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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦場からのラブレター

作者: 成若小意

 ーー愛しのクリス

 今朝も野営地に可愛いリンドウの花が咲いていました。

 我が家の食卓に飾っていたのを思い出しながら、眺めています。ーー



「おい、クリス。また新妻からのラブレターか?」


 クリスはここ最近不機嫌だ。可愛らしい便箋を手にしているのに、眉根にしわを寄せながらそれを眺める。兵士仲間たちからのからかいの言葉にも反応しない。


「戦場からなのに、よくもまあこう毎日届くもんだ」

「まあ、戦況が落ち着いてるって(あかし)ってこった。本営の発表でも連日のように吉報があがってるしな。これでもう魔物のケッタイな顔をみなくて済む」

「それにしてもクリス、お前うれしくないのか。かわいい奥さんからのかわいい手紙だぞ」


 クリスのいる食堂の窓は大きく開けられ、外からは春の風が吹き込んでいる。窓際で手紙を日に透かすようにかざしていたクリスを見かけたなじみの兵士数人がからかっているのだ。


 穴の空くほど手紙を眺めていたクリスは、ため息をひとつ吐いて、ようやくそれを片手で折りたたむ。もう片方の手は戦場で失ってきた。クリスは帰還してきた負傷兵だ。


 慣れない片手での作業に苛立ちつつ、便箋を破らないようにできる限り丁寧に封筒にしまう。その不器用さをからかう者はいない。なにせ、ここはみな同じような者が集う、負傷兵用の宿舎だから。


「いや、な。あまりにも妻が呑気だから。戦場にいる自覚があるのかと少しイライラしてしまった」


 クリスの妻シンシアは、クリスと入れ替わるように戦場へと徴兵された。


 クリスが派兵されていた時期は負傷兵が続出するほど荒れていた戦況だったが、要所制覇の発表を皮切りに破竹の勢いで快進撃を続けた結果、現在は戦勝国として戦後処理ともいえる消化試合をしているだけの状況の模様で、女性も派兵される何とものどかな雰囲気であった。


「奥さんが安全ってことなんだ、そんなにイライラするなよ」 

「でも俺もわかるぜ、クリス。俺たちの時にはあんなに昼夜問わずの乱戦だったのに、これで同じ戦場にいった兵士だとかいわれたら、な。なんか納得いかないよな」


 シンシアから送られてくる手紙は、毎回平和そのものだった。


「昨日は小鳥に餌をあげただの、一昨日は縫い物をしただの。このむさ苦しい宿舎よりよっぽどいい暮らしだと思うよ。そんな状況ならさっさと帰ってくればいい」


「なんだ、結局会えないのがさみしいだけなんじゃないか」


 仲間に笑われ、クリスは席を離れて窓辺へ寄る。窓枠にひじをかけながら、何処ともなく外を見やる。無意識にリンドウの花をさがしながら。




 ◇◇◇


 シンシアはリンドウの花を眺めていた。


 薄暗い塹壕の中。爆撃で空いた隙間からのぞく空を背景に、のどかにゆらゆら揺れるその花は、はるか昔に思える自宅のテーブルに飾ったそれと同じ花に見えた。


「シンシア、伏せなさい」


 小声だが鋭い指示が飛ぶ。無意識に花の方へ身を乗り出していたらしい。指示を出した上官は負傷して塹壕の壁にもたれ座っているのだが、のんびり屋のシンシアよりもよく周りが見えているようだ。この優秀な上官がいたから今まで彼女たちの部隊は生き残れたのだろう。


 戦況は芳しくなかった。本国へは吉報、快進撃と伝えているようだが、現場は正直末期だ。女性でも立てる戦況と喧伝しているが、女性すら招集しなければいけないのが本当のところ。


「ありがとうございます。マリア伍長」


 シンシアは礼を言って頭を壁につける。今は静かになったが、先ほどまで激しい爆撃が地を揺らし、神に祈る暇もなかった。


 敵地から遠く離れているので、話す分には問題ない。マリア伍長を隊長としたこの部隊は女ばかりの五人編成。二人は負傷して静かだが、シンシアを除く残りの二人は苛立ちを抑えつつもこの過酷な状況への文句を話していた。


 シンシアは、懐から大事そうに可愛らしい便箋を取り出す。夫のクリスへ手紙をしたためるつもりだ。


 このような状況下でも、つらいことは書かないと決めていた。戦場でも綺麗なものを見ていたい。クリスに心配をかけたくない。そんな思いから。



 ◇◇◇

 ーー愛しのクリス

 今夜は星がとても綺麗です。昨日降った雨が全てを洗い流してくれたのでしょう。静寂の中、草原に横になって空を見上げていると、あなたとの結婚前夜を思い出しますーー


 シンシアからの手紙をながめて、今日もまたクリスは不機嫌に眉を寄せる。座っているのは食堂の窓際の定位置だが、時間が早いからか他の兵士はパラパラとしかいない。


 可愛らしい手紙。ほのかに香りさえついているように思う。この香りをかぐのが、クリスは殊の外嫌いだった。なぜならシンシアを求めてしまうから。


「お前は戦場に似つかわしくない。広い庭先で洗濯物を干して、小さな畑を耕して。摘んだ野イチゴでジャムを作って、窓際で刺繍をする。そんな生活でいいじゃないか……」


 だから、そんな戦場からは早く戻ってこい。どうせままごとみたいなんだろう? 草原で寝転べるくらいのどかなんだろう?


 だから、だから、どうか戦況が悪化する前に、酷い目に合う前に、俺のもとに帰ってきてほしい。そう口には出せず、クリスはただただ手紙を睨む。





 クリスは戦場に最愛の人を連れて行かれた。片腕も奪われた。この馬鹿げた戦が早く終わればいいと願っていた。しかし、そんなことは口には出せない。


 今は勝ち戦。戦争反対など言える雰囲気でもなく、また戦のあとにいい待遇を受けるためにはいかに負傷兵といえど、勝つまでの残りの期間どれだけ貢献したかが大事だと皆が自覚していた。


「でもよ。まだ信じられないよな?」


 いつの間にかクリスの横に来ていた戦友が言う。


「何がだ?」


「だってよ。俺らが引き揚げてきたときには戦場はひどい有様だったじゃないか。しかも、この兵舎に俺たちのあとも続々と負傷兵が来てただろ?」


「ああ。そうだったな」


「でもよ、クリス。お前の嫁さん達が行き始めたころからか、ケガで戻って来るやつなんか居なくなったじゃないか。そんな短期間であの状況がひっくり返るなんてな。いまだに信じられねえや」


「それはあれかもな。彼女たちの部隊は皆治癒魔法が使える。だから些細なケガなんてすぐに治せるわけだ」


「そういやそうだったな。治癒魔法は大したもんだ。その御蔭で戦況をひっくり返せたんだろな。出し惜しみなんかせずに、早めに投入してくれりゃ、オレらの腕も、脚も……」


「……まあな」


 先程の威勢はどこへやら、自分の失われた脚先を眺める戦友の肩を叩き、あとは二人黙って窓の外を眺めた。



 ◇◇◇


 ーー愛しのクリス。

 私はいつあなたに会えるのでしょうか。星の瞬きも、花が揺れるのも、あなたのそばで見ていたい。ーー




 戦況は悪化の一途を辿っていた。


 昨日など、魔物と魔法使いたちの争い(ドンパチ)にシンシアは巻き込まれ、幸か不幸か相討ちに終わったなかで一人彼女だけが生き残った。爆撃に耳をやられ、満身創痍で草原に寝転がり、星をみあげる。


 ようやく楽になれるかと思ったが、伍長が命がけで助けに来てくれたのだから、仕方なく生き延びた。


 この戦争を引き起こしたのは、シンシアたちの生まれ故郷の国を牛耳る愚かな元老院の面々。彼らは、癒しの力が魔物を屠ると知り、その力に飛びついた。


 魔の力と聖の力は相反し、人々を癒す聖の力が魔物の体を蝕むのだ。


「しかも、最悪なことに、ここはそもそも奴らの土地だって言うんだろう?」


 シンシアの部隊の一員であるエマが言う。彼女は髪を短く切りそろえ、スラリとした体型とはっきりとした物言いが男勝りであったが、それと同時にどこか乙女らしい可愛さも兼ね備えた魅力的な女性だと、シンシアは思っていた。


 そんな乙女らしいエマは、きれいな顔で元老院に対して呪詛の言葉を吐く。のどかな土地で育ったシンシアにはその言葉の意味は分からない。


「つまり、私たちは。いや私たちこそが、侵略者」

「声を落とせ」


 伍長に短く叱責され、声を落とすがなおも話すのをやめないエマ。


「今までは良かった。不可侵条約で、やつらは奴らなりの手加減をしていた。その手加減込みで均衡を守っていたわけだ。あっち側とこっち側で。でも、その配慮はすでに失われた。私たちが、そうさせた。もう二度と均衡は、平和は訪れない。疲弊しきった私たちと、手加減をやめた魔物たちとの戦いなど、聖なる力があったとて、どうにも……」


 その話を聞いて、シンシアは苦笑しながらエマを慰めた。この娘は、まだ信じていたのだろう。シンシアにとって、この戦争が侵略戦争かどうかなどどうでもよかった。そんなこと、どうでもよくなるくらい、力の差は圧倒的だった。


「負けるのが分かっているのなら、早く帰りたい」とうとう泣き言をこぼし始めるエマ。


「そうね」


 これにはシンシアも同意する。塹壕の中にいる他の三人も同意した。


 その実、シンシアたちは自分たちがいつ帰れるのか知っていた。多少のケガなら、治療魔法の使える彼女たちはすぐに治せる。他の部隊の人たちのケガを治すのにも魔法を使ったが、長いこと戦場にいる自分たちにもたびたび治癒魔法をかけて、生きながらえた。


 戦争から帰れるのは、戦争に勝った時か、負傷兵となった時か、物言わぬ骸となったとき。敗戦など、降伏など、相手方はゆるしてはくれない。


 そして、シンシアたちは負傷兵になることはない。




 シンシアは、懐から手紙を取り出す。何をおいても守っている、大事な手紙。治癒魔法の副産物か、風呂に入らずとも服は汚れず、家から持ってきた押し花のかすかな香りが手紙に移り、これを取り出すときだけ現実を忘れられた。


 シンシアの部隊は優秀な治癒魔法使いが揃っていたので、秘密裏の伝言部隊も近くを同行していた。その部隊が情報をごまかすために、せっせと一般兵から手紙をかき集めて本国へ送る。


 そうとは知らず、どうせ届かないだろうと思いながらシンシアは手紙を書く。



 ーー愛しのクリスへ。もうすぐそちらに帰ります。ーー


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