、兄の言う通り城の宝物庫。

大小様々、各国の名工が王族に捧げた煌びやかな品々や、歴代王族の使用してきた貴重な遺品たる魔道具などの眠る宝物庫。その奥には先祖である賢王、ロードリックの遺品が恭しく安置されている。その中には晩年のロードリック自らが筆をとって描いたとされる一枚の肖像画がある。彼の目当てはその絵だ。

描かれているのは、陽光を溶かしたような金髪と、吸い込まれるような翠緑の瞳を持つ青年の姿。キャンバスの裏には、鮮やかな色彩に似つかわしくない文言が一言。

「憂い」とただ添えられている。

理由などわからない。エリアスはそれに強く惹かれていた。ただその絵を見ているときだけ胸の奥底に横たわる正体不明の欠落感が満たされるような、己が己で在ることができるような気がしていた。


*


「……俺ってマジでいつ死ぬの?」

人里離れた工房で魔導師の青年が、実験器具を片手にぼんやりと呟いていた。

抜けるような金髪に、澄み渡る翡翠の瞳。異国の風を漂わせる男。大魔導師ヴェンツェスラウスとはまさしく彼のこと。

三十を過ぎた頃、魔法の実験中に半ば事故的・偶然的に老いを克服してしまった大天才。しかし解除方法は終ぞ手に入れられず、己は永遠の若さを得たままに、老いてゆく王を最後まで支え続けた。

親友を看取り、友の遺言に従い、友の愛した妻が亡き後はきっぱりと城を去った。

友の子孫たちが治める国を遠目に見守りながらの隠遁、やみくもに魔術研究に没頭する日々。

刺激のない永遠とは時が止まったかのように退屈なものだった。


そんなある日のことだった。双子の王子のために教師を募集する、との触れが出たのは。

退屈を持て余していたヴェンツェスラウスは、その高札を見て口角を上げる。

「あいつの子孫で双子は初めてじゃねぇか?なんか……面白そうだから見に行ってやろっと」

彼はすぐさま行動を起こした。己の本名、素性、経歴、あらゆる記録に至るまで、持てる術式をフル動員して完璧に偽造したのだ。そして「ツェル」と名乗る一人の若き流浪の魔導師として、双子の王子のための魔法教育者として志願した。

選定試験の場において、彼が提示した基礎魔法の精度と膨大な魔力量は、選考を担当した老魔導師たちを絶句させた。王城は俄かに騒然となり、双子の父たる王は選考の状況を聞いて「こんな者を流浪させるな」とひっくり返った。素性不明の天才は、天才の目論み通りに全会一致で採用されることとなる。


だが、兄王子フェリクスはこの采配に納得がいかなかった。

「素性の分からぬ者ではなく、私はもっと伝統ある魔導塔の老教授から教えを受けたい」と、フェリクスは即座に指導者の変更を申し出た。父王は再三とフェリクスにこの謎の魔導師の凄まじさを説明したが、それでもフェリクスは首を縦には振らなかった。

こうして兄には格式高い老魔術師がつき、弟のエリアスだけがヴェンツェスラウスの指導を受けることになったのである。

エリアスがそれを受け入れた理由、フェリクスがヴェンツェスラウスを拒否した理由は同じだった。目の前に現れた「ツェル」と名乗る青年が、あの宝物庫の絵画を彷彿とさせたからだ。


*


指導の初日。王城の練兵場で、二人は対峙した。

「さて、エリアス殿下。早速だけどまずはあんたの魔力の波長を見せてもらうぞ。ちょっと圧をかけるから、耐えてみろ」

ヴェンツェスラウスは、眼前でぼーっとしている王子に声をかける。言葉を理解しているのか理解していないのか、返答は「はい」と淡白なもの。彼はいつもの軽いノリで、ほんの少しだけ自らの魔力の奔流を解放した。

それが間違いだった。

大魔導師の真なる魔力は、ほんの少しとはいえ常人の領域を遥かに超えている。加えてヴェンツェスラウスは長年の人付き合いの無さから、加減を覚えていなかった。

至近距離でその膨大すぎる密度を浴びたらどうなるか。

無論、エリアスの華奢な身体は急激に高密度の魔力を浴びせられたことで引き絞られた弦のように緊張し、そのまま背後へと倒れ込んでしまった。

「うおっ!?やべっ、やりすぎた!」

焦ったヴェンが駆け寄り、慌てて治癒術を施す。それもまた凄まじい魔力であった。

倒れたエリアスの脳裏では、濁流のような記憶が溢れ出していた。

小さな手、巨大な城、国家の重圧、愛する妻子。そして……いつだって自分の半歩後ろを歩いていた、あの生意気で頼もしい青年の笑顔。

魂を縛っていた「前世と今世の境界」が、覚えのある魔力の波長によって一気に破壊された瞬間だった。

「う、う……」

「悪い! やりすぎたな、大丈夫かよ……?」

顔を覗き込んできた金髪碧眼の青年に対し、エリアスはゆっくりと体を起こした。

「……いや、はは……なるほど……」

ヴェンツェスラウスは気がついた。その瞳から「ぼんやりとした幼気さ」は完全に消え去っていると。

あまり見つめすぎるべきでは無い、面倒事の匂いがする。そう直感し、彼はエリアスから顔を背けて距離を取ろうとした。

「懐かしい魔力で全部思い出した。あなたはヴェンツェスラウス先生。いや、ヴェンくん、とお呼びしても構わないか? なにせキミの名前は幼子たる私には発音が難しいようでな」

ヴェンツェスラウスの動きがぴたりと止まる。冷や汗が背中を伝う。名乗っていない本名を、在りし日のように愛称に変換されて呼ばれたのだから。

「……なんの、ことだか」

「誤魔化してくれるなよ、寂しいだろう?……ツェルせんせい」

エリアスはクスリと笑い、かつて賢王と呼ばれた男と全く同じ、全てを見透かすような眼差しで旧友を見つめた。

「……あー。……ほんとにお前(ロードリック)かよ……」

ヴェンツェスラウスはぎこちない顔で笑うことしかできなかった。

旧友との再会。それは確かに嬉しいが、ロードリックが生まれ変わる理由が分からなかったためだ。

たまに報告されるようになった「生まれ変わり症候群」について。

魔力のいたずらか、神々の遊びか。遺恨と未練を抱いて死したものが前世記憶を保持したままに再び生まれてくることがある。前世のことを強烈に彷彿とさせる物事に触れることが保持した記憶を甦らせるトリガーだとされる。先ほどのヴェンツェスラウスの魔力が作用し、蓋が開いたのだろう。

ヴェンツェスラウスもそういったものが存在することは理解していた。

しかし、彼が生まれ変わってくるような理由(未練や遺恨)については、いくら考えても思い浮かばない。

「……でもなんでお前が?完璧な人生を送って、大往生したろ?俺にはそう見えた」

エリアスは、確かに初めからかつての賢王の生まれ変わりであったのだ。

ただ「王としての魂の規格」「死に際に抱えた未練」といったものがあまりにも巨大すぎたため、幼子の小さな肉体に収まりきらず、結果として今世の己をうまく掴めないまま「ぼんやりとした冴えない第二王子」として育ってしまっていたのだ。

エリアスは今までにないきっぱりとした口調でかつての共に言葉を返す。

「そりゃあ極大の未練はあったからな。というかキミ、本当に変わりないな」

「見た目そのまま、中身だけがとんでもなくジジイになった以外は何も変わりなく」

「……淡白だな。奇跡の再会だぞ、もう少し感動してくれてもいいと思うのだが」

「無論、はちゃめちゃに嬉しいよ」

ヴェンツェスラウスは溜め息をつきつつも、どこか愛おしそうに口元を緩めた。

何一つ変わっていない、親友同士の再会だった。


*


その日を境に、王国の情勢は静かに変貌を遂げた。

「冴えない第二王子」だったエリアスが、突如として恐ろしいまでの頭角を現し始めたためだ。

内政の書類に一度目を通せば即座に誤謬や矛盾を見抜き、魔法の修得速度は兄を遥かに置き去りにした。

「賢王の再来」「至高の王子」と臣下たちが手のひらを返して絶賛し始める。しかし、当のエリアス本人の志は、前世とは全く異なる方向を向いていた。

「治世はその……もういい。疲れる。今の私には向いてない。私はただ、ヴェンくんのそばにいたいんだ」

講義室。机に突っ伏して気だるげにしているエリアスに、ヴェンツェスラウスは呆れ顔で突っ込む。

「お前ってそんなに消極的だったか?なんでもやり放題だろ、元ロードリック様よ」

「断る。なんでもやり放題だからこそ、その能を別のことに使いたい。私は前世で七十年近くも国家に奉仕した。そんな暮らしは1度でいい。今世は違う過ごし方もしてみたいんだ。ふらっと町に出たり、深夜まで起きてみたりな。……ということで、面倒なことはすべて兄上に押し付けることにしたんだ」

爽やかな笑顔でそう告げられ、ヴェンツェスラウスは苦笑いを深めた。

「言わんとしてることは分かるけどな。……お前の兄上かわいそ」

「幸いにも民衆には『能無し第二王子』としての印象は未だ磐石だから……うまくやるよ」


さすがは元賢王、辣腕は健在と言ったところ。

有言実行のエリアスの徹底した策動により、王位継承権や派閥の功績、果ては国家の重責に至るまで、あらゆる政治的成果が「優秀な第一王子フェリクス」の功績として処理されていた。

一方のフェリクスは、何故か積み重なっていく賞賛と功績と仕事に頭を抱えていた。

「エリアス。お前、最近どうしたんだ」

「どうした、とは?」

「とぼけるな。基礎座学を極めたからようやっと王位継承争いにやる気を出した、弟と切磋琢磨できる張り合いある生活が始まるかと思えば……昨日なんて、財務官が提出した資料の誤りを一目で見抜いただろう。三日かけて作っていたものだぞ」

「数字が合っていなかったから指摘しただけです」

「『だけ』で済ませられる話じゃない!」

フェリクスは頭を抱えた。

以前の弟なら、そもそも財務資料など最後まで読まなかった。読んだとしても「難しいねえ」と笑って終わりだったはずだ。それが今では、兄が理解するより先に問題点を見つけ、しかも本人には何の感慨もない。

「……あの男だな。お前をこうしたのは、あの金髪の魔導師だろう」

エリアスは一瞬だけ目を瞬かせ、それから穏やかに笑った。

事実として、ヴェンツェスラウスとの再会を機にエリアスへの評価はじわりじわりと伸び出し、世論は「第二王子殿下もなかなか優秀なのでは……?」と傾きを見せ始めていた。フェリクスはそれが嬉しかったのだ。弟が汚名を返上し、めきめきと名誉を重ねていく姿を見られると思ったから。

しかしエリアスはその期待の芽を全て摘み取ることばかりに夢中。ましてや。

「それに学舎でもだ。お前が『兄上のご助言あってこそ』『兄上ならこうすると思いました』とばかりにところ構わず私を褒めちぎるから教師からは私の評価さえダダ上がりで……!」

「事実として兄上は素晴らしいので」

「そんなものは不正だ!お前がしたことはお前に、正当な評価が下されるべきだ!あの魔導師に何を吹き込まれたか教えなさい!」

正義感の強い兄はそう主張する。エリアスはにこやかに笑って眼前の紅茶を飲み干した。

「やはり兄上こそ王として相応しい。公平でよき為政者となるでしょう」

そう言ってエリアスは立ち上がる。兄の叫びに優雅な一礼を返し、どこ吹く風といった様子でその場を立ち去った。

向かう先は、師の待つ中庭だった。


*


庭園の木陰。エリアスはヴェンツェスラウスの膝の上に頭を乗せ、ゆったりと木漏れ日を浴びていた。前世の頃では考えられないような午後の過ごし方だった。

「ねえ、ヴェンくん」

「ん?」

「目下の目標は、キミを殺すことなんだ」

さらりと恐ろしいことを言う14歳の少年に、大魔導師であるはずの男は顔を顰める。

「物騒だな……」

「本気だよ。私の未練にして悲願なんだ」

その言葉に顰めていたはずの顔の筋肉が呆けたように緩んでいく。ヴェンツェスラウスはその弛緩を他人事のように感じていた。

「ロードリックはキミと一緒に生きて、キミと一緒に死にたかった。なのにキミは事故的にとはいえ、勝手に不老などになってしまって結局私だけが先に逝った」

死にきれないほどの後悔だった、覆い隠すのに苦慮したよ。毎晩妻に残されるキミが心配だという話をしていたさ。

そう言ってエリアスはヴェンツェスラウスの手を取り、その指先を軽く握って微笑んだ。

「だから今世では、不老の解除方法を絶対に解明する。そして二人で存分に怠惰な人生を貪ったあと、同じ日に、同じ場所で、一緒に老いて死ぬんだ。私の愛する妻や子の待っているであろう楽園にキミを引きずって連れていく。そこでまた楽しく怠惰に過ごす!……いいね?」

その言葉にヴェンツェスラウスは弱ったように笑い、少年の柔らかい髪を撫でた。

「……はは、そういうことかよ。……まあ、若干期待していてやる」

その研究を再開させるのも悪くないとヴェンツェスラウスは内心で笑う。

止まっていた大魔導師の時間が、今再び「死」に向けて賑やかに動き始めていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。