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香中忍のサロンと調香師の観察【第4章】朝6時更新  作者: 水野沙紀
【第2章】合成香料まみれの若者
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2-未成熟な恋のグラデーション

 窓から差し込む真昼の太陽を浴びて、あさひの白い頬がオレンジに気色ばむ。まるで地中海の白い家々が、強い陽光に染まっていくように。


 美食家からの定評もあるカジュアルなイタリアンカフェ。ソースにほのかに混ざる香辛料やハーブが鼻をくすぐる。ウッド調のデスクにカラフルな椅子とランチョンマットが彩るこじんまりした個人経営店。


 午前の営業が終わり、ランチに選んだのは、そんな店だった。

 窓側に席を取ると、あさひはキョロキョロと周りを見回した。


「尾花さんって、すてきなお店知ってるんですね」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。あ、にんにくとか、匂いの強いものは控えてね」

「はい。お客さまに失礼になっちゃいますよね」

「うん。だんだん営業の心得がわかってきたね」


 あさひは勘が鋭く、一から十まで教えるのではなく、概要をうまく掴む思考の持ち主だ。鍛えがいがある。


 本来ならこんなにゆっくりランチなんてしていられないのだが、ここ数日かかとを気にしていると思ったら、絆創膏を貼っていた。

 痛みを押して「うんうん」と大きく頷く姿がいじらしく、余裕を持ったスケジュールにしておいたのだ。


 料理が運ばれてくると、パッと笑みが弾け、まつ毛が光の帯をなして揺れた。

 思わず見とれてしまい、誠人は誤魔化すように大口を開けてドリアをかき込んだ。


 そんな誠人の様子に、あさひが口元を押さえてプッと小さく吹き出した。

「どうしたの?」

「いえ。尾花さんって、すごく頼りになるんですけど……なんか意外で」

そういえば、こうして一緒にランチを取るのは初めてだったか。


 自分の雑な食いっぷりを思うと、じわりとシャツの下が汗ばんできた。頬まで血が上ってくるのは、日差しのせいだと思いたい。


「えーっと。営業って普段はこんなにのんびりできないからね。

 牛丼屋とかラーメン屋でガッと食べて次に行くっていう感じ。

 まあ、女性社員はリーズナブルな店見つけてるみたいだけど」

「営業は、速足・早食いが鉄則、ですよね」


打てば響くのが心地いい。


「そうそう。誰から聞いたの?」

 返ってきた名前は、営業部のエースだった。

 部下も多いのに、ほかのチームの社員にまでちょっかい出すなんて、どこにそんな余裕があるのだろう。


 (もしかして、本当に板野さん狙いなのかな……)


 「あと、尾花さんは営業のホープで、相手のことをよく見てるから、同行は勉強になるって言ってました。私、ラッキーですね」

サラッと言ってのけるあさひだが、誠人は周りからの意外な評価に面食らってしまった。あの食えないエースが、そんなことを話していたとは……。


 「あれ。あさひちゃん?」

「あー! 芽衣ちゃん!」

突然の呼びかけに、あさひは驚いて振り仰いだ。


「びっくりしたぁ。いま、お仕事中?スーツ姿、格好いいなぁ」

ちょっと舌ったらずな彼女は、大学生……だろうか。ふわふわした明るい巻き毛が揺れている。


 ……なんとなく、見覚えがある。

「就活のときも使ってたリクルートスーツだよ」

眉をハの字に曲げてから、あさひは誠人に向き直った。


「尾花さん、こちら私の幼馴染の佐々木芽衣ちゃんです。

 同じ小学校だったんですけど、三つ違いで、中学高校は被らなくて、大学だけ一年間一緒にサークル活動してました」


 名前で合点がいった。


 同時に、どっと背中に脂汗が吹き出し、ダラダラ流れてくる。

 今朝、忍から送られてきた、Garden Therapy -SHINOBU-のお客さまだ――!


 頭の中が真っ白になりながらも、必死に営業で鍛えた笑顔を取り繕う。

 それでも、口角あたりの筋肉がぴくぴくしているのがわかる。


「そうだ、あさひちゃんに報告しようと思ってたんだ」

言いながら、芽衣は無邪気にスマホを取り出した。


 タップ、スワイプ、タップをしてから、花がほころぶような喜色で顔を染めた。

 

 ふわりと漂う。ゼラニウム、レモン、それに加えて…なんだろう、ちょっとだけ不協和な香り。

 誠人の脳内図鑑が捲られる。

 これは――


「新しい彼氏、できましたー!!」

カフェで寄り添うツーショットが掲げられた。


 そう、大人になりかけた、危なっかしい恋の香りだ。

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