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11.「人を救える人間になりたい。彼女のように」

『大丈夫です、大丈夫。あなたは悪くありません。妖の影だけ焼き払いました』


 彼女は身体を離し、子どもに言い聞かせるように語り掛ける。


『妖……』


 自我がはっきりしてきて、彰吾は自分の情けなさに拳を握った。


(俺は……いったい何をしていたんだ? さっきのは……妖に取り憑かれそうになっていた?)


 人の負の感情を喰らう異形の化け物。人に取り憑くと、その人間を鬼に変える。家紋の力を持つものとして、その存在は知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。

 

『熱い! 熱い! 熱い!!!』


 そんな声と共に……、巨大な狐が姿を現した。

 大きさは彰吾の背丈と同じほど。口が耳まで裂け、鋭い牙がのぞいている。

 そして、尾は九つに分かれていた。

 尻尾をぶんぶん振り回しながら、狐は転げまわり、噴水にぶつかった。石造りの噴水にひびが入り、水が地面に流れ出す。


『おのれぇぇぇ』


 この世の物とは思えない声で、九尾の白狐は彰吾たちを睨んだ。

 彰吾は殺意を向ける妖の姿に、身がすくんで動けなかった。

 そんな彰吾の前に、黒袴の女性がすっと歩み出た。


『そちらの親子をできるだけ遠くに連れて行ってもらえますか?』


 彰吾の方を振り返り、落ち着いた声で微笑みながらそう言う彼女に、彰吾は一瞬見惚れて息を呑んだ。


『あなたは……』


『私は対妖防衛隊の隊員です。さぁ、早く。伝書烏を飛ばしたので、応援がすぐ来るはずです』


 とん、と肩を押されて、彰吾ははっとした。


(――俺はここにいても役に立たない。自分にできることを、しろ)


 腰を抜かして青い顔をしている男の子を背負い、身重の母親の手を引いて小走りで広場から離れる。


『異形の者よ、灰に帰れ!』


 周囲に響いた凛とした声に一瞬立ち止まり振り返ると、その女性が掲げた腕に、紅蓮の炎が巻き付いていた。


(炎の……家紋……)


 その光景を目に焼き付けながら、彰吾は子どもを担ぎなおし、母親の手を引いて駆け出した。

 

 公園の出口までついた彰吾は、親子に地面に頭がつくほど深く頭を下げた。


『本当に、申し訳ありませんでした!!!!』


『いいんです、いいんです、この子も、私も無事ですから……』


 母親は彰吾に頭を上げてくれと促したが、彰吾はひたすらに頭を下に下げ続けた。


(あの女性(ひと)が来てくれなかったら、俺はこの親子を殺していた)


 そうしていると、黒塗りの自動車が乗り付けた。――政府の自動車だ。中から先ほどの女性と同じ黒い袴に身を包んだ者たちが駆けだす。彰吾たちに気づいた男が慌てたように駆け付けた。


『君! 妖を見たか!?』


『中央広場の噴水近くで……今、女性が1人で戦ってくれています』


『藤宮くんか! 君たちは無事だな! 救援部隊がくるまでしばらく待っていてくれ!』


 そう言うと、見守りの隊員を1人残して、彼らは公園に向かって駆け出して行った


(対妖防衛隊……『藤宮』さん……というのかあの女性(ひと)は……)


 彰吾は拳を握った。

 家紋を持っていながら何もできなかった自分が悔しかった。

 それ以上に妖に心に入り込まれた自分の精神の弱さが悔しかった。


(情けない、情けない)


 頭の中で「情けない」という言葉を繰り返し続けた。

 母親にも父親にも見捨てられたことなど、仕方ないものだと諦め、とっくに乗り越えていたつもりだったのに。


(全然、乗り越えられてなんかいないじゃないか、全然! この年になって!)


 ――情けないよなァ


 その時、また先ほどの囁き声が耳元で聞こえた。


(お前親に棄てられてるんだなァ。頭に来るだろォ。お前の親一緒に殺してやるよォ)


 先ほどの、妖。頭でそれがわかっても、彰吾の身体は固まってしまった


(――私の本体はァ死にそうなんだよ。助けておくれ。受け入れてくれれば情けないお前に力を上げられるよ)


 猫なで声で妖狐は囁く。ぞわわわわと背筋に悪寒が走った。

 また、妖が自分の中に入ってくる。身体が動かなかった。


(また動けない、情けない、情けない、情けない)


『情けない』という言葉が頭の中で加速して回転する。

 その度に身体が妖に浸食されていく。


『君――妖に……っ」


 見守りについていた隊員が、母子を背中に隠して彰吾の前に立ちはだかった。

 手を自分に向けて、家紋を発動しようとしている。


 ――こいつは私ごとお前を消そうとしてるよォ、正当防衛だ。喰っちまえ――


 頭の中で妖が叫んだ。――しかし、


『大丈夫です、大丈夫。あなたは悪くありません』


 子どもを襲いそうになった自分を止めてくれた、あの女性の柔らかい声が蘇って、彰吾は「情けない」という心の声の連呼を止めた。


(吞み込まれるな! 妖なんか追い出せ!)


 彰吾は自分の胸に手を当てると、念じた。

 その気持ちに応えるように、腕に刻まれた家紋が光り、風が巻き起こる。

 家紋術で生み出された風は、体の中に残った妖の妖気を吹き飛ばした。


『――君も家紋を持っているのか――自分で追い出すなんて――』


 彰吾に向かって手を向けていた隊員は驚いたように呟いて、その手を下した。

 

『俺にも、できる』


 彰吾は呟いた。


 その時、どん! どん! と何かが争うような音が、噴水広場の方から聞こえてきて、振り返った。


 彼女はあそこで、炎の家紋の力を使い、妖狐と戦っているのだろうか。

 自分のように、家紋を憎むだけの存在とは違い、彼女は家紋の力で人を守っている。


 凛とした姿を思い出し、彰吾は拳を再度握った。


 それは、先ほどまでのように「情けない」という自責のために握ったのではなかった。

 新たな決意のために握ったのだった。


(――家紋を憎むのではなく、家紋の力で人を救える人間になりたい。彼女のように)


 ――そして彰吾は、卒業後の進路として対妖防衛隊への入隊を希望した。


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