第67話 賠償を要求する!
貨幣製造の罪で神殿に呼び出された玲子たちだったが、聖女のメダルの市中での流通が止まったことで、無事に解放された。一体なぜ、流通は止まったのか――?
「らっしゃいやせ! どうもどうも、ジミーさん、お久しぶりでござんす。今日も頭のテカリがよろしゅうございますね! あっしとどっちがテカってるか勝負いたしやしょうか?」
ダンジョンの店舗に、ボルタックは立っていた。
週のうち最低でも一日は、店舗に出ることにしている。なにせ、商人ギルドにとっても大口の取引である。すべて部下に任せるわけにもいかない。
しかし今日は、予定されていた出勤ではなかった。臨時である。
昨日店番をしていた部下よりもたらされた、ある報告に、ボルタックはきな臭いものを嗅ぎつけたのである。そして、その判断は正しかった。
昼過ぎとなって、冒険者の入店が落ち着いたころに、従者を引き連れてその男はやってきた。
従者が、重そうな革袋を、どさりとカウンターに置く。
男は言った。
「鑑定を頼む」
「こりゃあどうも、ギルバート伯爵様。こんなむさっ苦しいところまで、ようこそおいでくださいやした」
額からつっと汗を流しながら、ボルタックは言った。男は、新進気鋭の貴族、ギルバート伯であった。
「しかし、すいやせん。この店じゃあ、鑑定業務はやっていねえんで」
「この店でしか鑑定できないものなのだ。早くしろ」
へえ、とボルタックは、よくわからないという顔をして頷いた。
本当のところ、その革袋の中身はわかっている。昨日、部下から報告を受けた件というのは、これのことである。
革袋の口を開けて、中身をカウンターに出す。
それは、聖女のメダルであった。ざっと見たところ、五百……いや六百……もっとあるかもしれない。
よく貯めこんだこって、とボルタックは思う。ギルバート伯が、冒険者から聖女のメダルを買い集めていたことは、ボルタックも知っていた。
ボルタックは、左手を一枚の銅板に乗せた。それは、メダルの真贋を判定する魔道具である。表には聖女のメダルの図案があしらってある。
右手をメダルにかざして、左手の魔道具に気を送る。
「鑑定」
言うと、右手をかざした先で、聖女のメダルが光を放つ。緑と、赤。
ギルバート伯の持ち込んだメダルは、八割がたが、赤の光を帯びていた。
「……どうだ?」
とギルバート伯が尋ねた。
ボルタックは深く息をつき、なるべく申し訳なさそうにして、言った。
「ほとんど偽物です。本物は、二割ってとこですかね……」
「なん……だと……?」
ギルバート伯が、ふらつきながら一歩下がる。慌てた従者が、彼の体を支えた。
やめろ、と言って、ギルバート伯は従者を突き飛ばした。倒れた従者はすぐに起き上がり、申し訳ございません、と片膝をついて言う。
ボルタックは心の中で眉をひそめた。くそ貴族め。
ギルバート伯の額には、青筋が浮いている。怒り狂っているのであろう。怒鳴り出さないだけ、自制心があると言えた。
――が、その自制心も、すぐに決壊したようである。
「これは……これは一体、どういうことだ!」
へ? とボルタックは意外そうな声をあげた。
「あっしに仰ってるんで?」
「他に誰がいる!」
「あっしに言われても、とんとわかりかねます。うちは、本物の聖女のメダルでだけ、商品を交換する。そのように仰せつかってるだけでしてね」
「貴様……それでも商人か!」
「いやあ、お恥ずかしい話、この店に関しては、店番を任されているだけなもんで」
頭をかきながらボルタックは言う。知らぬ存ぜぬで押し通すしかない。
事実、ボルタックには何もわからない。わかるのは、ギルバート伯が何者かに偽物を大量につかまされた、そのことだけであるが、それを言ってしまうとギルバート伯の火に油を注ぐことになりそうである。
「馬鹿にしおって!」
ギルバート伯の顔が朱に染まる。
「この件について、我々貴族と冒険者は、賠償を要求する!」
ボルタックは、あえて、ぽかんとした表情を浮かべる。
「賠償ですか? 何についてです?」
「容易に偽造できるものを製造し配った、その責についてだ!」
ボルタックは聖女のメダルを取り上げて、指先で回しながら言った。
「いやあ、容易には偽造できません。なにせ、こいつにゃあ、聖女様の魔法がかかってまさあ。その真贋は、ここにある魔道具でしか判定できねえんです。偽造しようったって、そこらの魔法使いに真似できるもんじゃありやせん」
「見た目の話をしているのだ!」
「そんな、ベルボアとバルボアだって違うんですから」
とボルタックは言った。
ベルボアとバルボアはいずれも緑色で丸い、非常に似た見た目をしているが、ベルボアは葉野菜であり、バルボアは果実である。ベルボアとバルボアは違う、というのは、似て非なるものを示す慣用句であった。
「切ってないバルボアを買ってきて、ベルボアじゃなかったって怒るのは、買ったほうが悪いでがしょ?」
ベルボアとバルボアは、半分に切った状態で売っているのが普通である。そして、切っていないものを買って、言われたものと違っても、苦情を言ってはいけないというルールがある。店の者でも切る前はよく取り違えるからである。
つまりボルタックは暗に、あんたが偽物を買ったのが悪い、と言っているのである。
火に油が注がれた。
ぐぬぬ、とギルバート伯の顔色が、より赤くなった。バルボアの果肉のように。
「し、しかし、ダンジョンで手に入れたものの中に偽物が混じっていたということもありえるではないか!」
「いえ、それはありえないこってす」
ボルタックは首を振る。
「偽物が見つかったのは、ギルバート伯爵様と、その子飼いの冒険者の方々の持ち込んだものだけでして。他の冒険者の方々の持ち込んだメダルからは、一枚も見つかってねえんですよ」
「き、貴様は、私が聖女のメダルを偽造したとでも申すのか!?」
「まさか! そんなことは微塵も考えておりません! しかし、なんというかその……」
ボルタックは、心の底から気の毒そうな顔をして、頭を下げた。
「心中、お察しいたしやす」
ギルバート伯は、がん! と店のカウンターに蹴りを入れた。慣れないせいか、おかしな当たり方をしたのであろう。ぐわっ、と叫んで、つま先を押さえて蹲る。
ギルバート様! と従者が駆け寄った。ギルバート伯は彼の肩を借り、かろうじて立ち上がった。片足立ちである。そんな状態でありながらも、彼は気炎を上げた。
「ちくしょう! 誰だ! 私に偽物を掴ませた奴は!」
周りの冒険者は苦笑を浮かべている。そのことで、ギルバート伯は更に怒る。
「許さん、許さんぞ……。絶対に見つけ出してやる!」
「てなことがあったんでさあ」
ボルタックが報告する。
それを受けて、玲子は言った。
「それで、ギルバート伯はメダルの買取をやめたのね。同時に、店での使用もできなくなった、と」
玲子は、ほうと息をついた。
「まっっっじで助かったわ。本当についてた。偽造品をばらまいた人に感謝したいくらいだわ」
偽造メダルの出現により、ギルバート伯は聖女のメダルの街での流通を止めざるを得なくなった。その結果、玲子たちの貨幣製造の嫌疑は立ち消えになったのである。
「それでも、メダルはまずいので、別のものにしてください!」
カントからは強くそう言われているので、そこは変更する予定である。普通に石っぽいものでいいだろう。
「それにしても、ボルタックさんが店に出ていてくれて助かったわ」
「前日に部下から報告がありまして。ギルバート伯んとこの冒険者が、メダルの偽造品を持ち込んでるってね。軽く揉めたらしいんで、念のため店に出てみたらご本尊の登場ですからね! あっしもびっくりしたのなんの!」
「で、結局のところ、偽造犯は見つかったのかしら?」
「それが、ギルバート伯が血眼になって探してるんですが、わからねえらしいです」
「わからない? でも、かなりの枚数を売りに来てるわけでしょ?」
「売りにきたのは冒険者だったみたいなんですがね。小分けにしてそれぞれ別の奴が売りに来てたっていうんです。しかも、全部同じ日に」
「その冒険者たちは、どこから偽造品を手に入れたのかしら?」
「売りにきた冒険者はみんな、もう街から出ちまってるんでさ。どうも、街から出る冒険者に声をかけて、売ってくるように頼んだ奴がいるんじゃねえかと、そこまでは推測できるんですが、そいつが何者かはさっぱりだそうで」
「用意周到ね。足がつかないように立ち回って、偽造品で大儲けか……」
確かに、聖女のメダルは、モノとして見れば粗悪品である。個体差も割とあるし、偽造は容易であったろう。
しかし、そのスピード感たるや。結局のところギルバート伯がメダルを買取していた期間は、十日間ほどである。買い取りを始めたのを見て、偽造品を用意し、売り役の冒険者を探し……。すぐに発覚するだろうから、一日勝負でギルバート伯を騙しきってみせる……。
「世の中には狡賢い人間がいたものね……」
玲子は苦笑した。
「ま、そのおかげで私たちは助かったのだけど」
一方その頃――。
サンドボックスエリアに閉じ込められたザムザは、死の瀬戸際にあったのである。
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