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【完結】婚約破棄されましたが、慕ってくれる部下と共に妖を討伐する毎日です!  作者: 奈津みかん
【4】動き

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49. 「私の妖気は、もはや君の一部となっていたのだね」

 華は自分と綾子を感動した様子で見つめる、修介の身体を借りた九十九を見て顔を強張らせた。


「修介さん、じゃない……?」


 そして思い出した。


(この口調、私、聞いたことがある……)


 ――鈴原 彰吾に会いに行った日。彼のもとから走り去って立ち止まった詰め所の隅で、優し気に誰かに声をかけられた。声をかけたのは――まるで生きている人ではないような、白髪の美しい男だった。


(どうして、忘れてたのかしら。あんな人が、詰め所にいるはずがないのに)


 あれは人ではない存在――妖だったのでは。

 自分はあの妖に何かをされた。その結果、今こんなことになっている。

 そして、自分に声をかけたあの男――妖が修介の中にいる。


 華がそんなことを考えている間に、

 

「綾子、君の『愛』が彼女の心を動かしたんだね。私の鬼化を完全に解除されたのは、初めてだ」


 九十九の言葉に綾子は激高して叫んだ。


「『愛』『愛』『愛』? ――何なのよ、あなたはっ」


 自分を鬼に変えようとし、父親と母親を奪った仇。

 

(それが一切悪びれもせず、私との再会を喜んでさえいる? ――何なのよ、それ)


「理解できない!」

 

 人間と同じ言葉を話していようと、理解が及ばない、異常な存在。


「たくさんの人を苦しめて……、へらへら笑って……っ」


 綾子は家紋の力を発動した。

 極限に達した怒りの感情に反応し、腕だけではなく、首や顔にまで渦巻く炎の紋章が赤く浮かび上がる。


「――今すぐ、消えなさいっ」


 大声で叫ぶと、綾子の周囲にいくつもの真っ赤な炎の柱が燃え上がった。

 先ほど華の妖気だけを焼いた青い炎のような代物ではない。

 全てを焼き尽くす、強い炎だ。


 渦巻く炎は四方八方から九十九に襲い掛かった。あっという間に彼の身体を包み込む。


「燃えてしまいなさい」


 綾子は厳しい声で吐き捨てた。

 その時、どくんっと心臓が大きく鳴った。


「……っ」


 綾子は胸をおさえるとうずくまった。

 どくんどくんと心臓が大きく波打つ。体中の血管が沸騰するように煮えたぎる。


(――これは)


 綾子は唸りながら床を転がった。

 この感覚は身に覚えがある。――10年前、鬼にされかけた時と同じ感覚だ。


「綾子さん!」


 驚いたように叫んだ華は、綾子の方に手を伸ばそうとしてその場に崩れた。

 体中が痛んで思ったように動けない。

 

 その間に九十九を包んでいた炎が消え去る。

 床にはごろんと黒焦げになった人間が倒れていた。


「……!!! 修介さん……!?」


 その黒い塊が修介だと、綾子は認識した。

 どくんどくんと心臓が脈打つ。


(私、私はなんてことを……)


 しゅるしゅると煙が集まって床に転がる修介の横に、美しい白髪の男が姿を現した。


「――この男ごと、私を焼いて滅ぼそうとしたんだね、優しい君が」


 妖の姿に戻った九十九は恍惚とした表情で言葉を続けた。


「人間性を失う程の激しい怒り――それは、君が妖になるために必要なものだ」


 綾子は胸をおさえると肩で大きく息をした。体の細胞がはじけ飛ぶような、転げまわりたくなるような感覚を耐える。


「怒れば怒るほど、君は妖に近づく」


 九十九は倒れこんだ綾子にゆっくりと近づくと、しゃがみこみ、愛おしげに髪を撫でた。


「触らないで!」


 綾子はそう叫んで、手に炎をまとわせて、目の前の仇を討とうとしたが、


「ざ、わぁあああああら、なああぁい、だで」


 口から出たのは濁ったような音だけだった。身体が自由に動かなかった。

 

(あの時と、同じ)


 10年前と同じ、自分の身体が自分のものではなくなるような、不快で最悪の感覚。


「君の中には、君の身体を鬼に変えるほどの私の妖気が残っていたんだね。こんなに嬉しいことはない」


 鬼化から生還した者は一定期間、防衛隊の監視下に置かれる。

 一度鬼化から戻れたとしても、妖化の要因になりうる負の感情に飲み込まれるようなきっかけがあると、体内に残った妖の妖気により、再び鬼化する可能性があるからだ。

 綾子も5年ほどの間は、定期的に妖気を浄化する処置を受けていた。

 そしてもう再度妖化するような妖気は残っていないと判定され、処置を終えたのに。


「私の妖気は、もはや君の一部となっていたのだね」


 妖気と家紋の力の根源は同じだ。生命の根源的な力のようなもの。

 一度身体の中に妖の気が入り込んでしまうと、全てを除去することは難しい。

 

 あの事件があるまで家紋の訓練をしたことがなかったというのに、強力な力を使えるのは、強い妖である九十九の妖力を体内に取り入れたということも関係があると綾子は感じていた。


 九十九の妖気は綾子の体内から消えていなかった。妖気が残っていないと判断されたのは、綾子の身体に妖気が馴染みすぎていたからだった。それが妖気の元の主である九十九の近くにいることで、再度活性化したのかもしれない。


「そっちか!」「妖め!」「囲め!」


 ばたばたばたとけたたましい足音と声が周囲から響いてきた。


「あんまり数が多いと厄介だな。『あれ』はもう駄目になってしまったし」


 九十九は華を一瞥するとぼやいた。

 華は視線だけなんとか上げて、その光景を眺めていた。


「しかし、綾子、君に再開できたのは嬉しい誤算だったよ。今度こそ妖になってくれ。ゆっくりでいいんだよ」


 そう言うと、綾子の中へとするすると煙のように入っていった。


(嫌、なに、これは)


 自分の中に異物が入り込んでくる。それが体いっぱいに膨張して、自分は端に追いやられる。――そして。綾子の視界は真っ暗になった。意識が途絶えた。


「人事情報、というのは見てみたかったが、まぁそれはいい」


 綾子の声で、綾子の体内に入り込んだ九十九は呟いた。

 

「――なじみが良い」


 手を握ったり開いたりしながら、恍惚の表情で呟く。


「あんな男の身体より、よほどいいな」


 ゴミを見るような視線の先には、黒い塊となった修介の身体があった。

 九十九はしばらくそれを見つめると、思いついたように焦げた修介の右腕をもぎ取った。

 まだ息があるのか、修介はびくんと身体を跳ねさせた。


「最初の食糧にちょうど良いな」


 頷くと周囲を見回す。


「さて、行こうか、綾子」


 綾子の身体がふわりと浮き上がった。綾子の身体を乗っ取った九十九は、手をかざすと、綾子の家紋の力を発動した。


 ぼん!と爆発音が響き、窓硝子(ガラス)が吹き飛ぶ。

 九十九はそこから夜空へと飛び立った。


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