23. (あの女のすまし顔が悔しそうになるとこ、見てみたいなぁ)
そんなある日。
防衛隊と妖の大掛かりな戦闘があったということで、怪我をした隊員が詰め所に複数人運び込まれてきた。
その運び込まれた隊員の中に、ひと際大きな声でうめき声をあげる大柄な男がいた。
額に血がにじんだ包帯を巻いているが、命に関わるような大怪我ではないようだ。
男はばたばたと足を鳴らして、叫んだ。
『痛い痛い痛い! 早くどうにかしてくれ!』
『間宮さん、彼を看てあげて!』
先輩隊員たちが鬼気迫る様子で走り回る中。新人の華は大げさに痛がるその男の処置を任された。
(もっとひどい怪我の人いるでしょお。情けない人)
華はちっと外に漏れないように舌打ちしてから、笑顔を作った。
『大丈夫ですよぉ。お名前をまずは確認しますねぇ』
『俺は、神宮司 修介だ。五番隊の主力の俺を知らないなんて、お前、新人か? ったく、さっさと処置してくれ!!!』
神宮司修介。その名前に華は聞き覚えがあった。
(藤宮 綾子の、婚約者……)
あの、藤宮 綾子の。
華は綾子について知っていた。
どのように隊員になって、どのような家紋の力を持っていて、誰と婚約しているのか。
華が医療部隊に入隊した年、綾子は女性としては最年少で、精鋭部隊である第参部隊の隊長を任されることになり、彼女の噂は華もたびたび聞いていた。
『随一の妖討伐数を誇るのに、真面目で謙虚な人格者』
『品行方正で、理想的な隊員』
誰しもが綾子を褒め讃えていた。
――まるで、姉の葬儀の席で姉を褒めたたえていた者たちのように。
(――本当にイラつくわ。あの女。お姉さまみたいに、無駄死にしちゃえばいいのに)
華はそんな噂を聞くたびに、唇を噛んだ。
(結婚もせず、子どもも生まずに、何も残せずに、周りにもだんだん忘れられちゃう馬鹿みたいな死に方しちゃえばいいのに)
――その藤宮 綾子の、婚約者。
横柄な態度にイラっとしながらも、華は心配そうな表情を作った。
『大丈夫ですってばぁ。命の危険はありませんから。すぐに治しますねえ』
【若草】の家紋の力で、修介の頭の傷をすぐに治す。
『おお! 痛くなくなったぜ! ありがとう!!』
修介は顔を輝かせて、華の手を握るとぶんぶんと振った。
(ふーん……)
華はそんな修介の様子を見て、
『良かったです……』
上目遣いで、微笑んだ。
――とたんに修介はぴたっと動きを止めて、華を見つめて照れた様子を浮かべた。
『いや……、本当に助かった。君、名前は?』
(なるほどぉ)
華はピンときた。
(この人、『ちょうど良い』なぁ)
『間宮 華っていいます』
『華……、名前もかわいいんだね』
満足げにそう呟いた修介が完全に立ち去るのを見送って、華は腕を組んで考えた。
(――それなりの名門の四男。家を継ぐ予定はないみたいだし、見た目もそこそこ良くて、東都防衛部所属のエリート。……思考回路は単純。のせてあげれば、良いように動いてくれそう)
『良いわね』
思わず独り言ちた。
何より。
(あの藤宮綾子の婚約者)
綾子から奪ってやれば。悔しがる顔が見れるだろうか。
華はくすりと笑った。
(あの女のすまし顔が悔しそうになるとこ、見てみたいなぁ)
それから華は修介のいる5番隊が待機する東都郊外の詰め所へ頻繁に訪れるようにした。
『神宮寺さん、あれから調子、いかがですかぁ?』
顔を見せると、修介は『君は!』と顔を輝かせた。
そこから、親しくなるのは早かった。
詰め所でよく話すようになり、それから食事へ誘われて、頻繁に一緒に出かける間柄になった。
『華ちゃんは本当にかわいいな』
それが修介の口癖になった。
『……でも、修介さんには婚約者さんがいらっしゃいますもんね』
そう言うと、修介は顔をしかめた。
『親が決めた見合い話だよ。――綾子は華ちゃんみたいな、可愛げが全くない。『なんでも自分の方ができます』みたいなすまし顔で、いつも俺のこと見下してるんだ』
『そんな、ひどいですねぇ。修介さんは、こんなに頼りがいがあって素敵な方なのに』
そう言って、優しく修介の手を包み込めば。
『華ちゃん……、俺、本当はさ、華ちゃんみたいな子と結婚したいんだ、本当は。あんな不愛想な女じゃなくて』
修介は感極まった表情で華の手を強く握り返した。
その言葉を引き出して、満足感にひたった華は心の中でほくそ笑んだ。
(そうよねぇ。お姉さまみたいな女より、私の方が可愛くて好きよね)
『修介さん、私も修介さんと一緒に……なりたいです。綾子さんと……別れてくれますか?』
頬を赤らめてそう言えば。
『もちろん!』
修介は力強く頷いて、その週末には綾子に婚約破棄を告げたと報告してきた。
『嬉しい!』
心からそう答えた。修介との婚約が成立したことではなく――綾子より自分が選ばれたということに。その事実は、華の自己肯定感を高めた。
(今日はあの女が1人でやってきて、後ろ指を指されるのを見て、笑ってやるんだから)
「ねえ、お姉さま」
「え?」
驚いた顔の修介を見て、華は心中が思わず言葉に出ていたことに気づいて「何でもないですよぉ」と取り繕った。




