ラウンド3:神は死んだのか?~近代の懐疑と超克~
あすか:「さあ、ラウンド3です。前のコーナーでは、視聴者の皆さんからの鋭い質問が飛び交いましたが、ここからは、近代が生んだ最も挑発的な思想の一つに真正面から向き合います。」(緊張した面持ちでニーチェに向き直る)
あすか:「ニーチェ様。あなたはかつて、雷鳴のように宣言されました…『神は死んだ』と。この短い言葉は、西洋世界のみならず、人類全体の価値観の根幹を揺るがしました。単なる無神論とは違う、もっと深い意味があると伺っています。この言葉に込められた真意、そしてそれが、私たちが今宵語り合っている『死後の世界』観に、どのような決定的な影響を与えたのか、お聞かせください。」
ニーチェ:(ゆっくりと立ち上がり、まるで舞台役者のようにスタジオの中央へと歩みを進める。その目は挑戦的に輝いている)「『神は死んだ』!そうだ、死んだのだ!だがそれは、老衰や病死ではない!」(周囲を見渡し、声を張る)「我々が殺したのだ!お前たちと、私が!この意味が分かるか?」
ニーチェ:「これは単に、天上の人格神とやらが存在しない、などという陳腐な無神論ではない。」
あすか:「この件は『汚名返上!哲学者たちの反論!』で詳しく説明されてるから見てね!」
ニーチェ:「な、何を言ってる?」
あすか:「お気になさらず!」
ニーチェ:「口を挟むな、全く…話を戻すが、我々西洋文明が、二千年もの間、その根幹としてきたキリスト教的な道徳、善悪の価値観、そして何より、この現世の苦しみを耐えればあの世で救われるという、あの卑屈な来世信仰…その全てが、もはや力を失い、虚偽であることが白日の下に晒された、ということなのだ!」(拳を握る)「羅針盤を失った船のように、大地から根こそぎ引き抜かれた樹木のように、人類は、絶対的な価値も目標も見いだせない、無限の虚無…ニヒリズムの大海へと、否応なく放り出されたのだ!」
あすか:「ニヒリズム…虚無…それは、とても恐ろしい状況に聞こえますが…」
ニーチェ:「恐ろしいだと?違う!これは絶望ではない!これこそが、真の自由への狼煙なのだ!」(両手を広げる)「我々は、神という重石から、永遠の彼岸という鎖から、ようやく解放されたのだ!もはや天上の理想に目を眩まされることなく、自らの足でこの大地にしっかりと立ち、自らの意志で、新たな価値を創造する時が来たのだ!」
ニーチェ:「そして聞け!この虚無を超克するための究極の試金石がある!それが永劫回帰だ!」(声を潜め、しかし強い力で語る)「もし、悪魔がお前の最も孤独な孤独の中に忍び込んできてこう言ったらどうする?『お前の今生きている人生、そしてこれまで生きてきた人生を、お前はもう一度、いや無限に繰り返さねばならないだろう。そこには何一つ新しいものはなく、あらゆる苦痛、あらゆる快楽、あらゆる思想、あらゆる溜息、お前の人生における言い尽くせないほど小さなことも大きなことも、全てがお前に再び巡ってくるのだ、同じ順序で』と。」
ニーチェ:「この思想の前に、お前は打ちのめされるか?それとも、『お前は神だ、私はこれほど神々しいことを聞いたことがない!』と答えるか?この人生を、その全ての肯定と否定、光と影、喜びと苦しみを含めて、永遠に繰り返すことを、『よし、もう一度!』と心から望み、肯定できる強さ!それを持つ者こそが、ニヒリズムを克服し、自ら価値を創造する『超人』なのだ!」
(ニーチェの熱弁に、スタジオは静まり返る。イムホテプは怒りに顔を赤くし、プラトンは深く考え込み、セーガンは眉を寄せて聞き入っている)
イムホテプ:(ついに堪えきれず、席を立ち上がり、ニーチェを指差す)「黙れ!この冒涜者めが!神々を殺しただと?虚無を超克するだと?汝の言葉こそが虚無そのものだ!神々の定めた秩序なくして、人間は獣に堕ちる!汝の言う自由とは、際限なき欲望と暴力が支配する混沌を招くだけではないか!来世の審判を恐れぬ魂に、何の規範がありうるというのだ!」
プラトン:(静かにイムホテプを制し、ニーチェに向き直る)「ニーチェ殿、君の言葉の持つ力、そして時代が抱える病巣を鋭く抉り出す視点には、ある種の真実が含まれているのかもしれぬ。確かに、我々が拠って立つべき価値の基盤が揺らいでいることは、否定できまい。」(しかし、と続ける)「だが、だからといって、全ての価値が大地から創造されねばならぬというのは、早計ではないかね?例えば、我々が議論する上で暗黙の前提としている『真理』や、他者への配慮といった『善』、あるいは調和のとれた『美』…こうした普遍的なイデアは、君の言う『神の死』の後も、依然として我々が目指すべき北極星として輝いているのではないか?」
プラトン:「君の言う『超人』が創造するという価値は、結局のところ、その個人の主観的な『力への意志』の発露に過ぎず、それがどうして普遍的な妥当性を持ちうるのか?万人が超人を目指した時、そこに待つのは調和ではなく、終わりなき闘争ではないのかね?」
セーガン:(冷静な口調で)「科学的な視点から言わせていただければ、宇宙の法則や自然現象を司る人格神、あるいは特定の宗教が説くような神の存在を実証することはできません。その意味では、社会が宗教的権威から離れつつある現代において、ニーチェさんの『神は死んだ』という言葉はある種のリアリティを持っています。」(しかし、と付け加える)「重要なのは、だからといって全ての価値や意味が失われるわけではない、ということです。この138億年の宇宙の歴史、地球という惑星に生まれた生命の奇跡、そして我々人間が持つ知性、創造性、愛…これらの中に、私たちは宗教的な枠組みがなくとも、十分に深く、そして普遍的な価値を見出すことができるはずです。」
セーガン:「また、宗教が歴史的に果たしてきた、共同体の結束や人々の心の慰めといった役割も無視できません。神の死がもたらす虚無感を、科学や人間中心主義だけで完全に埋めることができるのかどうか…それは、まだ答えの出ていない問いかもしれません。」
ニーチェ:(プラトンとセーガンを交互に見やり、再び不敵に笑う)「イデアだと?科学の発見だと?フン、どちらも人間が作り出した解釈、世界を都合よく見るための『遠近法』に過ぎんわ!」(プラトンに向き)「その普遍的なイデアとやらが、どれほど多くの人間を偽善と欺瞞に陥れてきたことか!」「(セーガンに向き)科学もまた、新たな『信仰』となりうるのだぞ?データや法則を絶対視し、人間の生の意味や価値を見失っては、本末転倒だ!」
ニーチェ:「重要なのは、外部の権威(神、イデア、科学)に価値判断を委ねることではない!この私、この生、この瞬間を、その肯定も否定も全て引き受けて、『これが私の人生であったか、よし、ならばもう一度!』と、永遠の肯定を宣言できるかどうかだ!それこそが、虚無の時代を生きる我々に残された、唯一の高貴なる道なのだ!」
あすか:(圧倒されながらも、進行役として口を開く)「神は死んだ…そして永劫回帰…超人…ニーチェ様のお話は、私たちの価値観の根底を揺さぶりますね…もし、この人生が、良いことも悪いことも全て含めて、全く同じように、永遠に繰り返されるとしたら…皆さんは、それを肯定できるでしょうか…?」(視聴者にも問いかけるように)「絶対的なものがなくなった時代に、私たちは一体何を信じ、どう生きればいいのか…重い問いが突きつけられました。」
(ニーチェの思想が投げかけた巨大な問いに対し、信仰、哲学、科学がそれぞれの立場から応答し、議論は価値観の根源へと深く切り込んでいく。スタジオには、重苦しくも、ある種の解放感も漂うような、複雑な空気が流れる中でラウンド3が終了する)