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香中忍のサロンと調香師の観察【第4章】朝6時更新  作者: 水野沙紀
【第2章】合成香料まみれの若者
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4-禁忌の合成香料

 ぐったりと重い足取りで、繁華街の会社帰りの列に加わる。

 アスファルトには、無数の靴と、取り残されたようにポツリポツリと点在する小さな塵たち。

 足早に追い越していく隊列も視界に入るが、その中に入る気力はない。前を行く足元ばかりを見つめていた。


 結局、芽衣の調香を引き受けることになった。顔バレ防止に、マスクを用意してくれるらしい。

 芽衣と顔を合わせたのも一瞬だったから、気づかれることもないだろう。

 アロマを焚いたら、あとは身を隠していればいい。


 それでも、Garden Therapy -SHINOBU-を後にしてから、漏れ出るため息が止まらない。

 ドン。

 肩がぶつかり顔を上げると、相手はスマホを耳に当てながら、顔の前で手刀を切り「すみません」のポーズを示した。


 その顔を見て、脊髄のあたりがざわついた。


 芽衣の写真に写っていた男ではないか。すっきりした輪郭にハリのある高い頬、柔和な二重まぶたが乗っている。無造作に立てた髪色はずいぶん明るい。髪型とひょろりと長い手足のせいで、写真よりも幼く見えた。


 それと同時に、激しい嫌悪感が鼻についた。合成香料の(もや)をまとっている。

 しばし立ち止まって目で追ってしまう。

 街灯の下で、男に向かって手を振る女性の影があった。男が駆け寄ると、二人は肩を寄せ合い、腕を絡ませ合った。


 (え……?)


 世界の灯りが二人だけを照らし出した。街中の喧騒が遠くに聞こえる。

 オフィススタイル。会社帰りを思わせる女性の高い声が、耳の内側に真っ直ぐ届く。

「お母さん、大丈夫そう?入院費足りたかな?」

「ああ。急だったから、今回は本当に助かったよ」

男が答える。

「よかった。今度は私もお見舞いに行かせてね」

「母さんの容態が安定したらな」


 鼻腔の奥に、昼に会った、幼さの残る危うい香りが蘇る。

 気づくと、誠人は駅に向かう人垣に歯向かうよう、Garden Therapy -SHINOBU-に向かって駆け出していた。


「…そうでしたか」

忍の声を頭上で受け止める。誠人は体の中で暴れる呼吸を整えようと、半身を折って膝に手をついていた。


 出された水をぐいっと一気に飲み干して、ドンッとテーブルにグラスを叩きつける。ゆっくりと、大きく二度、三度と呼吸を繰り返した。

「あんな奴のために、芽衣さんの背中を、押したくありません」


それでも、酸素を求めて肩が上下する。いったいどれだけ必死に走ったというのだ。


「それは私も同感です。男の風上にも置けない」

「なので、やっぱり今回の件は協力できません!」

ドライフラワーの静けさの中に、誠人の声が反響した。


「……どうしてそうなるのですか?」

「はあ?」

どこまでも淡々とした様子の忍に、こめかみのあたりが締めつけられた。頭が沸騰しそうだ。


「だって、芽衣さんはその男のために可愛くなりたいんですよね。

 けど、このまま交際が続いたって……」

「交際を続けさせなければいいんです」

「……は?」

言っている意味がわからない。


「しかし、熱に浮かれた女性というのは、周りが何を言おうと聞く耳を持たない可能性がありますね」

誠人を置いてけぼりにして、忍は結んだ手を顎に当てた。

「では、こうしましょう」


 ……なんてこった。それは調香師の範疇を越えているではないか。

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