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62.そのあと(2)

「藤宮 綾子君、多数の犠牲者を出した上級妖『九十九』討伐の功績を称え、表彰状を授与する」


 敷地内で行われた防衛隊員の定例会で表彰状を授与された綾子は「ありがとうございます」と頭を下げた。


 式典が終わって、療養所へ戻った綾子は、食堂で「はあ」とため息を吐いて隊服の羽織を脱いだ。隊服をきっちり着込んだのはひと月ぶりだった。まだしばらくは療養生活だ。


(身体がなまってしまうわね)


その時、後ろから名前を呼ばれた。

 

「藤宮さん」


振り返ると、華が立っていた。


「あの、私、家に戻れることになりまして」


鬼になりかけた華も、綾子と同じく療養所で経過か観察となったことは知っていたが、別棟で療養していたため、なかなか顔を合わせる機会がなかった。


「ご挨拶に行かなきゃって思ってたんですけど、遅くなってすいません」


「間宮さん! 元気になったんですね、良かった」


 綾子は華に駆け寄ると手を取った。


「あっ」と華は小さく声をあげると、しゅんとしたように首を垂れた。


「――藤宮さんが綺麗に妖気を消してくれたおかげで、妖力反応は全くないっていってもいいって言われました。ありがとうございました。――私、すいませ」


 謝ろうとした華の言葉を綾子は遮る。


「私からも――修介さんを、死なせないでくれてありがとうございます」


 華はうつむきがちに呟いた。


「修介さん――除隊されるみたいですね」

 

 綾子は「ええ」と頷いた。その話はもう聞いていた。 

 

「――私は、医療部隊で今までどおり働こうと思ってます」


 華は綾子を見つめ直すとと言った。


「妖と直接対峙するのは、怖いし、藤宮さんはすごいと思う――お姉さまも。あたしは前線で戦うとかはできないけど。綾子さんたちを支えたいなって、思って……」


「華さんたちが支えてくれるから私たちは安心して妖と戦えるんですよ」


 綾子が笑いかけると、華は顔を赤くして目を逸らした。

 

「早矢さんは――すごかったんですよ」


 綾子はしみじみと言葉を続けた。


「臆することなく、いつも一番先に動いてくれて。私の訓練にもずっと付き合ってくれました。頼りがいがあって、小柄なのに私より大きく見えて。華さんのこともたまに話してくれてましたよ。――髪飾りも、一緒に選びに行ったんです。間宮さんが、あの披露宴の時につけてた」


「――これ?」


 華は手提げの中から大事に包んだ髪飾りを取り出した。


「持ち歩いているんです。――お姉さまがくれたのに、私『ありがとう』って言えてなくて」


 華はうつむきながら言った。


「お姉さまが選んだのはおかしいなとはずっと思ってたんですけど。ほら、あの人って化粧っけも全然ないし、髪もいつもぼさぼさだし、全然身なりに気を遣わなくて、こういう気が利いたの選べる感じじゃなかったじゃないですか」


 綾子は困ったように頬をかくと、微笑んだ。


「でも、『桃色が似合うから』と選んでくれたのは早矢さんでしたよ」


 華ははっと顔を上げると、しばらく綾子を見つめてから、ぺこりと頭を下げた。


「――これ、選んでくれてありがとうございました。とてもかわいくて、気に入ってるんです」


「気に入ってくれていて、私も嬉しいです」


 綾子が微笑むと、華は何度かきょろきょろと視線を泳がせたあとに、


「あの……」


 とおずおずと口を開いた。


「……今度、お姉さまのお話を聞かせてもらえますか?」


 綾子は「ええ」と頷いて笑った。


「もちろん」


 ***


 それからさらにふた月して、綾子はようやく帰宅を許可され、今まで通りの日常が戻ってきた。任務に戻ってからしばらくは、九十九関係の報告書づくりに追われた。大体の部分は彰吾や副隊長の波左間がまとめていてくれていたが、綾子でないとわからない部分も多かったので、穴埋めをする形で連日筆を走らせた。


「隊長、報告完了お疲れ様でーす」


 ようやく報告書をまとめ終えた日、副隊長の波左間(はざま)が綾子に声をかけた。

 詰め所に残っていたのは、綾子と彰吾と波左間だった。


「ありがとう。波左間さんや鈴原くんや皆が手伝ってくれて助かったわ」


 そう言う綾子を前に、波左間はぽんと手を叩いて提案をした。


「お疲れ様ということで、たまには飲みに行きましょうよ! 3人で!」


 そう言ってぐいっと彰吾の肩を引き寄せる。


(――これは、まさか)


『隊長とお前の婚約祝いをまだしていないだろう。企画はしていたんだよ、実は』


 南部霊園での波左間の言葉を思いだした彰吾は、ちらりと彼を見た。

 波左間は片目を(つむ)ると、口元に指を当てた。


「――そうね。せっかくだし行きましょうか。私が奢りますよ」


 綾子は「うん」と頷いた。


「皆さんに助けて頂いたのにお礼ができていないですから。こんど何かしないとと思っていたんです。波左間さんと鈴原くんにその相談をさせてもらいたくて」


「いいんですか! じゃあ、いつもの『さくら』でいいですかねえ」


 波左間は軽くそう言いながら、彰吾ににっと笑いかけた。


***


「……!」


 『さくら』に入店したところで、綾子は目を大きく見開いた。


そこには、参番隊の隊員と、佳世と幸と武蔵、砂羽と雅和が顔を揃えていた。

店内の座席が整理され、中央に大きな宴席が用意されてる。


「まぁ、まぁ、綾子! 鈴原くんもこっちに座って」


 桜が綾子の手を引いて、宴席の上座へ連れて行った。

 彰吾はその後ろをととと、とついていく。

 席に流されるまま座らされた綾子の前のグラスに、とぽとぽと酒が注がれた。


 酒のラベルには『祝』という字が大きく書かかれていた。


「隊長! 鈴原! 婚約おめでとうございます!」


 波左間が「乾杯~」と自分のグラスを高く掲げた。


「……」


 綾子は周囲を見回すとはにかんだ。


「――ありがとうございます」


***


 わいわいと夜は更けていく。

 佳世があくびをして、目をこすった。

 綾子は妹の頭を撫でると言った。


「佳世、あなたはもう家に帰って寝る時間よ」


「えぇー」と佳世は不満そうに口を尖らせる。


「今日くらい佳代も皆さんと夜更かししたいです」


 綾子は「うーん」と髪を掻いた。確かに明日は学校もお休みだろうけれど。

 

「佳世、帰りますよ」


 横から幸にぴしゃりと言われて、佳世は背筋を伸ばすと、不本意そうに「はい」と頷いた。綾子は苦笑しながら祖母にぺこりと頭を下げた。


「お祖母(ばあ)さま、佳世をよろしくお願いしますね」


「ええ」


 幸は少し言葉を置いてから、呟いた。


「綾子――ありがとう。あなたが生きて帰ってきてくれて、本当に良かった。あなたのお母さまとお父さまの仇も取ってくれて。ありがとう」


 綾子は頷いた。


「お祖母さま、私は死にませんよ――周りで、こんなにいろいろな人が助けてくれている」


「だから私は、防衛隊の仕事をこれからも続けます」


「好きにしなさい」と幸は呟くと、佳世の背中を叩いて「帰るわよ」とせかした。


「私も少し抜けて、送っていきますね」と綾子は席を立った。

 祖母と妹だけを歩かせて帰宅させるわけにはいかない。

「俺が」と横で言いかけた彰吾を波左間が制止する。


「隊長、俺がしっかりお二人を家まで送っていきますからご安心を! 武蔵、帰るぞー」


 波左間の声に武蔵が「わん」と答えた。


(【獣】の家紋、良いな……)


 彰吾はその様子を悔しく眺める。自分も武蔵とあんなやりとりがしたい。

 波左間は彰吾の肩をぽんぽんとたたいてにっと笑うと、綾子に言った。

 

「隊長は鈴原とゆっくり帰ってきてくださいね」


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