第82話 初心者講習
玲子たちは、ゲームバランスの調整を行うため、冒険者としてダンジョンに潜ることを決めた。
その前段階として、冒険者ギルドで初心者講習を受けることになる。
「よお、新米冒険者ども!」
言って、その偉丈夫は、居並ぶ玲子たちを睥睨した。
盛り上がった筋骨、顔面に走る大きな傷。鼻先にちょこんと乗った丸眼鏡が、まるで似合っていない。
玲子たちの前に、教官として登場した人物は、誰あろう――。
「ギルガメッシュさん!?」
玲子は思わず声を上げた。
それは、ベルモントの冒険者ギルドマスター代理、ギルガメッシュその人であった。
「教官と呼ばんか、ひよっこどもめ!」
ギルガメッシュは、どすの効いた声音で言った。
ひっ、と水谷が声を上げ、首をすくめる。
ギルガメッシュは、にいっと、唇の端を吊り上げた。
「とまあ、こんな感じで、いつもなら初っ端にかましていくスタイルなんだが、お前ら相手だからな。このへんにしとくか」
「ちびりそうになりました……」
「冒険者になろうってのに、覚悟のねえ奴もいるもんだからな。お前らの飛び込もうとしている世界は、甘いもんじゃねえってのを、最初にかましとくのさ」
「私たちに、その覚悟は不要ね」
と玲子は言った。
「だって、本当の冒険者になるつもりはないもの!」
ギルガメッシュは頷いた。
「てなわけで、本来なら最初は、冒険者の心得十か条ってやつから始めるんだが、そこは割愛だ。もっと実用的なところから始めよう」
ギルガメッシュは、背後に配置された黒板に、文字を書き始めた。
振り返り、尋ねる。
「読めるか?」
いささか癖のある字であったが、玲子にも読めた。
そこには、冒険者とは、とオルフェイシア語で書かれている。
玲子は頷いた。隣に座る、北條と水谷も同じく頷く。
「本当に文字を覚えたんだな。上出来だ」
言って、ギルガメッシュは満足げに頷いた。
「そもそも、冒険者ってのはなんだ、ってことなんだが、俺たち冒険者ギルドではこう定義している」
黒板に書き足す。
「戦闘技能を有した探索者、だ」
なるほど、と玲子は頷いた。
「シンプルだけど芯を食った定義だわ」
北條が言った。
「俺、知ってた。前に聞いたもん」
「そうだっけ?」
「玲子ちゃんもいたじゃん。最初に冒険者ギルドに行ったときだよ?」
「覚えてないわー。いつ?」
「もう一年以上前になるね」
「そんなになるの!? 年取ると時間感覚が狂うわ」
「肉体年齢は若いのに、そこは前と同じなわけ?」
「そうなのよ! 二十代の頃はこんなじゃなかったはずなのに」
「僕もそうです」
水谷が同意した。
「なんなんですかね。時間感覚って、肉体じゃなくて精神の影響なんでしょうか」
おい、とギルガメッシュが苦笑する。
「私語はやめろ。一応、講習中だぞ」
ごめんなさい、と玲子たちは素直に頭を下げた。
ギルガメッシュは続ける。
「この定義は、たしかに冒険者の本質を説明しているが、言ってしまえば後付けだな。そもそも冒険者ってのは、世に存在しなかった。いたのは、雑多な仕事を請け負う、何でも屋だ。モンスターが出たから倒してくれ、森で薬草を取ってきてくれ、そういう依頼に応える者たちだな。依頼が先にあって、それに応える者が生まれた。それらを冒険者と呼んで束ねたのが、俺たち冒険者ギルドなんだ」
「なるほど」
「つまり本質的に、冒険者って呼び名は自称だ。でもこれがなけりゃ、最悪、ごろつきって呼ばれてたかもしれねえな」
「てぇことはぁ……冒険者ギルドは、ごろつきを養ってるわけ?」
と玲子は、少しいじわるな質問をした。
「そう呼ばれないために、冒険者ギルドがあるんだよ。所属するギルド員は、冒険者ギルドの定めたルールを守らなきゃならん。守れなきゃ罰金。最悪の場合は賞金をかけられて、同じギルド員に命を狙われることになる」
「それって、衛兵の仕事じゃないの?」
日本における警察に当たるものが、この国における衛兵隊である。兵ではあるので、治安維持軍が近いだろうか。
「衛兵じゃどうしようもないことも多いのさ。なにせ、冒険者の中には、度を超えた戦闘力を持ってる奴もいるからな。俺みたく」
「なるほど」
首肯せざるを得ない。
「というわけで、俺たちは、ルールには厳しい。お前たちであっても、そこは譲れない。肝に銘じておいてくれ」
「わかったわ」
「というところで、本来はそのルールの説明に入るんだが……割愛する」
「いいの?」
「時間がないんだろ。あとで規則集を渡すから、ちゃんと読んでおいてくれ。ま、法律より厳しいってことはないから、常識的に生きてれば、違反することはない」
「わかったわ」
答えながら玲子は、あとで絶対に確認すると心に誓う。この世界の常識と玲子たちの常識にいくらか齟齬があることは、これまでの経験上、身に沁みて知っているのである。
「オリエンテーションは以上になる。あとは、それぞれ別々のコースで、実戦を踏まえた職業訓練を受けてもらう。それが済んだら、晴れて冒険者の仲間入りだ」
玲子たちは頷いた。
「そのタイミングで、冒険者ギルドのギルドカードを各自に発行させてもらう。要は身分証みたいなもんだが、ダンジョンに入るために必要となるものだ。それと、パーティの代表者には、割符を発行する」
「割符?」
「一種の魔道具だな。魔力の込められた木の板だが、対になるものに近づけると、青白く発行するんだ。立ち入りの制限された区域に入る時なんかに、入場可能なことを証明するものだ」
「なるほど。入館証みたいなものね」
「ギルドカードのほうは、商店なんかで提示すると一定の割引を受けられる。このベルモント限定だが。アンドリューのやつが公費で冒険者を支援してるからな」
「そうなの!? アンドリューさん、めっちゃ偉い」
「そもそも、一部の店舗では、ギルドカードがないと入店拒否される場合もある。この街じゃ、なんだかんだで冒険者って身分は、ちゃんとしたものとして認識されてるんだ」
「へえ」
「だから、くれぐれも、冒険者のイメージを損ねないよう、身の振り方には気をつけてくれよ」
「了解したわ」
水谷、北條と別れて、玲子は別室に案内される。ここからは、個別指導である。玲子は聖女ということで、僧侶向けのカリキュラムが用意されていると聞いていた。
別室の扉を開けて、玲子は驚いた。
そこにいたのが、ベルモントの司祭長、マグナスだったからである。
「えっ、マグナスさん!?」
玲子の声に、渋面を浮かべて、マグナスが頭を下げた。
「聖女様におかれましては、ご機嫌うるわしゅう」
今度は、玲子が渋面を浮かべる番であった。
マグナスと玲子の仲は、決して良いとは言えない。ひとまずは玲子が聖女であることを認めてはいるものの、内面では苦々しく思っているであろう。
過剰に慇懃な態度には、むしろ空々しさを覚える。
「なんでいるの? って、もしかして……」
「さよう。私が聖女様の教師役を仰せつかりました」
教師役としては、ちょっと大物すぎるのではないだろうか。ていうか、ちゃんと教えてくれるのかしら?
「どうぞ、お座りください。聖女様とはいえ、神聖魔法にはお詳しくないと聞いております。したがって本日は、神学の初歩から説明させていただこうかと思います」
席につきながら、玲子は小さくため息をついた。
久しぶりの更新となりました!
次回更新は10/7(火)を予定しています。
がんばります。




