5-どっちも助手には収まらない
「なんか佐々木さま、強烈な人でしたね」
片づけを終えて、ソファで資料に目を通しながら、誠人はそう言った。
美咲に渡された成分表について、時間があるときに忍から説明してもらうことになっていたのだ。
「言いたいことはわかります」
忍は短く返した。賛同しているようでいて、決して肯定していない言葉だ。陶磁器のような整った顔にはなんの感情も乗っていない。少しずつ読み取れるようになってきたはずなのに。
「山本から聞いた話とぜんぜん噛み合ってないんだよなぁ」
「そうですね」
「芽衣さん、結婚するまでに遊んでおきたいのかなぁ」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えるでしょう」
ジロリ。誠人は忍を睨みつけた。忍は小さくため息をついて返す。
「……本人に聞いてみないことには、断定できないのでは?」
「そうですけど、なんか佐々木母娘のこと、気になるのかならないのか、はっきりしないですね。
ここでは相談事を受け付けてるし、芽衣さんのデート乱入とかもしたわけだし、もっとなんでもガンガン首を突っ込むものかと思ってました」
忍は手に持っていたコーヒーカップを置き、真っ直ぐに誠人に向き合った。
誠人は思わず身を引いてしまう。
「相談事であれば、私は承ります。有能なパートナーもできたことですし、聞き役以上のこともできるでしょう。ですが、佐々木さまのご要望が、本当に芽衣さんの幸せになると?」
「……」
そう言われてしまうと、反論しづらい。すべてあの人の決定で物事が進んでいくのであって、芽衣の気持ちは置き去りだろう。
というか、その前に……。
「パートナーってなんですか?」
「相棒のほうがいいですか?」
「どっちもイヤです!」
「助手と言うには、あなたは助手に留まりません。ヘイスティングスよりポアロ、ワトソンよりホームズとでもいいましょうか」
「なんで探偵もの!
ていうかヘイスティングスって誰?」
「ご存じないですか。ポアロシリーズのメインの語り部です。初出は『he Mysterious Affair at Styles』。邦題は『スタイルズ荘の怪事件』」
やはり英語の発音がバツグンにいい。しかもそのパキパキとした発音からして、絶対イギリス帰りだろう。
「そもそも、このサロンのオーナーは忍さんなわけで、ポアロもホームズも忍さんなんじゃ……」
「なのでパートナーです」
「……助手にさせといてください」
「この活動自体には継続の意思ありということで安心しました」
「あ……」
言葉尻を捕らえられてしまった。まあ、副業としてここで調香師を続けるなら、いずれまた厄介事に巻き込まれるのだろう。
「芽衣さんに関しては、誠人くんが言うよう、山本氏との話の食い違いは気にかかりますね」
本題に戻ったところで、誠人は背筋を伸ばした。
「確かに、本人に聞いてみないことにはわからないですよね。
けど、山本に芽衣さんは大学卒業したら親の決めた相手と結婚するらしいよ、なんて……」
そこで、誠人は中空に視線を彷徨わせた。
(いや、言ってしまったほうが、後腐れなく縁を切れるのかもしれない)
「ですから、芽衣さん本人に聞いてみればいいのです」
「……つまり?」
「芽衣さんへの接触再開です。彼女の心の謎を解き明かしましょう」
誠人は成分表をテーブルに放り投げ、ソファにもたれかかった。
「やっぱりポアロもホームズも忍さんで」




