46. 「なかなか使い勝手の良い力だ」
「修介さん、どこへ行くの」
先をずんずんと進む修介の後ろを、華はとてとてと追いかけていた。
(私……修介さんなんか置いて早く帰った方が良いのに……)
身体が自動的に修介の後をついていってしまう。
(『管理室』というのはこちらか)
人の身体に入り込んで精神を乗っ取った場合、その人間の記憶を読み取ることができる。
修介の記憶から九十九は迷わずに足を進める。
潜んでその情報を入手するということも考えたが、霊体で感知され攻撃を受けた場合は、直接損傷を負ってしまうことになるので、それは避けたい。
(状況が良くなければ、この男の身体を身代わりにして逃げれば良い)
「修介さん……! そっちは管理棟の方よ」
本部の奥にある管理棟の建物に近づこうとした修介の服を華が引っ張った。
足を止めた修介のもとに、管理棟の入り口を警備していた隊員が近づいてくる。
「君は……? 五番隊の神宮司くんか?」
「はい」
と頷きながら、九十九は手をかざした。家紋の力を発動する。
カッという光と共に雷光一閃。
雷撃を受けた警備の隊員はその場に倒れこんだ。
「ほう」と九十九は感嘆の息を吐いた。
「一撃でしとめられるのか。なかなか使い勝手の良い力だ」
「何事だ!」
ばたばたと足音が近づいてきた。
「修介さん! 何を」
九十九はため息を吐くと、驚いたまま動けない華の身体を抱きしめた。
「君にも付き合ってもらうよ。人手はあった方が良い――ダメになったらダメで、仕方がない」
妖力を華の身体に注ぎ込む。
「ああああああ」
華はうめき声を上げた。
ばきばきばきと音を立てて、華の身体が変形した。髪がほどけてうねうねと浮き上がる。
目は血走り、血管が浮き上がり、口が裂ける。
「先ほどの怒りを思い出しなさい。この男は君を好きにしようとした。君のことを正当に扱わない相手は、全て喰らってしまえばいい」
九十九は優しく華の耳元で囁く。
「――ミんナ、なくナってシマえば、いい」
華は呻くように言うと、牙を剥いた。
そのまま近くに迫ってきた隊員に飛びかかる。
「妖だ!」
隊員は家紋の力を発動した。
華の足元の地面が割れ、足が飲み込まれる。
地を操る【大地】の家紋の力だ。足を取られた華は転んだ。
足を抜き取ろうとするが抜けずに、ぐぐぐと力を入れる。
もがいているところへ、先ほどの隊員が銃弾を撃ち込んだ。
ばぁん!という銃声が夜更けの詰め所にこだました。
銃撃では実体を持たない妖自体を滅することはできない。
ただ、人や獣に憑いている場合、その憑かれている実態を攻撃することで動きを押さえることはできる。
銃弾は華の胸に当たった。
――しかし。
華の身体から緑色の家紋の光が放たれる。
生命を象徴する、間宮家の【若草】の家紋。
その光は銃弾が当たったところに集まる。華の身体にめりこんだ銃弾は、しかし、その体を貫通することなく、ぽとりと地面に落ちた。
(家紋の力で、急速に傷を修復させてはね返したのか)
九十九は感心して呟いた。
「これは頼もしい」
「きいいいいいい」
華はそのまま咆哮を上げると、足を無理やり挟まれた地の割れ目から引き抜いた。
無理やり引き抜いた足からはぼき、と骨が折れる音がし、一瞬ぶらんと核を失った足を引きずった華だったが、次の瞬間にはその足を元通りに修復した。
「ワたし、のじゃま、しないでぇえええええ」
叫んだ華は隊員に勢いよく飛びかかると、その体を持ち上げて放り投げた。
腕には緑の蔦のような【若草】の家紋が浮かんでいる。
(これは、身体強化か)
九十九は感心して頷いた。
投げ飛ばされた隊員は、建物の壁にぶつかり、ずるりと地面に落ちる。
されにそれを追いかけようとした華を九十九は止めると、優しい口調で語り掛けた。
「行動不能にするだけで良い。私の後についてきてくれ」
華は九十九の言葉に返事はしないものの、従うように彼の後ろをついていく。
カァ―カァ―カァ―カァ―
周囲では異常を知らせる伝書烏の泣き声が響き渡っていた。
いくつもの足音が近づいてくる。
またしても複数の隊員が2人の行く手を阻んだ。
九十九は修介の【雷霆】の家紋に力を込めた。周囲にゴロゴロと雷鳴が鳴り始め、手を振り下ろした瞬間、電撃が周囲を円のように駆け抜けた。
一瞬で取り囲んでいた隊員たちが意識を失い床に倒れる。
(この男、思考はあれだが、家紋の力は強力なようだ)
九十九は感心して頷いた。それから周囲を見回す。
倒れた隊員は4人。全員雷撃により失神しているだけで、生命反応は失われていないようだ。
「手駒を増やすか。家紋持ちの鬼は使い勝手が良い」
雑に隊員を重ねると、手をかざし妖力を注ぎ込む。
意識を失った隊員たちはゆらりと糸が切れた人形のように立ち上がった。
「アヤカシ……タイジ、する」
隊員の口から言葉が漏れる。
「妖がたくさん来るぞ。頑張りなさい」
九十九はそう言うと、先を急いだ。
あの隊員たちには、これから周囲に来る者が妖に見えるように幻術をかけておいた。
追手が来れば、それを妖だと誤認して勝手に同士討ちをしてくれることだろう。
後ろから聞こえてくる争うような音を聞きながら、九十九はほくそ笑んだ。
(自分たちで同士討ちをしていてくれ……)
しかし、その笑みは消え去った。
どぉっと後ろで爆音のような音が聞こえた。
熱風を頬に感じる。――それに反して、身体の芯が冷えるような心地。
(10年前の――)
身体の大部分を焼き尽くされた、あの家紋の炎――それと同じ感覚。
九十九は表情を強張らせながら振り返った。
そこには、先ほど幻覚の術をかけた隊員たちが横たわっていた。
一人の女が手を掲げてこちらを睨んでいる。
その眼差しに九十九は既視感を覚えた。
(この女は)
「あ、や、こ、――ふじのみ、や、アや、こ」
華が女に向かって歯を剥いて威嚇する。
修介の脳が反応するのを九十九は感じた。
思考を読み取り、相手を認識する。
(藤宮 綾子、この男の元婚約者)
「華さん……、と修介さん!?」
そこには目の前の光景が信じられないと目を見開く綾子がいた。




