4. 「本当にもったいないです」
『聞き取り調査中に戦闘発生。鬼は討伐。犠牲者4名。後処理求む』
伝書烏――動物を意のままに使役する【獣】の家紋を持つ隊員が訓練した特殊な烏に伝言を伝える。黒い鳥は「カァ」と一声鳴くと、本部へ向かって飛んで行った。伝書烏は言ったままの言葉を伝えてくれるはずだ。
「本部から後処理部隊が来るまで、1刻半ほどですかね。待ちましょう」
綾子と彰吾は家人が誰もいなくなった屋敷の玄関に腰かけた。
「――隊長、あの少女が鬼だってよく気がつきましたね」
「――勘――ですかね。彼女、あなたに照れた様子を見せなかったので、おかしいなと」
綾子は彰吾を見つめた。
彰吾が入隊してからというもの、彼目当てで近くの女学校の生徒が詰め所の敷地内に忍び込んでくるということが問題になったこともある。――年頃の、男性と接することの少ない嫁入り前の娘であれば、彰吾に笑顔で話しかけられれば何かしらかの反応がありそうなものだが、あの少女にはそれがなかった。
「――そう言ってもらえるのは、光栄です」
彰吾はまんざらでもなさそうだ。綾子は言葉を続けた。
「――それから、髪に少し、白髪が混ざっていたんです」
綾子は拳を握りしめた。
若い女性ばかりを襲い、白髪の鬼に変える妖、――その名を、九十九。
それはかつて綾子を襲い鬼に変えようとし、止めに入った母親までも鬼に変え、自分たち姉妹から父母を奪った妖の名だ。
父親の手により、討伐されたと言われているが――綾子は「九十九」が消滅していないことを知っていた。
――綾子は全て見ていた。母親が鬼になる様子も、父親が母だった「それ」を「退治」する光景も。目に焼き付いている。――母を鬼へと変えた妖「九十九」は、父親の家紋による攻撃で瀕死になりながらも、逃げ去ってしまった。
(今回の鬼化が「九十九」の仕業なら――必ず私が討伐してみせます――お父様――)
綾子は首に下げた2つの指輪をぎゅっと握りしめた。
この指輪は父親と母親のそれぞれの結婚指輪だ。
父と母は娘の綾子の目から見ても、とても仲の良い夫婦だった。
家族の暮らしは平和で愛情に満ちていた。
けれど事件当時生まれたばかりだった妹は、父母の顔も覚えていない。
家族で仲良く、ただ普通に幸せに暮らしていたのに。
妹の佳世が生まれて、もっと幸せになるはずだったのに。
自分たちから幸せな家庭を奪った九十九を綾子は絶対に許せなかった。
――そして同時に、九十九に心の隙を突かれた自分自身も許せなかった。
防衛隊に入隊して以後、綾子は両親の敵であり、自分自身の汚点であるその妖をずっと探していた。
「――俺は全然違和感に気がつきませんでした。隊長はさすがだなぁ」
彰吾は感心したように何度も頷いた。
「鈴原くんはまだ入隊して半年ですから。私はもう7年の先輩ですからね、当たり前ですよ」
綾子は苦笑した。
「私が半年の頃なんか、まだ妖を前にすると足がすくんでしまって、情けなかったものです。先輩に怒られてばかりでしたよ」
昔を思い出して情けなくなった。――それに比べ。
「すごいのは、あなたですよ、鈴原くん。実際の鬼と対峙するのは何回目ですか?」
綾子は彰吾を見つめた。
「ええと、まぁ、それなりに日ごろ小さな妖退治はしていますが――今回ほど分化した鬼は初めてですね」
彰吾は戸惑うような表情で少し身を引く。
「本当にすごいです。――機転をきかせてくれて、とても助かりました。おかげで消耗せずすみました」
経験が少ないにも関わらず、あそこまで冷静に対応できた彰吾は本当にすごいと綾子は感心しきっている。彰吾は照れたように頭を掻いて「嬉しいです」と呟いた。
それから待つこと1刻、後処理部隊が到着し、状況説明を終えた二人は詰め所に帰還した。
***
防衛隊の中でも精鋭部隊である壱番隊から参番隊の隊員は、国の政治機関の集まる本部の詰所で日々の業務を行っている。
各部隊の隊長には個室の執務室が与えられているのだが、自分の執務部屋に戻り、机に座った綾子は机に手をつくと「はぁ」と深い息を吐いた。
(これから、今日の報告を文書にまとめて……また帰るのが遅くなるわね)
ここ数日は今日聞き込みに行った学生の行方不明事件の調査などで、毎日帰宅が遅かった。――この事件が「九十九」の仕業であるのなら、このまま解決ではない。
綾子の懸念事項はそれだけではなかった。
(お祖母様、回復されるまであと何日かかるかしら)
修介から婚約破棄を告げられて数日経つ。あの後、神宮司家から正式に婚約解消の通知が届き、綾子の予想通り幸は寝込んでしまった。
藤宮家の使用人の管理などは幸が担っていたので、寝込んでしまって以来、その分を綾子がしなければならず、その分の疲れもたまっていた。
その時、トントンとノックの音がして、「隊長」と彰吾が呼び掛ける声がした。
「どうぞ」と言うと、ひょこりと顔をのぞかせる。
「お疲れ様です。隊長、珈琲を淹れたんですが、飲まれますか?――夜ですけど」
「――ありがとうございます。嬉しいです」
彰吾は気まずそうにくしゃっとした長い黒髪を掻いた。
「隊長――前から言おうとは思ってたのですが……隊長なんですから、そんな丁寧な口調でなくても……。俺、新入隊員ですよ」
「――ごめんなさいね。癖になってしまっていて……。それに、私も隊長としては新人ですから」
綾子はうーんと唸った。
隊長に任命され1年になるが、なかなか敬語で話す癖は抜けない。
隊員の中では若輩であるし、年上の男性隊員が多いので気を遣ってしまう。
「鈴原くんは、気が利きますね。珈琲、ちょうど頭をすっきりさせたかったので、助かります」
これからひと仕事。やる気を出すために、自分で淹れようかと思っていたところだった。
「いえ、無理なさらずに、俺たち部下でできることがあれば、仕事、振ってくださいね。隊長何でもひとりでされてしまいますから。それに、あの――隊長、最近、任務以外も大変かと」
彰吾が言いにくそうにつぶやいたので、綾子は「ああ」と頷いた。
「――鈴原くんも知っていますよね―――」
綾子が修介と婚約破棄になった話はもう広まっているのだろう。
ええ、まあと彰吾は口を濁してから、真っすぐに綾子を見つめた。
「……隊長との縁談を断るんなんてもったいないです」
「そう言ってもらえると――嘘でも嬉しいです」
綾子はふふふと笑った。
「嘘だなんて!」
彰吾はぶんぶんと首を振って、それからじっと綾子を見ると呟いた。
「――いえ、本当にもったいないです」
部屋の中にしばらくの沈黙が流れた。
「――?」
綾子が首を傾げると、彰吾ははっとしたように「では、珈琲を持ってきますね!」と扉を閉めて去って行った。




