31. 「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
緊張した面持ちで深々と頭を下げる綾子を、彰吾の養父母である雅和と砂羽は温かい笑顔で出迎えた。今日は鈴原家での食事会に呼ばれたのだった。
「よく来てくれました」
養父の雅和が頭を下げる。
「いらっしゃい、綾子さん。ドレスがとてもお似合いですね」
彰吾の養母、砂羽にそう声をかけられて、綾子は恥ずかしそうに微笑んだ。
綾子は修介と華の婚約披露宴で着たものと同じドレスを着ていた。
「彰吾さんが選んでくれたんです」
「いえ、綾子さんだから似合うんです」
間髪入れずにそう断言した彰吾を見て、雅和と砂羽は顔を見合わせた。
***
客間でお茶を飲みながら談笑していると、雅和がふと思い立ったように呟いた。
「君の御父上――武くんはすごい隊員だったな」
「――父のことをご存じですか?」
「ああ」と雅和を頷くと、懐かしむように言った。
「華族の出身でない隊員は珍しいから、よく覚えている。妖が出たと言えば、どこにでも駆けつけてくれる勇敢な隊員だった」
綾子は、そういえば雅和は防衛隊に在隊していたころは、隊の重要な役職にいたということを思い当たった。
「そう言っていただけると父も喜ぶと思います」
そう答えて、綾子はふと目を伏せた。
ということは。自分が半鬼化したことで、父と母が死んだ経緯も知っているだろうか。
妖に憑かれ鬼になりかけることを『半鬼化』という。
そのまま鬼にならずに生還する者はそう多くはないが、生還しても体内に妖の妖気が残っていると、その後も何かのきっかけで鬼化する可能性がある。
そのため体内の妖の気が浄化されるまで防衛隊の監視下に置かれる。
綾子も事件のあと数月は防衛隊の詰め所で生活し、学校を出るまで定期的に検診を受けていた。
鬼になりかけたことがある人間は危険だという意識が一般的にあり、差別されることがある。そのため、半鬼化した者がいた場合、その事実は隠されることになっているが、防衛隊の役職者であれば、事の経緯は知っているはずだろう。
綾子は恐る恐る確認した。
「藤宮家の事情はご存じで……あの、私が――」
「ああ」と雅和は頷いた。そこに、
「あなた、綾子さん、いったん、お仕事の話は置いておいて」
砂羽が雅和の肩をたたいた。
「今日はお食事をたくさんご用意しましたから。彰吾から綾子さんは甘いものがお好きと聞いたので、デザートも色々ご用意したんですよ」
綾子の手を引いて、食卓へと連れて行く。
案内された食卓の上には、ずらっと豪華な食事が並べられていた。
「わぁ……すごい」
綾子は思わず感嘆の声をもらした。
「たくさん食べてくださいね!」
砂羽がにこやかに食事を勧めた。
***
食事会はとても和やかだった。
雅和は隊員時代の綾子の父の話をしてくれた。
「武くんはいつも急いでいてな。そのぶん妖を倒すのも早いし、書類仕事も早かったんだが、何でそんな急いでるのか聞いたら『家族が待ってるから早く家に帰らないと』と。その話を砂羽にしたら、『爪の垢を煎じて飲んでもらいたい』と言われてしまったよ。『あなたは仕事仕事で家に全然いない』と。言い返す言葉もなかった」
「そうですね。父は家にいることも多かったので、私、父の仕事はそんなに忙しくないんじゃないかななんて思ってたんですよ。今思うと、そんなわけがないのですけど」
(お父さまのお話を聞けるのは嬉しいわ。……でも)
綾子は彰吾と雅和と砂羽を見比べた。
(彰吾くんは、養子だと言ってたけれど……)
確かに雅和と砂羽は彰吾の父母にしては年を取りすぎていて、祖父母といった年齢だ。
(何か、事情があるのかしら。関係は良さそうだけれど)
綾子にはずっと気にかかっていることがあった。
彰吾もあの公園での事件の時、半鬼化したということ。
彼は、どんな心の闇を妖に狙われたのだろう。
(私の事情は、彰吾くんに話したけれど)
正当な藤宮家の家紋を持って生まれた妹に抱いた負の感情。
それを綾子は彰吾に告白した。
(彰吾くんは、鬼になりかけたとき、――どんな思いを抱いていたのかしら)
彰吾は自分よりも精神がとても安定しているように思える。
養父母との関係も良好そうだ。
彼は、何を抱えていたのだろうか。
(私も彰吾くんの抱えているものを、きちんと知りたいけれど――でも)
自分から聞くものではないと綾子は思う。
それは、心の扉を勝手にこじあけるようなものだ。自分だって、彰吾になら話しても良いと思えたから話せたのだ。
(私はまだ、彰吾くんにそこまで話しても良い存在とは思ってもらえてないのかしら……)
綾子はそう思ってから、首を振った。
(また、悪い方に考えてしまったわね。良くない癖ね。直していかないと)
いつか、彼の方から話してくれるだろうか。
――そんなことを考えていたところ、彰吾が綾子の顔を覗き込んだ。
「綾子さん? どうかしました?」
「……! いえ、何でもないです!」
綾子はどぎまぎしてきょろきょろ周囲を見回して取り繕った。
「あの、お手洗いは……」
そう声に出すと、本当に厠に行きたくなってきてしまった。
砂羽が立ち上がって綾子を案内してくれる。
「綾子さん、お手洗いはこちらです」
砂羽について厠へ行く。
用を済まし、出たところでまた砂羽が立っていたので綾子は驚いてしまった。
「道がわからなくなってしまうかしらと思って」
砂羽はそう微笑むと、綾子の隣を歩き出した。
「ありがとうございます。広いお屋敷でいらっしゃるので、助かりました」
綾子は周囲をきょろきょろした。
藤宮の家よりも広い家の中は、初めての来訪だと迷ってしまいそうだ。
食堂へ戻る途中の部屋の前で、ふと砂羽は立ち止まった。
「ここは夫の書斎なんですけれど――彰吾の昔の写真があるんですけど、見ていきますか?」
「こっそり」とでも言うように、悪戯っぽく微笑む砂羽に、綾子は微笑んだ。
「――はい。見たいです」
部屋の中に入ると書棚には家族の写真がずらりと並んでいた。
その中の一角に、かわいらしい少年の写真が何枚も飾ってあった。
どれも礼儀正しく、カメラをしっかりと見て笑顔で写っている。
「そう、それが彰吾です。よくおわかりですね」
砂羽は嬉しそうに笑って写真立てを手に取った。
それらの写真を眺めながら、綾子は心の中で呟いた。
(どれも……彰吾くんの『外向け』笑顔だわ)
しばらく一緒に過ごすようになり、綾子は彰吾が自分に対して笑うときは、いつもの人好きのする好青年風の笑顔ではなく、「にかっ」とした、いたずら好きな少年のような笑顔になることを知っていた。
幼いころの彰吾の写真を無言で見つめる綾子に、砂羽が静かに聞いた。
「――彰吾の両親のことは、あの子から聞いたことはありますか?」
「いいえ」と綾子は首を振った。
「養子……ということはお聞きしたのですが」
「そうですか」と砂羽は俯いた。
「あの子から、直接お話することは……たぶんないと思いますので、私から少し、お伝えしておこうと思います――彰吾はね、私たちの孫なんです」
「……そうなんですか」
綾子は合点がいって頷いた。
彰吾は砂羽と雅和と面影が似ていて、血のつながりはあるような気はしていたし、年齢差もそれならば自然だ。




