ラウンド2:魂は不滅か?~哲学の迷宮、イデアの光~
あすか:「ラウンド1では、イムホテプ様に古代エジプトの壮大な死生観を語っていただきました。そこでも重要な鍵となった『魂』。続いては、その魂の不滅性を論じ、西洋哲学に巨大な足跡を残されたプラトン様にお話を伺います。」(プラトンに優しい視線を向ける)
あすか:「プラトン様。魂は、この肉体が滅びた後も存続し、永遠に存在すると、あなたは強く主張されました。その確信は、一体どこから来るのでしょうか?そして、その不滅の魂は、死後、どこへ向かうとお考えなのですか?」
プラトン:(穏やかに頷き、ゆっくりと語り始める。その声は静かだが、確信に満ちている)「ありがとう、案内人殿。魂の不滅性について語ることは、すなわち我々自身が何であるかを語ることでもある。」(指を一本立てる)「まず考えてみてほしい。我々は、例えば『等しさ』そのものや、『美しさ』そのものを、この不完全な現実世界で完全な形で経験したことがあるかね?ないはずだ。しかし、我々はそれらの完全な『イデア(真の姿)』を知っている、あるいは知ることができる。これはなぜか?」
プラトン:「それは、我々の魂が、この肉体という牢獄に囚われる以前に、真の実在であるイデアの世界に存在し、そこで完全なイデアを見ていたからなのだ。我々がこの世で何かを『学ぶ』ということは、実は、かつて魂が見ていたその真実の姿を『思い出す』こと(想起、アナムネーシス)に他ならない。これこそ、魂が肉体に先立って存在し、そして肉体から独立して存在しうる、すなわち不滅であることの一つの証左だよ。」
あすか:「学ぶことは、思い出すこと…なんて詩的な響きでしょう。」(感心したように)「では、その不滅の魂は、死後どうなるのでしょう?」
プラトン:「魂は死によって肉体から解放される。しかし、それで終わりではない。魂は、生前の行いや、どれだけ哲学によって理性を磨き、魂を浄化できたかに応じて、その後の運命が決まる。十分に浄化された魂は、再びイデアの世界へと上昇し、真の実在と一体となることができる。しかし、肉体の欲望や汚れに囚われた魂は、再びこの地上に生まれ変わり、新たな肉体を得て輪廻転生を繰り返すことになるのだ。」
イムホテプ:(腕を組んだまま、静かに聞いていたが、ここで口を開く)「魂が肉体を離れて存続し、生前の行いが死後の運命を左右する…その点は、我々のオシリス神の審判とも響き合うものがある。しかし、その『イデア界』というのは、どうも捉えどころがない。我々の目指すアアルの野は、豊かな大地であり、具体的な姿を持つ楽園だ。形なく、感覚で捉えられぬ世界というのは、魂にとって真の安息の地となりうるのだろうか?」
プラトン:(イムホテプに穏やかに向き直る)「大神官殿、あなたの疑問はもっともだ。イデア界は物質的な場所ではない。それは、感覚ではなく、純粋な理性によってのみ捉えられる、永遠不変の真理そのものの世界なのだ。形を超えた、魂の故郷とも言うべき場所だよ。」
ニーチェ:(我慢できないといった様子で、席から乗り出すように声を荒げる)「故郷だと?笑わせるな!イデアだの魂の浄化だの、なんと血の気の失せた、生命力のない戯言か!この現実、この大地、この熱い血潮の通う肉体こそが真実であり、価値の源泉なのだ!貴殿の言う魂の不滅なぞ、この生から目を逸らし、死後の世界という空虚な幻影に逃げ込むための、臆病者の作り話に過ぎん!」
ニーチェ:「理性だと?それは生の本能的な衝動、すなわち『力への意志』を飼いならし、去勢するための道具ではないか!魂とは、不滅の霊魂なぞではなく、この肉体において燃え盛り、超克しようとする意志そのものだ!貴殿は生の肯定者ではなく、生の価値を貶める敵だ!」
プラトン:(ニーチェの激しい言葉にも冷静さを失わず、静かに問い返す)「ニーチェ殿、君の情熱は理解できる。しかし、真の生とは、ただ欲望のままに、衝動のままに生きることかね?それでは獣と変わらないではないか。我々人間には理性があり、それによって魂をより高次のものへと導き、永遠の真理に触れることができる。それこそが、より人間らしい、より価値ある生き方ではないのかね?」
セーガン:(議論を整理するように、ゆっくりと口を開く)「プラトン先生、あなたの魂とイデアに関する議論は、論理的に非常に精緻であり、人類の知性の深淵を覗くような思いがします。その知的な挑戦に敬意を表します。」(しかし、と続ける)「一方で、科学者の立場からは、やはり根本的な疑問が残ります。その『魂』や『イデア』という存在は、どのようにすれば客観的に、誰もが同意できる形でその存在を確かめることができるのでしょうか?」
セーガン:「例えば、私たちが思考し、感じ、記憶する働きは、現代科学では脳という複雑な神経回路網の活動と深く結びついていると考えられています。もし脳機能が停止すれば、意識も消滅すると考えるのが自然です。物質的な基盤を持たない『魂』が、どのようにして独立して存在し、思考し、記憶を保持できるのか…あるいは、イデア界のような非物質的な世界と、どうやって相互作用するのか。そのメカニズムについて、どのようにお考えですか?」
プラトン:(セーガンに穏やかな視線を向け、少し考えるように間を置く)「科学者殿、君の問いは、現代ならではの鋭いものだ。確かに、魂と肉体の関係は深遠な謎だ。しかし、感覚で捉えられるもの、物質として計測できるものだけが、この世界の全てではないのだよ。」(人差し指で自身のこめかみを指す)「我々には理性という内なる目があり、それによって感覚を超えた真実を洞察することができる。例えば、数学的な真理は、物質的な世界を超えて存在するだろう?」
プラトン:「物質的な脳が意識を生み出すのか、それとも、不滅の魂が脳という楽器を奏でるように、それを使って思考し、感じているのか…それは、君たちの科学が用いる『観察』や『実験』だけでは、容易に結論づけられる問題ではないのかもしれない。哲学的な探求、内省による洞察もまた、真理へ至る道の一つなのだよ。」
あすか:(感嘆の息を漏らす)「魂と肉体…楽器と奏者…深い問いですね。クロノス、プラトン様の言うイデア界のイメージ、何か表示できる?」(クロノスタブレットが反応し、現実世界の不完全な図形(歪んだ円など)と、その背後にある完全な幾何学図形(完璧な円)が光り輝くイメージを投影する)「なるほど…私たちが見ているものは不完全な影で、その元になる完璧な形がイデア、ということでしょうか…?」
ニーチェ:「フン、影絵遊びに興じているだけだ!」
イムホテプ:(考え込んでいる様子)「理性による洞察…我々の神聖な儀式や神託とは、また異なるアプローチのようだ…」
あすか:「不滅の魂を巡る哲学的な迷宮…プラトン様のお話は、私たちの『考える』という行為そのものへの問いをも含んでいるようです。魂は存在するのか、しないのか。それはどこへ行くのか…まだまだ議論は尽きませんね。」(全員の表情を見渡し、次の展開を予感させる)
(プラトンの提示した魂とイデアの世界観に対し、信仰、無神論、科学という異なる立場からの光が当てられ、議論が深まったところでラウンド2が終了。カメラは、静かに思考を続けるプラトン、依然として不満げなニーチェ、興味深そうにメモを取るセーガン、そして自らの信仰と比較するイムホテプの姿を映し出す)