54. 「綾子をどうか、よろしくお願いします」
「幸さん、ありがとうございます」
客間に通され、深く礼をした彰吾の顔を幸は「頭を下げないでください」と上げさせた。
「――何があったかは、聞いております。綾子のために来てくださったのでしょう」
「はい」
彰吾は頷くと早速話を切り出した。
「綾子さんの探索と、討伐の指令が出ています。俺は――俺と参番部隊の隊員は他の隊員より早く綾子さんを見つけたいのです。探索のために、俺の家の紋具を使います」
雅和が【風影尋踪符】を取り出した。
「――鈴原さん」
幸は改まった様子で雅和に頭を下げた。
「藤宮さん、久しくしております。武くんと静江さんの葬儀以来ですかね」
(そうだ、養父さんは綾子さんのお父さんと一緒に隊にいたことがあるんだ)
だから、関係者として葬儀にも出ていたのだろう。
隊では季節ごとに家族も招いた夜会などを開くこともあるが、綾子の親族が来たのは見たことがない。幸は防衛隊を嫌っていると綾子が言っていた。意識的に距離をとっていたのかもしれない。
彰吾はそんなことを考えながらも話を急いだ。
「――この紋具は、捜索したいものに関連が深い物を籠の中に入れることで、その物に宿った【気】をたどって探すことができます。『関連が深い』というのは思い入れが強いと言いますか、例えば大事な人の形見の品のようなものが良いのですが。――それを貸していただきたいんです」
「わかりました」
幸は立ち上がった。
「あの子が着ていた静江の着物などがありますから――それで良いでしょうか」
連れられて、綾子の部屋へと向かう。
「色々ありますが、最近着ていたものの方が良いですね」
幸が綺麗に整理された箪笥の中から何着かの着物を出す。
彰吾は目を凝らした。
修介と会っていた時に綾子が着ていたものもあった。
(お母さんの形見だったのか)
綾子には正直あまり似合っていないと内心思ってしまったことを申し訳なく思った。
「最近――あの子、これを着ていなかったわね」
幸は一着一着見ながら、首を捻った。
彰吾と出かける時は、綾子は最近は洋装を着ることが多かった。
――その時、廊下から声がした。
「あの、黒のドレスが一番良いと思います」
今まで泣いていたような赤ら顔で襖の向こうからそう言ったのは、綾子の妹の佳代だった。
「佳世、あなたは部屋で休んでいなさいと言ったでしょう」
幸は困ったように佳世に言う。
「佳世ちゃん、黒のドレスってどれかな?」
「あの、彰吾さんがお姉さまに作ってくださったドレスです」
(――あの神宮司さんと間宮さんの婚約披露宴で着てくれたものか)
佳世は部屋のなかにとたとたと入ってくると、彰吾の手を取った。
「お姉さま、1人になるとあのドレスを眺めてご機嫌になっていました」
「そうなんだね」
彰吾はその話を聞いて、少し瞳が潤んだ。
(そんなに喜んでくれていたのか)
「形見の品、などの方がよろしいのではないでしょうか」
「いいえ」と彰吾より先に首を振ったのは雅和だった。
「『思い入れの強さ』が肝要なのです。形見の品と言うのは一例で。――むしろ、故人を偲ぶような後ろを向いた気持ちよりも、『現在』の思い入れが強いものの方が良い。例えば私の妻を探すのであれば、我々の結納の品などよりも、劇俳優の写真の方を使うでしょうな」
その例えに彰吾は苦笑する。
砂羽は最近、劇俳優の何とかという若い男優が好きで写真を集めていた。
「後ろを向いた……」
幸は形見の着物を見つめて呟くと、彰吾を見た。
「では、その黒のドレスをお持ちください。今出してきます。佳世、他に思い浮かぶものはありますか?」
「お姉さまは、お出かけした時の思い出のものをいろいろ手帳に貼っていました」
佳世は綾子の部屋の文机の引き出しから、手帳を取り出した。
それを開くと、日付とともに美術館の入場券などが貼られていた。
「これ、一緒に行った……」
彰吾はそれを見て思わずつぶやいた。
どれもこれも綾子と一緒に出かけた先の記念の物ばかりだった。
「――それもお持ちください」
幸は考え込む様子でそう言った。
その他、綾子の持ち物を籠に詰め込んだところで、窓の外からワンワン!と犬の鳴き声がした。綾子の愛犬の武蔵だ。
「――武蔵、あなたもお姉さまが心配なのね」
佳世が窓を開けると、武蔵は室内に飛び込んできた。
そして、彰吾の周りをくるくる回った。
「――いつも俺の事を吠えるのに」
彰吾は腰を落とすと、武蔵の頭を撫でようとした。
しかし、武蔵は「わん!」とひと吠えすると後ろに飛びのき、彰吾を見つめる。
「それは嫌なのな」
彰吾は思わず笑ってしまった。
それから、思いつく。
「こいつを、連れて行ってもいいですか」
「武蔵を?」
「うちの副隊長は【獣】の家紋の持ち主ですので」
動物を使役できる【獣】の家紋を持つ波佐間の力を借りれば、武蔵にも綾子を捜す手助けをしてもらえるかもしれないと彰吾は考えた。
武蔵を連れ、藤宮家を後にする。
「綾子をどうか、よろしくお願いします」
玄関で頭を下げた幸を彰吾は複雑な気持ちで見つめた。
両親が死んでから、幸が綾子にかけてきた言葉を彰吾は知っている。
正直なところ、綾子が必要以上に自分を責めて辛くなってしまったのは、この祖母のせいだと彰吾は思っていた。綾子はそれを責めるような人間ではないので、彰吾は何も言わないが、綾子に対する態度について、反省をしているのかと問いただしたくなる気持ちを今まで抱えていた。
その思いは変わるわけではないが、
(綾子さんの無事を祈っているのは一緒だ……)
彰吾は幸の手を取ると、力強く頷いた。
「もちろんです。――必ず、綾子さんを連れて戻ります」
幸はさらに一つ深く頭を下げると、彰吾たちと一緒に家を出た。
車の扉を開け、彰吾が運転席に座ると、武蔵は助手席に飛び込んだ。
彰吾と雅和は顔を見合わせる。
雅和は「頼もしいな」と呟いて、後ろの席の扉を開けた。――そこに、
「――何の話をしていたのだ? ――犬まで連れて」
見張りの隊員が、車の前に立った。
幸が鋭い口調で答えた。
「鈴原さんたちは、私たちを励ましに来てくださったのです」
「――」
ぐっと言葉を飲み込んだ隊員は、車の前からどくと、彰吾を見つめて言った。
「――妖に憑依され、鬼化した者は討伐対象だ。私情を挟まないように」
「もちろん、ですが」
彰吾はハンドルを握ると、相手を見つめなおした。
「神宮司隊員も、間宮隊員も命は取りとめています。それは、隊長のおかげです。――妖に憑かれても、戻れるし、助けられるなら助けるというのが隊長のやり方ですから」
そのまま車の鍵をひねり、発車させると、鈴原の家へと戻った。




