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記憶

今回、初投稿で誤字脱字等ありましたら報告していただけると幸いです!

また、この作品がいいなと感じていただけましたら星をいくつでもいいのでつけていただけると主が発狂して喜びます(笑)これから少しづつ投稿していこうと思いますので、暇な時にでも読んでいってください   かつおのえぼし

「東京、某所ーーーそこには店に呼ばれないとたどり着けないという()()()がある...こんな噂、誰が信じるかねぇ」

あきは俺のポテトをほおばりながら画面を見せてきた。

「知らねえよ。つかさ、俺のポテト食うなよ。」

「まぁまぁ」と暁はスマホをテーブルに滑らせてきた。「ちょっと読んでみろって。結構やばいから」

画面には匿名掲示板が開かれていた。

ーー記憶屋ーー

記憶屋は記憶を売買している。金を払えば他人の記憶を買える、逆に忘れたい記憶を売れば金になる。

ただし、売った記憶は二度と戻らない。自分がそれを経験したことごと、消える...


「.........こんなの、ネットの与太話だろ」

「そう思うじゃん?」暁は俺のポテトをとりながら身を乗り出した。「でもな、僕の会社の先輩が実際に記憶屋に行ったって言うんだよ。失恋の記憶を売ったんだとそしたら翌朝ケロッとしてたんだって」

「それただ立ち直っただけじゃないの?ん...てか、先輩が言ってたんだったら記憶消えてないじゃん」

暁の手が止まった、俺のポテトを口に運びかけたまま

「...............あ」

「あ...じゃねえよ」

「い、いや……でも、本当に先輩が言ってたんだって」俺の目を見ず、スマホの画面をスクロールし始めた。「なんか……なんかあるんじゃないの、そういう抜け道みたいな」

「お前が言い出したんだろ」

「売った記憶だけ消えて、行った記憶は残るとか……」

「今考えたろ、それ」

「…………うん」

俺はため息をついて、残りのポテトを引き寄せた。暁が手を伸ばしてくる前に。

「結論、ネットの与太話でした、と」

「でもさ」暁はまだ諦めていなかった。「先輩が嘘ついてる可能性は?」

「それはお前の先輩に聞けよ」

しばらく沈黙が続いた。店内のBGMだけが流れている。

暁がぽつりと言った。

「……忘れたい記憶って、お前にはある?」

俺はポテトを口に入れたまま、少し間を置いた。

「さあな」

そう言いながら、俺はなぜかポテトの味がわからなくなっていた。

忘れたい記憶。

ないわけじゃない。でも、それが何なのか、うまく言葉にできない。靄がかかったみたいに、輪郭がぼんやりしている。昔からそうだ。何か大事なものを忘れているような気がするのに、何を忘れているのかがわからない。

忘れていることすら、普段は気にしない。

なのに今日に限って、暁のその一言が妙に引っかかった。

「……帰るわ」

「え、まだコーラ残ってんじゃん」

「お前が飲めよ」

店を出ると、十月の夜風が思ったより冷たかった。スマホを取り出して、イヤホンをつける。

そのとき、通知が一件来た。

差出人の欄には、見覚えのない番号。

メッセージはたった一行だった。


夜桜 咲(よざくら さく)様...お持ちしております。


俺はその文字を三回読んだ。

夜桜 咲。俺の名前だ。

でも、この番号を俺は知らない。向こうは、なぜ俺の名前を知っている。

ポケットにしまおうとして、やめた。もう一度画面を見る。

送信時刻は——今から、五分前。

店の中にいたときだ。

俺がポテトを食いながら、記憶屋の話を聞いていたときに、すでにこのメッセージは送られていた。

呼ばれないとたどり着けない。

暁の声が頭の中で再生された。

俺はしばらく夜道の真ん中に立ち尽くして、それからゆっくりと返信欄をタップした。

「……どこですか」

送信する。

既読がついた。返信は一瞬だった。

あなたはもう、知っています。

路地を曲がるたびに、街の音が遠くなっていった。

一本入るごとに、何かが変わっていく。

最初は気のせいだと思った。でも違う。ネオンが減って、アスファルトの継ぎ目が増えて、電線が低くなって——気づけば足元の道が、石畳になっていた。

もう一本曲がる。

街灯が、LEDから白熱球に変わっていた。オレンジ色の、頼りない光。どこかの店から昭和歌謡が流れている。いや、ラジオか。

また一本。

舗装が消えた。土の匂いがする。軒先に、角灯が吊るされていた。和紙越しの炎が、風もないのに揺れている。建物の壁に、墨で書かれた文字が見える。読めない。字体が、今と違う。下駄の音がどこかから聞こえた気がして、振り返ったが誰もいなかった。

また一本。

角灯も消えた。

道の端に、竹筒に入った灯りが置かれていた。松明でも蝋燭でもない、もっと静かな炎。石畳が土に変わり、両脇には板張りの家が影のように続いている。どこかで虫が鳴いていた。季節外れの、細い声で。

空気が、重かった。湿っていて、古くて、どこか甘い。

それでも足が止まらない。

ここだ。

頭ではなく、体がそう言っていた。

古い木の扉の前に、咲は立っていた。看板はない。表札もない。ただ、扉の磨りガラスの向こうに、ぼんやりとした灯りだけが見えた。

押すと、音もなく開いた。

「……いらっしゃい」

奥から声がした。

カウンターの向こうに、女がいた。白い着物。黒髪は緩く結われていて、その一筋が頬に沿って垂れている。年齢がわからない。二十代にも見えるし、もっと上にも見える。ただ、その目だけが——妙に古かった。

「夜桜咲さん」

名前を呼ばれた。当たり前のように、初めて会った人間に。

「……あなたが、月白?」

「そうです」女は微笑んだ。表情は動いているのに、どこか人形めいていた。「お久しぶりですね」

「久しぶり?」咲は眉をひそめた。「俺、あんたに会ったことない」

「そうでしょうね」

月白はカウンターの引き出しから、一冊の古い台帳を取り出した。年季の入った表紙。それをゆっくりと開いて、咲の前に置く。

そこには、几帳面な文字でびっしりと書かれた記録があった。

日付。金額。そして——売られた記憶の内容。

一番上の日付は、三年前だった。

「これ、全部……俺の?」

「ええ」

咲はページをめくった。三年前、二年半前、二年前——定期的に、何かが売られている。しかも一回や二回じゃない。

壁の小瓶に目をやった。あの濁った光の中に、自分の記憶があるのかもしれない。そう思ったら、急に気持ちが悪くなった。

「誰が売ったんだ」

月白はすぐに答えなかった。ただ静かに咲を見ていた。

「月白さん」咲は台帳から目を上げた。「誰が、俺の記憶を売った」

しばらくの沈黙の後、月白は口を開いた。

「それをお教えする前に、一つだけ」

「何」

「知りたいですか?本当に」

咲はその言葉の意味がすぐにはわからなかった。

「知った上で、あなたが傷つく可能性があります。それでも?」

咲は台帳を見た。三年分の、自分の失われた記憶。

「教えてくれ」

月白はゆっくりと瞬きをした。

「——売ったのは、あなた自身です」

店内に、虫の声だけが響いた。

しばらく、言葉が出なかった。

「……俺が」

「はい」

「俺が、自分で売った」

「はい」

月白の声は変わらない。波一つない水面みたいに、平らだった。

咲は台帳をもう一度見た。三年前から続く記録。日付、金額、内容。内容の欄には、ただ「依頼人の希望により非開示」と書かれていた。全部、同じ文字で。

「なんで」

「それは、私にはわかりません」

「わからない?」咲は顔を上げた。「あなたが買い取ったんじゃないのか」

「記憶屋は売買の場を提供するだけです」月白は静かに続けた。「なぜ売るのか、なぜ買うのか——それはお客様それぞれの事情です。私が立ち入ることではない」

「じゃあ、何がわかる」

月白は少し間を置いた。

「あなたが初めてここに来たのは、三年前の十月です。その日、あなたは一つの記憶を売った。それが最初でした」

「何の記憶を」

「非開示です」

「俺自身の記憶だろ」咲は声を荒げそうになって、堪えた。「俺が聞いてるんだ」

「売った瞬間に、あなたはその記憶を失います」月白は眉一つ動かさなかった。「つまり、何を売ったかを覚えているのは——買った人間だけです」

買った人間。

咲は壁の小瓶を見た。無数の、濁った光。

「俺の記憶を買ったのは、誰だ」

月白はまた沈黙した。今度は少し長かった。

「……一人です」

「誰」

「お客様の情報は——」

「非開示、か」

「……はい」

咲は大きく息を吐いた。店を出ようとして、足が止まった。

振り返る。

「一つだけ教えてくれ」

月白が目で続きを促した。

「その人間は、まだ俺の記憶を持ってるか」

月白は答えるまでに、一拍置いた。

「持っています」

「そいつは今も、ここに来るか」

また一拍。

「——次の満月の夜に」

咲は扉に手をかけた。外からまた、虫の声が聞こえた。

「待ちます」

月白は何も言わなかった。ただ、台帳をゆっくりと閉じた。

それから三日後、咲は同じ路地に立っていた。

時代を遡る道を、今度は迷わずに歩いた。LEDが白熱球になって、石畳になって、角灯になって、竹筒の灯りになって——気づけばまた、古い木の扉の前にいた。

中に入ると、月白はカウンターの同じ場所に座っていた。三日前と寸分違わない姿勢で、まるで動いていなかったかのように。

「いらっしゃい」

「まだ来てないか」

「もうすぐです」

咲は壁際に立った。小瓶を眺めながら待った。どれかに自分の記憶が入っている。どれかわからない。全部が他人のもののように見えて、全部が自分のもののような気もした。

しばらくして、扉が開いた。

咲は息を止めた。

「……咲?」

聞き慣れた声だった。

暁が、扉の前で固まっていた。コートの前をきつく合わせて、胸の前で小瓶を抱えていた。その手が、小刻みに震えていた。

「なんで、ここに」

「俺のセリフだ」

暁の目が、咲を見て、月白を見て、また咲に戻った。その顔から、みるみる血の気が引いていった。唇が動きかけて、止まった。

「返しに来た」暁はようやく言った。声が、いつもより低かった。「全部、返しに来るつもりだった」

「全部って」

「お前の記憶、全部」

咲は暁を見た。三年来の親友。ファミレスでポテトを横から食う、うるさくて憎めない女。でも今の暁は、咲の知っている顔をしていなかった。

「なんで俺の記憶を買った」

暁は答えなかった。

「暁」

「……好きだったから」

店内の虫の声が、遠くなった気がした。

「三年前、お前に告白した。覚えてないだろうけど」暁は小瓶を抱えたまま、壁を見た。咲の目を見なかった。「お前は、困った顔をした。それだけで、全部わかった」

「……好きだったから」

店内の虫の声が、遠くなった気がした。

「三年前、お前に告白した。覚えてないだろうけど」暁は小瓶を抱えたまま、壁を見た。咲の目を見なかった。「お前は、困った顔をした。それだけで、全部わかった」

「暁——」

「次の日、お前がここに来た。その記憶を売りに」暁の声が、少し掠れた。「お前は僕のことが好きじゃなかった。それでも、僕を傷つけたくなかったんだと思う。気まずくなりたくなかったんじゃなくて——僕との関係を、壊したくなかった」

咲には、その記憶がない。

「それで、お前が買ったのか」

「売られたら、誰かが買う」暁はようやく咲を見た。「僕以外の誰かに買われたら、その記憶がどこに行くかわからない。だから、僕が買った」

「……ずっと、持ってたのか」

「うん」

「三年間」

「うん」

咲は言葉が出なかった。

「でもそれだけじゃなかった」暁は続けた。「お前はその後も来た。何度も。僕への気まずさだけじゃなくて——僕と笑った記憶、僕と喧嘩した記憶、僕と過ごした時間、全部売りに来た」

「なんで俺はそんな——」

「忘れようとしてたんだと思う」暁の目が、潤んでいた。「僕のことを、全部。そうすれば、普通の友達に戻れると思ったんじゃないか」

咲は壁の小瓶を見た。濁った光の一つ一つに、自分と暁の時間が詰まっている。

「僕はずっと持ってた」暁は小瓶をカウンターに置いた。「捨てられなかった。お前が忘れても、僕だけは覚えてようと思って」

月白が、静かに小瓶を受け取った。

「返してくれ」暁は月白に言った。「全部、こいつに返してくれ」

月白は咲に向き直った。

「お戻しすることはできます。ただし——一度に全てを取り戻せば、三年分の記憶が同時に戻ります。それは、相当な痛みを伴う」

咲は暁を見た。暁は視線を逸らした。

「構わない」

「咲——」

「構わないって言ってる」

月白は小さく頷いて、棚から小瓶を一つずつ取り出し始めた。

暁が、ぽつりと言った。

「……怒ってるか」

咲はしばらく黙っていた。

「わからない。まだ、何も思い出してないから」

「そうだな」

月白が小瓶を一列に並べた。十数本。それが全部、咲の失った時間だった。

「目を閉じていてください」

言われるまでもなく、咲はすでに目を閉じていた。

最初は、何も起きなかった。

次の瞬間——

頭の奥で、何かが弾けた。

――暁、これ食っていいか。

――僕のポテトに手を出すな。

――お前って本当に馬鹿だよな。

――うるさい。

――なあ、好きな人いるか。

そこで映像が、止まった。

暁の顔が見えた。夕暮れの公園。ベンチに並んで座っていた。暁は前を向いたまま、少し間を置いてから言った。

――いる。

――そっか。どんな奴。

暁は答えなかった。ただ、少しだけ俯いた。

――お前のこと、好きだ。

咲は息を呑んだ。記憶の中の自分が、何も言えずにいる。暁の横顔が、夕陽に照らされていた。綺麗だと思った。でも、それ以上の言葉が出なかった。

――困らせてごめん。忘れてくれ。

暁が笑った。いつもと同じ顔で。

次の記憶が、雪崩れ込んできた。

暁と歩いた夜道。暁と喧嘩した帰り道。暁が風邪をひいたとき、何も言わずに薬を買って部屋の前に置いた夜。暁が泣いているのを見て、何も聞かずに隣に座った夜。

全部、暁だった。

三年分の記憶の中心に、いつも暁がいた。

それなのに自分は——全部、売っていた。

なんで。

頭が割れそうだった。こめかみを、誰かに鷲で掴まれているみたいに痛い。膝が笑って、その場にしゃがみ込んだ。

「咲っ」

暁の声がした。駆け寄ってくる足音。

「大丈夫か、咲、咲っ」

肩に手が触れた。咲は目を開けた。暁の顔が、すぐそこにあった。泣きそうな顔をしていた。

「……覚えてる」

「え」

「全部、覚えてる」

暁の顔が歪んだ。泣くまいとしているのが、わかった。

「そっか」

「暁」

「うん」

「夕暮れの公園」

暁の息が、止まった。

「お前が、好きだって言ったとき」咲は続けた。「俺、何も言えなかった」

「……覚えてなくていい、そんなの」

「覚えてる」

暁は俯いた。

「三年かけて全部忘れようとして、それでもお前のことだけは体が覚えてた」咲はゆっくり立ち上がった。「記憶がなくても、お前のポテト横から食う顔見て笑ってた。お前の声聞くと、なんか落ち着いた」

「……咲」

「答え、出てるだろ」

暁が顔を上げた。目が、赤かった。

「三年前に言えなかった分」咲は暁を真っ直ぐ見た。「今言う。好きだ」

店内に、沈黙が落ちた。

虫の声だけが、細く響いていた。

暁は一度だけ瞬きをして、それから——声を上げて泣いた。

月白は二人を見ていた。何も言わず、ただ静かに微笑んで、台帳をそっと閉じた...

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