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12. 「初めてやりたいことができたんです。憧れる人も」

 防衛隊の入隊試験を受けるためには、通常は家紋を継ぐ戸主の推薦がいる。

 そのため、彰吾は鈴原家の戸主である養父―実際は祖父であるが―の鈴原 雅和(まさかず)に推薦を希望することを伝えに行った。


『――対妖防衛隊に、入隊したい?』


 彰吾を見つめ、厳しい表情で聞き返す。

 雅和はかつては対妖防衛隊で精鋭部隊()番隊の隊長を務めており、前線を離れた後も重要な役職を務めていた。引退した今でも、隊の式典などに関わっている。


「あそこはお前のような軟弱者が入れる場所ではない。何のためにお前を帝大まで行かせてやったと思っているんだ。大人しく卒業して、官僚になりなさい」


 対妖防衛隊に入隊するためには、家紋の力をどれだけ使えるかを測る実技試験がある。

 入隊を志願する者は、幼いころより家の期待を背負って力を使う訓練を積んできた者がほとんどだ。今まで家紋自体を憎んできた彰吾は、家紋の力を使ったことはほとんどなかったし、祖父母も彰吾を家紋の話題から引き離すためか、そのような訓練を授けたことがなかった。


養父(とう)さん、俺、初めてやりたいことができたんです。憧れる人も……」


 彰吾は自分を助けてくれた「藤宮」という女性隊員の姿を思い浮かべた。


(あの人のようになりたい……そのためにも、防衛隊に入りたい……)


 そのためには、雅和に認めて推薦してもらわねばならない。

――がその雅和は彰吾の言葉を一笑に付すと、右手を持ち上げた。腕に竜巻のような形の鈴原家の家紋【疾風】が浮かび上がる。――と同時に、巨大な空気の圧が彰吾の身体を吹き飛ばした。


「うっ」


 吹き飛ばされた彰吾は、突っ込むんだ襖ごと床にたたきつけられた。


「あなた!」


 養母の砂羽(さわ)が夫を咎める声が響いた。


「引退した私に(かな)わないようでは、入隊などとてもできんわ」 


 彰吾は身体をさすりながら起き上がると、雅和を力強い眼差しで見つめた。


「俺は、対妖防衛隊に入りたいんです。――どうしたら、推薦してくださいますか」


 雅和は驚いたように目を見開くと、「ほう」と感心したような声を出した。


「――本気なのか。あんなに何事にもやる気を出さないお前が」


 ふむ、と頷いて手をたたく。


「それでは、1年猶予をやろう。儂を参らせることができたなら、推薦してやっても良い。――ただし、大学の学業には真面目に取り組むこと。それから、手助けはしないからな。自分の力でどうにかしてみせろ」


「わかりました――確かに、聞きましたからね。」


 ――それから1年間、彰吾は大学に通いつつ、家紋の修行を行った。


(習うより――慣れろ、だ)


 東都は対妖防衛隊の本部が機能しているため、妖の被害が少ない。

 

(――狙うなら、地方か)


 そう考えた彰吾は、「卒業研究のため」と称して全国各地の地方都市を回って、妖を相手に実践修行を行った。


 各地方にも、対妖防衛隊の支部はあるが、帝都ほど活動が網羅されていない。

 自分の心に負け、人を襲おうとしてしまった悔いを胸に彰吾は単独で妖討伐を行った。

 『妖が出る』という噂を聞けば、現場へ向かい、山や森や墓地をさまよい妖を自主的に狩った。


 ――初めて戦ったのは、犬の形をした妖だった。


(――できるのか、俺は)


 ここには救出に来てくれる人はいない。自分がやらねば、殺られる。

 その恐怖心に足がすくんだ。――けれど、


『――大丈夫です、大丈夫』


 優しく諭すような、あの声を耳に浮かべることで、自然と心が落ち着いた。

 あの女性が使った炎の家紋の力を思い浮かべ、自分の内側に力を欲すると、あっという間に風の刃が生まれ、妖を切り裂いた。


(できる)


 その経験は自信につながった。


(俺は、やればできる)


 彼女の言葉を思い出し、妖を倒すことで、彰吾は今まで感じたことのない満ち足りた気持ちを感じるようになっていった。その度、幼いころから感じていた空虚感が減っていった。


 1年の修行を終えるころには、もう【疾風】の家紋術による風の力は彰吾の一部になっていた。


『義父さん、お覚悟を』


 その台詞とともに、風を巻き起こす。


『生意気な口を』


 雅和も負けじと、片腕を掲げる。風と風がぶつかりあう。

 押し勝ったのは彰吾の起こした風だった。雅和の風を押し返し、巻き込んでより大きな力となる。


『――う!』


 呻き声を発したのは――1年前と違い、吹き飛ばされたのは雅和だった。


『あなた!』

 

 妻の砂羽が悲鳴を上げて顔を押える。だが、その体は畳に落ちる前に、ふわりとした柔らかい風に包まれ、ゆっくりと着地した。


『――義父さんに、お怪我があっては、申し訳ありませんので』


 彰吾は朗らかにそう言うと、畳に尻餅をついたままの義父に手を伸ばした。


『防衛隊に推薦していただけますよね』


『――約束したからな』


 雅和は彰吾の手を取り立ち上がると、着物を直して、ぶっきらぼうに呟いた。


 ***


「鈴原くん」


 もの思いにふけっていた彰吾は、名前を呼ばれてハッと顔を上げた。

 

「た、隊長!」


 目の前には、綾子がすこし困惑したような顔で立っていた。


「大丈夫ですか? お待たせしてしまいましたか? 私も早く着いたつもりだったのですが」


「いえいえいえいえ、大丈夫です」


 彰吾はぶんぶんと首を振る。


「俺もつい先ほど来たばかりなので」


 実際は綾子との約束が楽しみで一刻以上前に来ていたのだが。それを知られると気を遣わせてしまいそうだったので、悟られないように「今来たばかり」感のある表情を作って微笑んだ。


「それなら良かったです」


「……」


 微笑み返した綾子の笑顔を見つめて、彰吾はしばし押し黙った。


(隊長と二人で休日に出かけられるなんて……)


『藤宮 綾子』


 彰吾は修行の傍ら、あの日自分を助けてくれた女性隊員について調べていた。

 東都中央公園に現れた九尾の妖狐を撃退した際に、参番隊の隊長が負傷し引退したことをきっかけに、彼女が女性としては最年少で、参番隊の隊長に任命されたことを知った。


(彼女のもとで働きたい)


 そう願った彰吾は、養父に推薦状を書いてもらった後、防衛隊の入隊試験を受験し、実技も学科も一番の成績で入隊した。成績上位で入隊すれば、綾子が隊長を務める参番隊に入隊できると思ったからだ。――そして、その希望は叶った。


『新入隊員の鈴原くんですね。よろしくお願いします。わからないことがあれば何でも聞いてくださいね』


 隊長であるのに、控えめで丁寧な言葉で迎えてくれた綾子に、彰吾は初日から見惚れてしまった。そして、一緒に任務をこなすごとに、誠実に実直に東都市民を妖から守ろうと奮闘する綾子の姿を知り、憧憬の念は、やがて思慕の念へと変わっていった。


(隊長のような方に婚約者がいるのは当然だと思って、諦めていた)


 彰吾が入隊した時点で、綾子は既に修介と婚約していた。

 それは隊の中でも周知の事実で、彰吾はすぐにそのことを知った。


(隊長を捨てて、他の女性のもとへ走るなんて、何て男だと思ったけれど)


 彰吾は複雑な気持ちだった。


(むしろ神宮司さんがそんな男で――あの間宮 華という女が彼に近づいてくれたことに、俺としては感謝すべきなのかもしれない)


 おかげで、今日、綾子と出かけることができたのだから。


(……でも)


 彰吾は、綾子の姿を見て呟いた。


「隊長……そちらは、隊服ですか……?」


 綾子は青地の簡素な着物に、黒い隊服の袴を合わせて着ていた。


「はい。……」


 微妙な沈黙が流れる。


「……隊服! は、動きやすいですもんね。本当に良くできていますよね、隊服……」


「すいません、休みの日なのにこんな格好で」


 彰吾は首がもげるぐらい左右に振った。


「隊長は隊服が本当によくお似合いです!」


その様子に綾子はくすりと笑った。


「鈴原くんは私服は洋装なんですね。よく似合っています」


「いえいえ、そんな」


(私服の隊長とご一緒できると思っていたのに)


 少し気落ちしたのは事実だった。前に元婚約者の修介と歩いている綾子を見た時は、もっと華やかな着物を着ていて、それはそれは素敵だったのに。


(俺相手では、まだ普段着か……)


 それからぶんぶんと心の中で首を振る。


(いや、当たり前だ。まだ……ようやく一緒に出かけられただけなんだから)


 のぼせ上りすぎだ、と両の頬を両手でぱちんと叩いた。


「鈴原くん? どうしましたか?」


「いえいえ! 隊長、とりあえずお昼でも食べに行きましょうか」


 彰吾はこほん、と咳払いをして、綾子に向き直った。


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