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香中忍のサロンと調香師の観察  作者: 水野沙紀
【第2章】合成香料まみれの若者
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エピローグ-合成香料は爆弾庫へと

 男の身分証を確認すると、山本翼は本名であることが判明した。年齢もやはり十九歳。


 サロンにあるプリンタで即席の『念書』を印刷し、そこにサインをさせた。

 内容は、女性へきちんと返済すること、二股も金品の受け取りもしないこと。


 本来なら警察へ突き出すべきかもしれないが、被害額が大きくなければ相手にされないだろう。女性側も民事に持ち込んだところで、その費用のほうが高くつく。


 世の中のグレーゾーンだ。


 この『念書』だって、どこまで法的効力があるかは疑わしい。

 それでも、何も知らないと“子ども”だからと、精神的な圧を掛けるために逆手に取っているのだから、ズルい大人だと思う。


 ようやく誠人と忍は店内の清掃に取り掛かった。

 ハサミを入れられ、床に散らばった過去の残骸。傷んだ毛先をゴミ箱に収めながら、誠人は躊躇いがちに言った。


「芽衣さんのことは、まだ何も解決できてないんですよね」

「……」

答えないが、忍も同じ気持ちなのだろう。


「アイツの悪癖は、俺が面倒みます。俺の部署より稼げるチームもあるし、適性があればそっちも交渉できるかと」

あのエースの先輩なら、面白がって可愛がってくれそうだ。


「でも芽衣さん自身の不運体質とかに関しては、どうしたらいいものか……」

「そうですね……」

「お母さんとうまくいってないって、結構根深いですよね」

「……」


鏡を拭く忍の手が止まった。


「あ。スミマセン。お母さんもここのお客さまなんでしたっけ」

「はい。決して、母娘関係が悪いわけではないと思うのですが……」


珍しく、きちんと説明したうえで言い淀んでいる。


「少々、歪みを感じますね」


 大手病院の一人娘。離婚して母子家庭。

 それだけでも偏愛を想像してしまう。

 もちろん、実態は人それぞれ。家庭に寄るのだろうけれど。

 誠人は集積場に出すゴミ袋を持って、扉に手を掛けた。


「ところで、あなたの職場に採用して良かったのですか?」

「はい。手綱は俺が握ります」

「そうではなく、芽衣さんの幼馴染がいるのでは?」

「―――!!」


 ドサリ。ゴミ袋が手から床に落ちる。

 頭に血が上って、すっかり忘れていた。


「ど、どどどどどうしよう、忍さん?」

「私は彼がその幼馴染に刺されたって構いませんよ」

「物騒なこと言わないでください。だいたい死んだら返済させられません」


しどろもどろになるが、誠人の現実志向は健在だった。


「職場のことは関与できませんので、なんとかなさってください」

「そんなー!」


 あさひとの人間関係もさることながら、アロマ男子バレや副業バレの可能性だってある。


 なんという爆弾を抱えてしまったのだろう。

 やっぱり合成香料なんかに関わるものではない。


「とりあえず、ゴミ出しをお願いします。

 戻ってきたら、お話したいことがあります」

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