第69話 換金できない!?
ダンジョンから生還したザムザは、診療所を出る。行先はもちろん、換金所なのだが――。
診療所の利用はタダではない。当然ながら、喜捨を求められる。
その額は、お気持である。
三日ほど世話になったザムザは、気前よく手持ちの金のほとんどを喜捨した。
問題ない、とザムザは、ぱんぱんに膨らんだ革袋の重みに、にんまりする。
親切な冒険者は本当に親切で、彼の持ち物に手を出したりしなかったようである。ダンジョンで入手した百枚を超える聖女のメダルは、そのままにあった。
僧侶は、あまりの喜捨額の多さに驚いたようである。
「こんなに!? 良いのですか?」
「こちらこそ、お世話になりました。俺が生き残れたのは、神様のおかげなんでね。このくらい払わせてくださいよ」
「ありがとうございます。あなたに、神のご加護があらんことを」
深く礼をした僧侶に見送られて、ザムザは診療所を後にした。
その足で向かうのは、当然ながら換金所である。
ザムザは暇にあかせて、持ち帰った聖女のメダルを数えていた。百二十三枚。交換レートが以前と同じであれば、聖金貨九十二枚と少しになる。
歩きながら、思わず笑いがこみ上げてくる。にやにやと嫌らしい笑いである。
それを元手に、今夜は豪遊するのだ。連日の粗食で胃の調子も完璧である。たっぷりの酒と、うまい肴。どこの酒場にしようか。少しくらい高くてもいい。
歩きながら、おや、と思った。そろそろ換金所が見えてもいい頃合いである。いつの間にか通り過ぎてしまったのだろうか。
振り返って、来た道を戻る。おかしい。見つからない。換金所があったのは、あの角だったような気がする。
そこは、空き家になっていた。
「どういうことだ……」
呆然として呟いた。
しばし立ちすくむザムザに、一人の男が声をかけてきた。
「よ、そこのおっさん。どうかしたかい?」
商人風の若い男であった。長身で、なかなかハンサムな顔立ちをしている。
ザムザは慌てて尋ねる。
「おい、あんた! あそこ、聖女のメダルの買取してたよな?」
男は、ザムザの顔を見て、にやりとした。
「あんた、ダンジョンでずっとキャンプしてた奴だろ?」
ザムザの行為は、どうやら男に見られていたらしい。
しかし関係ない。男の質問を無視して、ザムザは問い詰める。
「なあ、あったよな。ここに、換金所がさ!」
ははーん、と言って、男はにやにやと妙な笑いを浮かべた。
「ひょっとして、聖女のメダルを売りにきたのか?」
「そうだよ!」
「それって、あれだろ? 宝箱のところで、ずっと張ってて、出るたびに開けて集めたんだろ?」
「な! なんでそれを!」
思わず言ってから、ザムザは、はっとして自分の口に手を当てた。
男が笑った。
「その方法は、もう、みーんな知ってるよ。そして、もう使えない手だな」
「使えない?」
「運営から警告が出た。同じ冒険者が繰り返し同じ宝箱を開けていると、毎回即死ガスの罠が出るようになったそうだ。しかも、解除が超高難度で、それを解除できた盗賊はまだいないらしい」
「超高難度の即死ガスが、毎回出る……?」
それはさすがに御免こうむる。
ザムザはため息をついた。これで、この商売は終わりだろう。最後にでかいあがりを取れてよかったと思うしかない。これをもって、女房のところに帰ろう。そう決めた。
「ああ、そうだよ。俺はそうやって聖女のメダルを集めたんだが……換金所はどうなった?」
そこで男は、気の毒そうな顔を浮かべた。
「なくなったよ。今じゃ誰も、聖女のメダルを買い取ったりしねえ」
「えええっ!?」
ザムザは驚愕のあまり腰を抜かしそうになった。
「な、なんだ? なにがあったんだ!?」
「偽物が出回ったんだよ。見た目はそっくりだけど、実際は偽物で、ダンジョンで売ってるアイテムとは交換できないやつがさ」
「そ、それがどうしたってんだ」
「メダルの買取をしてた奴は、冒険者のパトロンだったんだよ。ダンジョン探索を有利にするために、安くアイテムを買うことが目的だったんだ。なのに、アイテムと交換できない偽物が出回って、しかも買い取り時には真贋の鑑定ができないとなると、メダルの買取なんて危なっかしくてできやしねえよ」
「じゃ、じゃあ、俺の持っているこれは……?」
ザムザは革袋の中身を、男に見せた。
「いやあ、貯めこんだねえ……」
「……百二十三枚ある」
ザムザの言葉に、男は眉根を寄せて苦笑した。
「でも、もう街中じゃ、買取してくれる人はいないねえ」
「そ、そんな……」
ザムザはがっくりと地面に膝をついた。
後悔の気持ちが湧いてくる。だったら、診療所にあんなに喜捨をしなかったのに。
死にそうな目にあって、結果がこれか……。
「すまん、かあちゃん……」
女房の顔を思い出して、涙がぽたぽたと零れ落ちる。
ザムザの肩に、男の手がぽんと置かれた。ザムザは顔をあげた。
男は顔をポリポリとかきながら、気まずそうに言った。
「あんた、奥さんがいるのか?」
「ああ……」
「もしかして、お子さんも?」
「……三人いる」
「……そうか」
と男はため息をついて、空を見上げる。なにごとか考えているようだ。
そして、決意したように、言った。
「そのメダル、俺が買い取ろうか?」
「えっ?」
「あんたがあまりに不憫でな。その様子じゃ、偽物ってことはないだろうし」
「い、いいのか?」
「もちろん、そんなには出せないぜ。せいぜい、一枚につき聖四半金貨一枚ってとこだ」
ザムザは考え込んだ。元の見込みの、三分の一の額である。さすがに少ない。
「いや、せめて……」
と口を開きかけたザムザを、男は手で制した。
「おっと、交渉は無しだ。こっちにもリスクがあるから、さすがにこれ以上は出せない。ダメなら、この取引も無し」
「わ、わかった!」
ザムザは慌てて言った。男の気が変わらないうちに、売ってしまったほうがいいと思った。他に誰も買い取ってくれなどしないのである。
「それじゃあ、聖金貨三十一枚な。四半金貨一枚分は、俺からの心づけだ」
男が、財布から聖金貨を取り出して、ザムザに握らせた。
ザムザはそれを見て、ため息が出た。ひと安心のため息である。
手のひらの上の聖金貨を数えながら、ふと気づいた。男は、袋の中身をざっと検めただけで、枚数を数えていない。
「数えなくていいのか?」
「百二十三枚だろ? 面倒だからいいよ。あんたを信じる」
妙な男だな、とザムザは思った。商人ってやつは、よくわからない。
「まあいいや。三十一枚、確かにもらった。そのメダルはあんたのもんだ」
そこで、ふと疑問に思って、ザムザは尋ねた。
「あんた、商人だろ? なのに、メダルなんか買って、どうしようってんだ?」
「どうするかなあ。冒険者を雇って、パトロンなんかになるのも面白いねえ。いや、いっそのこと、俺自身が冒険者になってダンジョンに潜るってのも面白そうだな」
笑顔でそう話す男に、ザムザは肩を竦めた。
「しかし、買ってもらって助かった。俺はザムザ。けちな盗賊だ。あんたの名前を聞いてもいいかい?」
「俺か? 俺は、アラン・スミシー。スミシー商会代表のアランだ。商会つっても、俺一人だけどな」
「そうか、アランか。覚えとくぜ」
言って、ザムザは手を差し伸べた。その手を、アランが握り返した。
アランに手を振ってザムザは立ち去る。
故郷に帰ろう、とザムザは思った。
ベルモントの街に、ダンジョンに、もう未練はない。
「やれやれ」
ザムザを見送りながら、アランはそう独り言ちた。
「俺が嘘ついてるかも、なんかは、考えないのかねえ」
実際、アランは嘘をついていない。偽物が出回ったのも事実、運営がザムザの行為に対策したことも事実、街中で聖女のメダルの買取をしている者がいないのも事実である。
ただそれは、街中では、である。
冒険者間の取引であれば、ないわけではない。ダンジョン内の店舗前で取引すれば、真贋がすぐに確認できるからである。それであれば、アランの提示した額よりも、より高値で引き取ってもらえただろう。
アランはここ数日、換金所のあった道端に立ち、ザムザのような者に声をかけていた。換金所がなくなって、明らかに狼狽している者。手持ちのメダルを、売りたいのに売れなくなった者。
中でも、特に狙いをつけていたのは、キャンパーである。キャンパーというのは、ザムザのように宝箱の近くに居座って、宝箱を漁り続けた者である。彼らは、他の者より多くのメダルを持っていた。
アランは冒険者から、彼らの特徴について情報を集めていた。
それらの情報を元に、彼らに取引を持ち掛ければ、驚くほど簡単に安値で譲ってくれた。アランの狙い通りであった。
八人に声をかけ、最終的に手元には三百枚ほどのメダルが集まった。そして、これらが偽物でないことをアランは確信している。
何故なら、聖女のメダルの偽物を作ったのがアランだからである。偽物には、アランにしかわからない、偽物を示すしるしがあるのだ。
偽物を五百枚売り、本物を三百枚買った。そして、聖金貨も三百枚ほど稼ぐことができた。
上出来だ、とアランは思う。
それにしても、聖女のメダル――か。
袋からメダルを一枚、取り出して眺める。
「どうしたもんかな?」
先ほど、ザムザに言ったことは、まるっきり嘘ではなかった。
パトロンになるのもいいし、自分が冒険者になるのもいいだろう。
いずれにしても考えることは、折角手に入れたものだから、使ったほうがいいということである。転売などは考えてもいない。
アランは、聖女のメダルを指で弾き――。
「いやあ、面白くなってきたなあ!」
嬉しそうに言うと、落ちてきたメダルを、ぱしっと掴んだ。
次回更新は6/26です。
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