53. (根城にしている場所が、あるはずだ)
彰吾は第参部隊の隊員と頭を突き合わせ、今後の策を練っていた。
「まずは、隊長のいる場所を、他の人たちより先に見つけたいです」
彰吾の言葉に副隊長の波左間は頷いた。
「本部は探索のための伝書烏を東都内全域に飛ばしたようだが、どうする?」
【獣】の家紋を持つ隊員が訓練した伝書烏は、主に伝令に用いられるが、妖や異常事態の探索にも用いられる。本部で使役している伝書烏をほぼ全て動員して、九十九の探索に当たっている。
「紋具を使います」
紋具とは、家紋の力を利用し特殊な力を発動する道具のことだ。
妖との戦闘時に使用したり、今回のような探索に利用したりする。
「俺の家の紋具【風影尋踪符】を使います」
【風影尋踪符】は鈴原家が所有する、探索に用いることができる紋具だ。
「父さんに話をしてきます。皆は、隊長のまとめていた資料の確認をお願いします。九十九の隠れていそうな場所を何カ所か隊長が検討をつけていたと思いますので」
綾子の調査によると、九十九は10年前に綾子の父親から致命傷を受けたことにより、父親と相打ちで消滅したものと思われていたが、ここ1年ほどで再び動き出したようだ。
本来の姿は実体を持たない妖はいろいろな姿で人間の社会に紛れ込んでいる。
妖は生物――主に人の負の感情を喰らうことで存在を維持するが、生き物や物に取り憑くことで他者に害をなす狩りを行い食糧を得る。
たくさんの人を喰らい力をつけた高い知能を持つ妖であれば、人間として社会に紛れて暮らしていることもある。
ただ、多数の人間を喰らえば、防衛隊に目をつけられて狩られる。
いたちごっこから逃れるために、妖は賢ければ賢いほど場所を移動することが多い。
(九十九は、綾子さんのお父さんに致命傷を負わされた。人を鬼にできるほどの妖力を回復するまでには、時間がかかったはずだ)
どこかで派手に人を喰らわずに食糧を補給し、体力を回復させていたに違いない。
人を喰らわずに食糧を得られる場所――それは自然と人間の負の感情が集まる場所だ。
例えば、かつての戦場地、刑場、自殺の名所、色町などが当てはまる。
(どこかに、巣にしている結界があるはず。――そこに逃げ込んだと考えるのが妥当だ)
九十九は人語を話す、それなりに知能の高い妖だと聞く。
防衛隊の本部を襲えば、追手がかかるというのは予想ができるはずだ。
妖は結界を作ることができる。
結界はいわば妖のための領域で、完成された結界内に逃げ込まれてしまうと、よほど強い家紋の力でその結界を破壊しないかぎり、妖とやりあうことはできなくなってしまう。
ただし、強力な結界を構成するためには、それなりの時間がかかる。
九十九は10年間の間に体力を回復させるために結界を作っており、そこに姿を隠しているのではないかと彰吾は目測をつけた。
(根城にしている場所が、あるはずだ)
綾子の指示のもと、第参部隊で九十九の妖力の探知をめぼしい場所で行った。
妖力の濃さから、九十九の結界があると思われるところは何カ所か目星をつけていたはずだ。
その場所を捜索して、他の隊員よりいち早く綾子を見つけること。
(それが俺にできる最善)
彰吾は実家に急いだ。
***
「父さん【風影尋踪符】を貸してください」
開口一番そう言うと、雅和は唸った。
「綾子さんの探索に使うのだな」
前線は退いたものの、現在も隊に関わっている雅和は、今回の事のあらましを既に耳に入れているようだった。
「はい」と彰吾は強く頷いた。
「綾子さんを他の隊員より早く見つけなければ」
「――わかった。砂羽、持ってきてくれるか」
百貨店から戻っていた砂羽が奥から銀で作られた鳥の形の札がたくさん入った鳥かごを持ってきた。
「ありがとうございます!」
雅和は頭を深く下げる彰吾を見つめると、紋具を受け取ろうと手を伸ばした彰吾を制止し、鳥の札を一枚持ち上げて言った。
「使うのには異論がないが――これは、かなりの紋力を使う」
【風影尋踪符】は【疾風】の家紋の力を籠めることで、鳥の札が探し求める対象を示してくれる紋具だ。札を動かしている間は常時家紋を発動させておかねばならず、探索範囲が広範囲であればあるほど紋力――精神力を消耗する。
綾子のいる場所の特定には難儀しそうなので、紋力の消耗は激しそうではあった。
「それは、覚悟してます」
力強く言った彰吾を雅和は見つめて言った。
「これは、私が動かそう。息子の婚約者の命が懸かっているのだから」
「父さん……」
彰吾は驚いて口をつぐんだ。
雅和はぽんとその肩を叩くと、妻から籠を受け取り立ちあがった。
「見つけたあとに、妖とやりあわねばいけないのだろう? お前は力を節約しておきなさい」
「――ありがとうございます」
「それで、探索に使える素材はあるのか?」
この紋具を使用する時は、鳥かごの中に探索対象に関わりのある物を入れて使用する。
その物は対象に関わりが深ければ深いほど良い。
「綾子さんの家に、これから行くつもりです」
雅和は上着を羽織ると、彰吾に車の鍵を渡した。
「早いほど良いだろう。急ごう」
***
彰吾の運転で、彰吾と雅和は藤宮家を訪れた。
家の周りを私服の隊員たちがさりげなく取り囲んでいるのがわかった。
妖に憑依された者は「もとの姿」何食わぬ顔で帰宅し、家人を襲うこともよくある。
誰かが憑依された場は、このように家を警戒するのが基本だ。
家の玄関の呼び鈴を鳴らそうとしたところで、肩を叩かれた。
「鈴原くんか。参番隊も探索へ向かったのでは?」
振り返ると、弐番隊の隊員が訝しげに彰吾を見ている。
「御父上も一緒とは、どうしたのだ」
彰吾は愛想の良い表情で言った。
「――俺は、綾子さんの婚約者ですので、ご家族にお話があります」
「――家人への話は我々から済ませているが――」
感情的な行動をとっているように思われているのだろうか。
(まあ、その通りだけど)
「君の気持ちはわかるが、隊としての指示に従って……」
その時、がらりと戸が開いて、幸が深く礼をした。
「お疲れ様です。――彰吾さん、どうぞ中へ」
幸は険しい表情で彰吾と雅和を中へ招き入れた。
「――しかし」
「私が中へと言っているのです」
幸はぴしゃりと言うと、彰吾を中へ招いて戸を閉めた。




