ラウンド1:古代からの問いかけ~信仰と儀式が描く来世~
あすか:「さあ、いよいよ最初のラウンドです!まずは、人類が最も古くから抱き、そしておそらく最も壮大な『死後の世界』を描き出した文明の一つ、古代エジプトの世界に足を踏み入れてみましょう。」(視線をイムホテプに向ける)
あすか:「イムホテプ様。あなた様の時代、巨大なピラミッドが築かれ、ミイラという驚くべき技術が用いられました。これらは全て、死、そしてその先にある『来世』への深い信仰に基づいていたと伺っています。死は終わりではなく、むしろ新たな始まりへの扉だったのでしょうか?」
イムホテプ:(ゆっくりと頷き、威厳に満ちた声で語り始める)「その通りだ、案内人殿。我々にとって、死は終わりではない。それは、この仮初めの肉体という船を乗り換え、永遠の生命、すなわちネヘフ(Neheh-繰り返す永遠)とジェト(Djet-不変の永遠)の世界へと旅立つための、聖なる通過儀礼に過ぎぬのだ。」
あすか:「永遠の生命…それは、どのような世界なのでしょうか?」
イムホテプ:「我々は死して後、冥界の神オシリス様の御前に導かれる。そこで、各自の心臓が、真理と秩序の女神マアト様の羽と天秤にかけられるのだ。」(手で天秤の形を作る)「心臓が生前の悪行で重ければ、恐ろしい怪物アメミットに喰われ、永遠の虚無へと消える。しかし、マアトに従い正しく生きた者の心臓は羽よりも軽く、晴れて楽園アアルの野へと迎え入れられるのだ。そこは、ナイルの恵みに満ちた、永遠に豊穣なる葦の原…現世の苦しみから解放された、真の生命が約束された場所だ。」
プラトン:(興味深そうに身を乗り出す)「なるほど…死後に魂が審判を受け、その生前の行いによって運命が決まる、というのは非常に興味深い考えです。我々ギリシャの思想にも、冥府の裁判官ミノスたちの伝説がありますが、あなた方の審判はより具体的で体系化されているようだ。」
プラトン:「そこで伺いたいのですが、イムホテプ様。その審判を受ける主体、あなた方の言う『魂』とは、どのようなものなのでしょうか?我々は、肉体とは別に、理性を持ち思考する不滅の『プシュケー』が存在すると考えますが、エジプトでは『バー』や『カー』など、複数の魂の概念があったと聞きます。それらは、肉体が滅んだ後も存続し、アアルの野へ至るものなのですか?」
イムホテプ:(プラトンに視線を向け、少しだけ表情を和らげる)「ほう、ギリシャの哲学者殿は、我々の魂についても学ばれたか。確かに、人の魂は一つではない。肉体そのもの(カト)、影、名、そして重要なのが、人格や個性を司り、死後も自由に肉体を離れて飛び回る鳥の姿の『バー』、そして生命力そのものであり、供物を糧とする『カー』だ。」(説明しながら指を折る)「これらが一体となって初めて、人は完全な存在として来世で生きることができる。ゆえに…」
ニーチェ:(突然、嘲るように口を挟む)「ゆえに、肉体をミイラにして保存する必要があった、と?フン、くだらん!それは結局、肉体への執着、この現世への未練ではないか!永遠の楽園とやらを語りながら、結局は腐りゆく肉袋にしがみついているだけではないか!」
イムホテプ:(ニーチェを鋭く睨みつける。その眼光は厳しく、怒りを帯びている)「黙られよ、無礼者!神聖なる儀式を愚弄するか!肉体の保存は、魂が永遠の旅路において迷わぬための、そして供物を受け取るための重要な依り代なのだ!これは執着ではない、秩序の一部なのだ!」
ニーチェ:「秩序だと?笑わせる!それは死の恐怖に怯える人間が、自らを慰めるために作り出した虚構の秩序だろう!権力者(ファラオや神官)が民を支配するための都合の良い物語だ!真の強者は、死を直視し、来世なぞに頼らず、この一度きりの生を燃え上がらせるものだ!」
セーガン:(二人の間に割って入るように、穏やかに、しかしはっきりと口を開く)「まあまあ、お二人とも、少し落ち着いてください。」(イムホテプとニーチェに交互に視線を送る)「イムホテプ様、ニーチェさんの言葉は過激かもしれませんが、彼の指摘する『死の恐怖』という点は、多くの文化で死生観が形成される上で重要な要素であったと考えられます。」
セーガン:「そして、イムホテプ様にお伺いしたいのですが、その壮大な死後の世界観…アアルの野やオシリスの審判が『実在する』ということを、当時の人々はどのように確信していたのでしょうか?例えば、天体の運行やナイルの氾濫のように、自然界には観察可能な法則がありますが、死後の世界に関しては、どのような『証拠』あるいは『体験』が、その信仰を支えていたのでしょう?文化的な意味合いは理解できますが、客観的な事実として、どのように捉えられていたのか、非常に興味があります。」
イムホテプ:(セーガンに視線を戻し、少し落ち着きを取り戻すが、依然として厳しい表情)「科学者殿、汝の問いは、矮小な人間の知性で神々の領域を測ろうとする試みに他ならぬ。」(ふう、と息をつく)「証拠だと?ラーの光が毎朝、闇を打ち払って再生するように、ナイルが毎年、氾濫して大地に生命をもたらすように、オシリス神が死して復活されたように…我々を取り巻く宇宙のすべてが、死と再生の繰り返し、すなわち永遠の生命の証なのだ。我々はそれを『知り』、信じている。汝らの言う『検証』など必要としない、揺るぎない真実としてな。」
イムホテプ:「そして、我々には『死者の書』がある。これは、死者が冥界の旅路で悪霊から身を守り、審判を無事に通過し、アアルの野へ到達するための呪文と知識が記された聖なる書物だ。これこそが、我々が死後も導かれるという確かな約束なのだ。」
あすか:(クロノスタブレットを操作し、古代エジプトの壁画や死者の書のパピルスの一部を空中に投影する)「クロノスによれば、『死者の書』には、心臓の計量の場面や、来世への道筋が具体的に描かれているそうですね…まるで、死後の世界への詳細な旅行ガイドのようです。」(感心したように映像を見上げる)
プラトン:「『死者の書』…それは、魂が肉体を離れた後に辿るべき道筋を示したものか。魂が正しい知識を持つことが、死後の運命を左右するという考えは、我々の哲学にも通じるものがある。無知は魂にとって最大の悪だからな。」
ニーチェ:「フン、呪文や知識で死後の運命が決まるだと?馬鹿馬鹿しい!それではまるで、人生は死後の試験のための準備期間ではないか!生そのものが目的ではなく、死後のための手段に成り下がっている!なんたる生の価値の貶下か!」
あすか:「信仰、魂、死の恐怖、そして儀式や書物の役割…ラウンド1から、すでに核心に迫る議論が展開されていますね。古代エジプトの死生観が、他の時代の賢者たちに様々な問いを投げかけているようです。」(次の展開を促すように、全員を見渡す)
(議論の熱気を帯びたまま、ラウンド1が終了。カメラは、考え込むプラトン、不満げなニーチェ、興味深そうにメモを取るセーガン、そして揺るぎない表情のイムホテプを映し出す)