22. 「あいつの陰気な顔見なんか見たら、気持ちが盛り下がりそうで嫌だなぁ」
「修介さん、今日の私どおですかぁ?」
婚約披露宴の会場の控室。華は修介の前で桃色の着物の袖を広げてくるりと回って見せた。
「華ちゃん、とってもかわいいよ」
修介はうんうんと頷く。
「やっぱり華ちゃんみたいな、可愛らしい女の子には、そういう女の子らしい色がよく似合うなあ」
「そうでしょう」と華は満足げに微笑むと、おもむろに聞いた。
「――修介さんの元婚約者の綾子さんには、こういうの似合わなかったでしょう?」
「そうそう。あいつは顔が陰気だから、そういう華やかな色が浮いて見えたな」
週主家に返答にふふふ、と華は口元をほころばせた。
「そういえば、綾子さん、今日はひとりでいらっしゃるのかしら?」
「えっ? あいつに招待状出したの?」
修介は「初耳だ」という顔で華を見た。
「ええ、もちろん。私の家と藤宮家は少しつながりがあるんですから、当然ですよぉ」
「せっかくの俺たちの婚約披露宴なのに、あいつの陰気な顔見なんか見たら、気持ちが盛り下がりそうで嫌だなぁ」
修介は不愉快そうに鼻をかきながらぼやく。
「つながり、あるの? ――そういや華ちゃんは、よく綾子のこと聞いてくるよな。――直接の知り合いではないんだよな?」
華は少し表情を曇らせた。
「『直接』は知らないですけど、綾子さんのことはよく知っているんです。――私の姉と綾子さんは親しくしていたので」
「――亡くなったお姉さんか。――そうか、防衛隊員だったんだもんな」
修介は納得したように頷くと、その話題には興味を失ったように「食事は何が出るんだ?」と華に問いかけた。
「もう! 今朝もその話したじゃないですかぁ」
呆れたようにそう言って、宴席で出される料理について何度目かになる同じ説明をしながら、華は姉の早矢のことを思い出していた。
女学生時代に父親が病気で亡くなったため、家を継ぎ、華の実家である間宮家の戸主となったのは家紋【若草】を継ぐ持つ姉の早矢だった。
父親には妾がいて、腹違いの兄弟には男子もいた。
最初は腹違いの兄弟の男子が家を継ぐという話になったのだが、早矢は「自分が戸主を継ぐ」と名乗り出た。
戸主が対妖防衛隊に入ることは義務ではないのだが、間宮家は代々防衛隊に貢献してきた家系であったため、今までの戸主にならい、早矢は防衛隊に志願し、入隊した。
誰もが姉を褒めたたえた。
――それは、早矢が妖との戦いで殉職してからも。
『殉職するとは、早矢様はさすが間宮家の跡取り』
『素晴らしい戦いっぷりだったとのこと、誠に誇らしい』
葬儀の席で参列者たちは皆、早矢を褒めたたえた。
それは母でさえも。
『早矢は立派だったわ。きちんと自分の役目を果たしてくれた』
涙をぬぐう母親を、周囲の人は『そうだ、立派だった』『立派だったわ』となぐさめる。
(お姉さまは馬鹿よ。見栄のために戦って勝手に死んで)
そんな光景の横で、華は顔に白い布をかけられた棺の中の早矢を見て嘲笑した。
(せっかく可愛く生まれたのに、顔ぐしゃぐしゃにして死んじゃって、馬鹿みたい)
早矢の顔は妖との戦いで傷つけられ、修復することができなかったのだ。
(そのせいで、私が家を継ぐことになっちゃったじゃない)
はぁ、とため息を吐いた。
華も早矢と同じく、【若草】の家紋を継いでいたので、姉の死後、間宮家の戸主の地位を引き継ぐことになってしまった。
華としては家を継ぎたくはなかったのだが、母に「次はあなたが家を継ぐのです」と泣きながら言われて、断れなかった。
(――お母さまは妾の子どもに戸主の座を継がせたくないだけで、私のことなんてどうでもいいんだわ。――私は妖なんかと戦って、大変な思いなんてしたくない。痛いのも怖いのも嫌だし)
華は拳を握った。
(一番楽な生き方は、素敵で優しい男性と結婚して、可愛がってもらうことでしょ?)
女学校を出たら、さっさと結婚して家を出るはずだったのに。
そのために自分を磨いて、いろいろな男性からひっきりなしに声がかかるように頑張ったのに。
(お姉さまが死んじゃったから、私、家を継がなきゃじゃない……)
その時、姉の棺の前で静かに涙を流す、隊服姿の女に気がついた。
『お母さま、あの人は……』
『藤宮家のお嬢さんよ。早矢が可愛がって面倒を見ていたようだわ』
(藤宮 綾子)
彼女の名前を華は早矢の口から聞いたことがあった。
連日帰宅が遅い姉に『こんな遅くまで毎日何してるの?』と聞いたことがあった。
『後輩の女の子が入ってきたの。藤宮家の綾子さんという方よ。とても任務に熱心に取り組むのだけれど、見ていて心配になるくらい熱心で。その子と家紋の鍛錬を一緒にやっているのよ』
その場にいないその後輩が目の前にいるような温かな口調で早矢はそう言った。
あれは、殉職する1月ほど前のことだった。
綾子の姿を初めて見て、感じたのは。
(……イラつく)
華はがりっと唇を噛んだ。
(「みんなのために頑張っています」「努力家です」「素晴らしい人間です」「頑張り屋です」
そんな言葉が服を着て歩いているみたいな女。――お姉さまみたいな女)
姉の棺の前でうなだれる綾子を睨みつける。
(自分を犠牲にして生きて何が楽しいの?自分が楽しいのが一番じゃない。それの何がいけないの?)
化粧をして、服を選んで社交場に出かける華のことを、母親も親戚も眉をしかめて「姉と大違い」と評した。
――葬儀が終わったあと、母親は華を呼び出した。
『お前も防衛隊に入りなさい。早矢のように立派に任務を全うしなさい』
華はうつむいたまま拳を握った。
(お姉さまのように死ぬのなんて絶対嫌。私は愛されて結婚して幸せに生きるんだから)
母親へのせめてもの抵抗として、華は最前線の防衛隊員でなはなく、後衛を担当する医療部隊へ入隊した。
それでも――傷ついた隊員がばたばたと運び込まれてくる日々に嫌気がさしていた。
(苦しんでる人を見るのなんか大嫌い。私まで苦しくなるじゃない! 何でこんなこと続けなきゃならないの!!!)
不満は日々溜まるばかり。
しかし、我が子が防衛隊員として任務を全うすることで誇りを保っている母を幻滅させないためには、この仕事を続けるしかない。
(円満に辞めるには、やっぱり結婚して子どもを持つことよね)
跡継ぎを産めば。もう自分自身は前線で頑張らなくてもいいはずだ。
(結婚するなら、家紋を持っている、防衛隊の関係者の人よねぇ)
間宮家は妖から東都を守る防衛隊員を代々輩出することに誇りを持っている一族だ。
親族を納得させて結婚するには、家紋を持っている者というのは欠かせない。
そして、防衛隊員であるなら、さらに好ましい。
(お母さまにも、親戚にも、みんなに祝福されて結婚したいもの)
結婚相手に出会うべく、毎日身なりには気をつかって出勤し、隊員たちとは親しくなれるように、懇親会にもこまめに参加した。
女学生時代から、異性に好かれる自信はあった。
誘ってくる男性はたくさんいて、定期的に食事に行く関係になった者は何人かいたけれど、いまいちピンと来る相手はいなかった。




