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58.「 ――君を焼いてしまってはね、残念だから」

 綾子は自分に向かって伸びる彰吾の手を掴もうとしたが、


「――人間が、この結界の場所まで来るとは」


 感心したような呟きとともに、九十九がふわりと二人の間を遮るように立った。

 「ふむふむ」と彰吾を見て頷く。


「しょうご、彰吾――、君が『彰吾くん』か!」


 九十九は楽しそうに手を打った。


「君の身体を私にくれないか。そうすれば、綾子も納得して私の妻になってくれるだろう」


「――ふざけるな! 誰が妖に身体を渡すか!」


 彰吾は叫ぶと、家紋の光る右手をぐっと握った。

 風が渦巻いて、九十九の結界の暗闇を巻き取り、青空の範囲を広げる。


「そう言うだろうとは思ったけどね」と九十九は肩をすくめる。


「なら――仕方がないな。あまり身体は損傷させたくないのだけどね」


 九十九は綾子の頭を両手で包んだ。


「実体がないと、不利だからね。綾子、君の身体をしばらく借りるよ」


 しゅるしゅると九十九の身体が綾子の中に吸い込まれていく。


(嫌、嫌よ)


 身体の感覚を、意識を自分でないものに浸食されていく不快感。

 綾子の身体は暗闇で閉ざされた九十九の結界空間を抵抗するようにばたばたと転げ回った。


「綾子さんに何をするんだ!」


 彰吾は叫ぶと、渦巻の威力を上げた。

 風の渦に巻き取られた暗闇は四散し、青い空が広がった。

 そして、暗闇が去った空中には彰吾と綾子が浮かんでいた。

 綾子はほどけた長い髪をかきあげると、彰吾に向かって微笑んだ。


「彰吾くん!」


 彰吾は顔を歪ませた。

 ――この状況で、こんな悪戯っぽい笑顔。

 「これ」が綾子であるはずがない。


(――この妖は! 人のことをもてあそんで!)


「お前! 綾子さんの中から出ていけ!!!」


「やっぱり、わかるか」


 綾子の身体を乗っ取った九十九はくすくすと笑うと、周りを見回して唸った。


「はは、まさか結界を壊されるとは。頑張って作った私の寝床だったのだけどね。――これも『愛』の力と言うべきか。君たち人間は興味深いね」


 九十九は持っていた修介の腕に齧りついた。

 綾子の口は大きく裂けて、鋭い牙が光る。


 「ぼり」「ばりっ」「ぼりっ」


 腕はかみ砕かれ、綾子の中へと入っていく。

 

 ごくんと喉を鳴らして、元の綾子の顔に戻った九十九は、


「この娘の身体は私の気によく合う」


 手を握ったり開いたりしながら、綾子の顔で嬉しそうに言った。


 そして、彰吾に向かって手を伸ばした。

 綾子の家紋が発動し、炎の渦が彰吾に襲い掛かる。


「――!」


 彰吾は風を巻き起こして、炎の方向を変えて避けた。

 九十九はそこに、間髪入れずにまた炎を放つ。


(――きりがない!)


 彰吾は炎を避けながら顔を歪ませると、重たい空気の圧を綾子の身体めがけてぶつけた。

 どんっと衝撃を受けた綾子の身体は前方へと飛んだ。飛んだ先に彰吾は家紋の力で竜巻を発生させた。


(綾子さんがやったように、妖気だけ巻き取る!)


 綾子は家紋で発生された炎で、妖気だけを焼き切って彰吾や華を鬼化から救った。

 同じように、【疾風】の家紋の風なら、妖気だけを身体の外に巻き取れるはずだ。

 彰吾は額に汗をにじませた。

 家紋の力は、大きな出力で出すことの方が簡単で、対象を物理的に傷つけずに妖気だけに影響を与えるよう力を加減するのは至難の業だった。

 綾子がどれだけ高度に家紋の力を制御していたかを身をもって感じる。


(失敗したら――)


 綾子のことを、傷つけてしまう。


 ――その一瞬の躊躇が、力の制御を狂わせた。

 妖気だけに影響を与えるよう調整された竜巻が、対象を物理的に傷つける風の刃に変わった。鋭い風刃が綾子の腕を傷つけ、鮮血が空中に散った。


「あっ――」


 彰吾は力の発動を止めた。


(綾子さんに、傷が――)


 九十九はその隙を見逃さなかった。

 顔を上げた時には、綾子の顔でにやりと笑う九十九の姿が目の前にあった。

 そして――腹に鈍い衝撃。


「うっ」 

 

 鋭い蹴りが彰吾を襲った。


「ははは、彼女を傷つけられないのかい。『愛』だね。素晴らしい」


 九十九はそう高らかに笑いながら、間髪入れずに腹を押さえ丸くなった彰吾の背中を垂直に踏みつける。ぐきっと骨が折れる音がして、彰吾の身体は垂直に落下した。


(力を使わないと、落下する――)


 家紋の力で浮遊していたので、力の制御を失えばそのまま地面に追突してしまうだろう。

 浮遊し直そうと力を使おうとしたその時には、背後に回った九十九に腕で首を絞められていた。


 九十九は綾子の顔で微笑んで言った。


「家紋の力で攻撃すると思ったかい。――君を焼いてしまってはね、残念だから」


 首から手を振りほどこうともがきながら、彰吾は九十九に向かって笑った。


「――綾子さんに蹴られるなら、ご褒美ですよ」


 九十九は彰吾の首を絞める力を強めた。

 綾子の腕に青黒い血管が浮き上がり、太く変形する。


「君の身体をいただきたいんだよ。君の身体で綾子と夫婦になろうと思う。――それなら君も満足だろう?」


 彰吾は口角を上げて、笑った。


「――俺の身体を支えてくれて、ありがたい。これで全力でお前を追い出せる」


 彰吾は右の拳を握ると、家紋の力を発動させた。

 風の渦が九十九の身体を包んだ。

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