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第7話 ダンジョン管理者になろう

 冒険者がダンジョンから離脱する最大の要因は、その死にある。

 玲子はそう指摘した。


「ユーザーを増やすことが難しい以上、できる限りユーザー減が起きないようにしたいところだわ」


 北條は言った。

「でも、冒険者の死を回避する方法なんてある?」


「要するに、死者蘇生ってことですよね? 魔法でなんとかなるんでしょうか?」


 水谷の疑問に、アンドリューが答える。

「神殿の行使する神聖魔法に、死者蘇生がございますな」


「あるの!?」


「……ございますが、ほとんど行使されることはございません」


「えっ、どうしてですか?」


「神殿に高額な喜捨をして、非常に強大な力を持つ僧侶が、魔法陣などの入念な準備と時間をかけたうえで、膨大な魔力を用いて施し、それでも稀にしか成功することがないゆえにございます」


「稀に、というのはどのくらいなの?」


「おおよそ百回に一回程度でございますね」


「あー、それはきついわ」

 一般的なユーザーの感覚では、一%は成功を期待できる確率ではない。


「高額の喜捨って、いくらくらいなんですか?」


「死者蘇生の術は、神殿でしか行えません。神殿の秘匿する、特殊な魔法術式が必要となるためです。その際に、神殿への喜捨として聖金貨一万枚が求められます」


 玲子は、ぽかんと口を開ける。現在のダンジョンの二か月分の売り上げである。


「うーん、魔法でどうにかするのは無理そうね」


 ですが、とアンドリューは言った。

「ダンジョンであれば、どうにかできる可能性はあります」


「え? それはどういうこと?」


「あなた様がたには、ダンジョンの管理者になっていただきます」


「ダンジョンの管理者……?」


 首をかしげながらの玲子の問いに、アンドリューが答える。

「はい。ダンジョンの管理者は、ダンジョン内に限り、無限の力の行使が可能とされています。あくまで、可能性として、理屈の上では、と但し書きがつきますが」


「無限の力って?」


「詳しくお話ししましょう」


 アンドリュー曰く――、


 ダンジョンを構築しているのは、膨大な魔力だという。ダンジョンを構成する壁や床といった物質すらも、それを顕現させる術式によって存在している。その術式を稼働させる力こそが、魔力――マナと呼ばれるものである。

 ダンジョンには無限のマナが存在しているため、それを利用すれば理論上はいかなる魔法も行使することが可能である。ありとあらゆる奇跡を、ダンジョン内では現実のものとすることできる。


「ですが――」

 とアンドリューは続ける。


 ダンジョンを構築する術式は、はるか昔に失われた知識によって記述されている。現代の知識によって解読できるのは、そのうちのわずか一部に過ぎない。術式の改変が可能なまでに研究の進んだ個所は、更にごくごくわずかな範囲にとどまっている。


 アンドリューは言った。

「現在のダンジョンの管理者は私ですが、正直なところを言えば、ダンジョンの改変までにはいまだ至っておりません」


 玲子は尋ねた。

「魔法について、もう少し詳しく聞きたいんだけどさ」


「なんなりと」


「この世界の魔法ってさ、才能なの? 知識なの?」


「知識にございます」

 アンドリューはすぐに断言する。

「むろん知識の探究に対する天賦の才はございましょう。しかし生まれついての魔法使いというものはおりません。長い研鑽が必要です」


「さっき言ってたマナっていうやつだけど、その保有量が人それぞれで違ったりしないの? それで魔法の威力が変わったりとか」


「いえ。マナは自然界に存在する力ですが、人間の中にそれはありません。魔法というものは、そのマナを用いて様々な現象を発生させる技術と、それに類する知識のことを言います。魔法使いは、知識を用いてその技術を行使する者です」


「つまり、知識さえ身に着ければ、私たちでも魔法はつかえるのね?」


「その通りにございます」


 なるほどね、と言って玲子は腕を組んで考え込む。

 少ししてから、言った。


「じゃあ、水谷。よろしく!」


「えっ? なにがよろしくなんですか?」


「だって、水谷って魔法使いじゃん」


「それって三十過ぎて童貞って意味じゃないですか!?」

 水谷は現在の見た目こそ中学生であるが、元の世界では四十がらみの中年である。


「いやいや、超スーパーハッカー、イコール、ウィザードって意味だよ」


「それであれば、ベルモント領で最高の魔法使いをご紹介いたしましょう。少々、個性が強いきらいはあるのですが、ミズタニ様とは相性がよさそうに思われます」


「いやいや、まだオーケーしてないですけど!?」


「だって、インゲームいじれないと、運営なんかできないもの」


 そうか、と水谷は不意を突かれたように言った。

「ダンジョンにおけるインゲームは、ダンジョン探索そのものなわけですものね」


「ええ。前にも言ったように、インゲームとアウトゲームは、運営型ゲームの両輪よ。どっちが欠けても成立しないわ」


「だから、ダンジョンに関する魔法を把握する必要があるわけですね」


「頼むわ。でも正直、すぐにってわけにはいかないわよね?」


「当り前じゃないですか。使ったことのないプログラミング言語を覚えるみたいにはいかないでしょう。魔法っていう、異世界の論理体系から学習しないといけないので」


 アンドリューが言った。

「まずは、ダンジョンの管理者変更を行わせていただいてもよろしいでしょうか。我が領の魔法使いにお会いください」



 ダンジョンの管理者変更のため、アドリューに連れていかれた部屋は、大学の講義室ほどの広さがあった。


 薄暗い中、中央に光る物体がある。

 それは、何らかの鉱石のように見えて、玲子はファイナルファンタジーのクリスタルを思い出した。どのような仕組みによるものか、宙に浮いているところなど、そのままの印象である。


 部屋の隅には、堆く書物や紙束の類が積み上げてあって、その隙間に埋もれるようにして一脚のデスクがあった。


 そこでは、一人の少女がページを繰りながら何ごとか書き記している。

 尖った耳がぴょこぴょこと動く。玲子の知識では、その耳をもつ種族はエルフである。


「エルフ少女たん!?」


 当然ながら水谷のテンションは上がる。うざ、と玲子は思った。


「フェリス!」


 アンドリューが声をかけると、少女は顔をあげる。

「おお! これはこれはアンドリュー殿、お久しゅう。もしや、そちらの方々が……?」


「うむ。ダンジョンの新しい管理者だ」


 フェリスと呼ばれた少女は、ペンを置くと立ち上がり、お辞儀をした。

「わらわは、フェリスと申す者。ご覧の通りのエルフである。魔導の道を探究し、はや百年。以後お見知りおきを願い申すのじゃ」


「のじゃロリ、キターーーーー!」


 玲子は思わず水谷の後頭部をはたいた。


「なにするんですか!?」


「いや、なんとなく、イラっとして……」


 ていうか、のじゃロリってなに? と玲子は思う。しかしながら、玲子もまた、彼女の可愛らしさに心をときめかせていた。


 フェリスが笑顔でアンドリューに尋ねた。


「こちらの粗暴なお人は?」


 その言葉に玲子はがっくりと肩を落とす。


 アンドリューが気にもせず答える。

「レーコ・タチバナ様でいらっしゃる」


「タチバナ殿、よろしくお願い申す。しかし、わらわの頭は、それなりの貴重品ゆえ、丁重に扱っていただきたいものじゃな」


 差し出された手を、玲子は握り返す。苦笑いしつつ言った。

「よろしく! 普通はあんなことしないから安心して」


「フェリスは我が領内で随一の魔法使いにございます。王国内でも指折りでしょう」


「そんなわらわでも、このダンジョンには手を焼いておる。端緒は見えてきておるがの」


 アンドリューは続いて、フェリスに水谷を紹介する。

「ミズタニ様は異世界で魔法使いと呼ばれるほどの知恵者であらせられる」


「その魔法使いっていうのはやめてくださいよ!」


「フェリスには、ミズタニ様と共同でダンジョンの研究に当たってほしい。ただミズタニ様には、魔法の知識が一切ないので、基礎から学んでいただくことになる」


 そうですか、とフェリスは破顔する。

「丁度よかった。わらわも一人でやるのに飽きてきたところであったのじゃ。よろしく、ミズタニ殿」


 フェリスは水谷とも握手をする。そうしながら、むむ、と眉根を寄せた。

「ミズタニ殿は、わらわと同じ長命の種であるか? 見た目とは違い、それなりの年齢であらせられるようじゃ」


「いえ、ごく普通の人間なのですが、召喚の影響で若返ってしまいまして……」


「なるほど。そういうことであったか」

 頷きながら、ちょっと得意げにフェリスは言う。

「何を隠そう、あの召喚術式を構築したのはわらわなのじゃ」


 えっ! と思わず声をあげた。

「もしかして、あなただったら、私たちのことを元の世界に帰すこともできるんじゃない?」


「無論じゃ」


 玲子の言葉に、フェリスはあっさりと頷いた。


「えっ! 帰れるんですか?」


 水谷の言葉に、うむ、とフェリスは再び力強く頷く。

「ただ、希少な魔法具を購入する必要があるゆえ、帰還術式の構築には、先立つものが必要となる」


「お金ね!? お金でどうにかなるのね!?」


 既にダンジョン運営への決意を固めたというのに、帰れる可能性があると知ると望郷の念が湧いてくる。それに、元の世界に帰ることさえできれば、あの部屋のあれやこれやも、どうにかできるのである。


 北條は尋ねた。

「お金って、いくらぐらいかかるの?」


「三人で、聖金貨十万枚、といったところかの」


 ええと、と玲子は考え込んだ。

 現状のダンジョンの売り上げが月に五千枚で、そのうちの一パーセントが自分の取り分だから……十万枚を稼ぐには……。

「にせんかげつ……?」

 百年以上かかる計算になる。


 フェリスはさらりと言ったが、聖金貨十万枚は、おそらくかなりの額である。


 ひゅう、と北條が口笛を吹く。

「てことは、俺たちはかなりの大金をかけて呼ばれたわけだね。めちゃくちゃ期待されてるなあ」


 水谷が頷く。

「アンドリューさんが必死に引き留めるわけですね」


「それじゃあ、もっともっと稼がないと帰れないってこと……?」

 玲子は言って、がっくりと項垂れた。


 それから、フェリスに向けて、哀願するように言った。

「じゃあ、せめて……元の世界の自分の部屋を、魔法で爆破することはできないかしら!?」


「爆破? とんでもないことを申すのう……」


「あの部屋には、人には見せられない乙女の秘密がたくさん詰まっているの!」

 ここでいう乙女の秘密というのは、薄い本のことである。


「まあ、秘密を守るために、崩壊の魔法をかけるというのは定番ではあるの」


「できるの!?」


「さすがに異世界の部屋を崩壊させることは、わらわにも不可能じゃ」


 ぐぬぬ、と玲子は歯噛みした。


 最悪、私だけでも帰れる方法を探さないと、と玲子は心の中で思った。

 あれ? 自分で選択肢を選んだはずなのに、ぜんぜん自分ごとにできてなくない……?


 ダンジョン管理者の変更は、その後、何ということはなく、あっという間に済んでしまった。

 それはそれとして、玲子の中で、望郷の念が燻ることになったのである。


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