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香中忍のサロンと調香師の観察  作者: 水野沙紀
【第4章】サイプレスを封じた青年
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3-ターゲットを絞り込め

 それから数日はジリジリとした待ちの日が続いた。

 美咲から退職者の中からめぼしいリストが送られてきたのは、二週間ほど経った頃だった。

 忍は「遅い」と不満を漏らしたが、美咲だって業務のあいまに各課に足を向け、退職者と懇意だった人物に接触するという、泥臭い調査に当たっていたのだ。


「私だって暇じゃないんだから!」

 Garden Therapy -SHINOBU-の扉を開いて、開口一番、美咲はそう声を張り上げた。


 肩をいからせて隠れ家ソファにどかりと座り込み、フンッと腕も足も組んだ美咲に、誠人は苦笑を浮かべながら、

「お疲れ様でした」

 と心からの労いの言葉をかけた。


「忍ちゃんからはないの?」

 スッと目を細める美咲に、忍は淡々と言った。

「ありがとうございました」

「……心が籠ってない!」


 天を仰ぎながらそう言うと、美咲はタブレットを取り出した。


「まあいいわ。でも、うちを辞めた人間で、資宝館に移った人はわからなかったわよ。

 転職先がわかってたり、出産やパートナーの転勤みたいな家庭の事情を除くと十五人」


 誠人は忍が立ち上げているノートパソコンをのぞき込む。


「ですが、この中に誠人くんのレシピを盗んだ犯人がいる可能性は高そうですね」

「十五人かぁ……さすがに資宝館みたいな大手じゃローラー作戦はきついなぁ」


 誠人は眉をしかめた。

 忍と美咲は画面から顔を上げて誠人を見た。


「あ。俺の会社でも、資宝館と取引がないわけじゃないんですよ。

 いろいろ掛け合って、可能な限り連絡先は教えてもらったんですけど…さすがに巨大カンパニーなので、部署も細かくて電話番号もめちゃくちゃ多いんです。

 数人なら、各部署にテレアポでアタックして、その人が在籍してたら繋いでもらえるかなって。ただ、十五人ともなると、うちの会社名で何度も電話すると、さすがに怪しまれそうで……」


 とつとつと語る誠人に、二人は目をしばたたかせた。


「なんですか?」

 その視線に居心地の悪さを覚え、誠人は眉根を寄せた。


「翼くんへの説教とアロマを除いて、誠人くんがこんなに長く喋る姿を初めて見ました」

 真顔で言う忍の言葉に、誠人はじろりと湿った視線を向けた。美咲は腹を抱えて肩を震わせている。


「俺だって営業ですからね! 営業はトークの応酬です。

 それに、Garden Therapyの問題なのに、美咲さんにばかり負担をかけられませんよ」


「はぁ~!誠人くんってなんていい子!

 忍ちゃんもちょっとは見習ったらどうなの!」


 美咲は大げさなほど身をよじって歓喜の声を上げた。長年にわたって忍の無茶ぶりに付き合わされているぶん、誠人の存在は一種の癒しとなっているのだろう。


「誠人くんにGarden Therapyスタッフとしての自覚が出てきたようで何よりです」

「え、あ、いや。自覚というか……」


 言葉尻を捕らえられてしまった。前にもこんなふうに巻き込まれたような気がしてならない。


「それはさておき、この十五人から絞ることはできないのですか?」

 忍が話を戻すと、美咲はフンッと鼻を鳴らしてタブレット画面に目を落とし、顔を引き締め直した。

「そうね……まずは年齢と性別で絞ってもいいかもしれない。三十歳前後の男性」

「なんでですか?」


「あぁ。誠人くんも、年齢的にはまだ第二新卒だったわね。

 三十前後となると、キャリアアップ目的なら求められるのはスキルと人脈なのよ。

 企画営業なら、企画案と取引先ってところかしら。

 それ以下の若手だと、資宝館みたいな老舗でこんなに早く企画をあげてもらえない。

 そもそも、そんな若年層を取るメリットもないわ」


 美咲の言わんとすることがわかって、誠人は眉根にぎゅっと力が入った。


「じゃあ、やっぱりバームの企画を持って、転職活動したってことですか?」

「ええ。可能性は高いと思うわ。

 それ以上の年齢になると、マネジメント能力が求められるから、企画を持参したところで、却って軽くみられると思う」

「男性というのは?」


 誠人の問いに、美咲はヒラヒラと片手を振って見せた。


「三十歳前後の女性の転職って厳しいのよ。

 既婚なら子どもの問題、独身でも結婚の予定を問われたりするわ」

「え。そういうのって聞いちゃいけないんじゃ……」

「表向きはね。けど、現状がそうなっているとは限らない」


 誠人は不満げに口元に力を入れた。


「世の中って、結局不公平ですよね」

 率直な誠人のぼやきに、美咲は眉をハの字に下げて微笑んだ。


「みんながみんな、誠人くんみたいに真っ直ぐじゃないのよ。

 でも、その線で絞ってみましょう」

 忍はパソコンを操作して、年齢と性別でターゲットを除外していった。


 残るは、五人――


「彼らの人物像はわからないのですか?」

 忍は美咲に問いかけた。

「そうね……」


 美咲はまじまじとリストの名前を見つめて、鼻のつけ根にしわを寄せた。誠人は黙って待ったが、忍は半眼にして美咲を射貫いた。


「……思うところはあるみたいですね」

「……ハァ。忍ちゃんの目はごまかせないわね。

 この中で、可能性がありそうなのは三人」

 美咲はタブレットを操作し、二人を除外した。

「といっても、確実じゃないわよ。職場では本性見せずにやり過ごすことだってできるんだから」


「大丈夫ですよ」

 誠人は胸を張った。

「まずは、各部署にこの三人がいないか当たってみます。

 それでダメなら、残りの二人に照準を変えればいいんです」


「…………」

 覇気のある誠人を、忍は陶磁器のような額にしわを寄せ、不服そうに睨めつけた。


「なんですか?」

「ずいぶんと、やる気がありますね。

 追跡や潜入捜査は及び腰なのに」


「本来それは俺の仕事じゃない!

 俺はれっきとした営業マンなんです!!」


 誠人は思わず立ち上がってツッコんだ。


「それに、それで資宝館から契約が取れたら、インセンティブが入ります。

 営業の醍醐味です」


 ぐっと力こぶを作る誠人に、ますますしわを深くする忍を見て、美咲は手を叩いてケラケラと笑った。


「忍ちゃん、誠人くんのバイト代もっと上げないと逃げられちゃうんじゃない?」


「……前向きに検討します」

 保留という意味合いで使われる言葉だが、なぜか真に迫るものがあった。

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