第66話 お金じゃないのに!
謎空間からの脱出を求めて宝箱を開け続けるザムザ。一方、玲子たちは、貨幣製造の罪を問われ、神殿を訪れる――。
「くそ! またハズレか!」
宝箱の罠を鑑定したザムザは吐き捨てた。
謎の空間に閉じ込められてから三日。三回目の宝箱チャレンジであった。
罠はなし。いつもであれば喜ぶべきことだが、今は違う。
必要なのは、転移の罠である。
祈るようにして、ザムザは宝箱を開ける。鑑定が間違っていることもあり得るのだ。開けた瞬間に転移、ということも無いではない。
しかし何事もなく、宝箱は開いた。中にはいつものように、聖女のメダルが入っている。枚数は六枚。これで、手持ちは百十枚を超えた。
「持ち帰れなくっちゃ、意味はないわな……」
ザムザはため息をつく。
聖女のメダルが増えていく反面、手持ちの食料と水は目減りしている。食料は食い詰めてあと五日は持たせられるが、水はあと三日といったところだろう。
すべて失って生きながらえることができる日数は、いかほどだろうか。三日はなんとかなるかもしれない。食料と水を失って三日で救助されたパーティを見たことがあるのである。
いや、そのときのパーティも全員生還とはいかなかった。体力がないものは、三日でもきつい。自分はどうだろうか。
考えても仕方がない。不安になるだけである。
ザムザにできることは、神に祈りながら宝箱を開けることだけであった。
ひとまずザムザは、次の宝箱がなるべく早くに出現することを、神に祈るのだった。
「とんでもないことをしてくれましたね……」
カント司教の第一声である。
玲子とアンドリューを迎えたのは、ベルモントの神殿長であるマグナス司祭ではなく、その上役である教区長のカント司教であった。
「貨幣の製造は、重罪の中の重罪です。たとえ聖女様といえども、罪を免れません」
「お金じゃないの! 作ったのは課金石であって、お金じゃないのよ!」
「かきんいし? とは何ですか?」
「有料アイテムと交換できるアイテムのこと。簡単に言えば、ダンジョン内でだけ使えるお金みたいなもので……」
「お金!?」
とカントが目を剥いた。
「いや違うの! お金みたいなものであって、お金そのものじゃないのよ!」
しどろもどろの様子の玲子を横目に、カントがため息をついて、アンドリューに言った。
「聖女様は異世界人ですからともかく、アンドリューさんは何をされていたんですか? まずいとは思わなかったのですか?」
「タチバナ様のおっしゃる通り、聖女のメダルは、ダンジョン内の商店でしか使えないはずであったのだ。それであれば、問題ないであろう?」
「それは確かにそうですが……」
カントが腕組みする。
玲子は言った。
「ちょっと待って。ダンジョンの店舗だけだったら大丈夫って、どういうこと?」
「それは、我々が何をもって貨幣とみなすか、というところに関係します」
とカントは言って、説明を始めた。
「我々が貨幣とみなす条件は、みっつです。ひとつめは、それを発行する主体があること。ふたつめは、それがある程度不変で一定の価値を持つこと。みっつめは、その価値をもって、財物やサービスと交換可能であること」
玲子は考え込む。確かに、聖女のメダルはその定義に当てはまってはいる。
しかし――。
「そんな条件だと、店舗の発行するサービス券みたいなやつも当てはまっちゃうんじゃない?」
「はい。その通りです。神殿としても、なんでもかんでも貨幣だと言って取り締まりたいわけではありません。総合的に見て、明らかにまずいものだけ取り締まっています。たとえば、サービス券や割引券のように、発行した店舗でしか利用できないものは、貨幣とみなしていません」
「なるほど。だから、アンドリューは問題ないと考えたわけか……」
「しかし、それが発行元とは別の店舗でも財やサービスと交換可能となると、貨幣とみなされる可能性が高まります。今回の件は、これに抵触しているのと……」
「ちょっと待ってよ! それ、うちは関係ないじゃない! ギルバート伯が勝手にお金みたいに使い始めたんでしょ!?」
「そのような場合でも、発行元が罪に問われます。貨幣を製造しているのは、発行元ですから」
そこでカントは、大きくため息をついた。
「しかし、それであっても、たいていは目こぼしします。ただ、今回についてはそういうわけにもいかず……」
「どういうこと?」
「メダルだからですよ」
「え? メダル?」
「そうですよ! メダルを市場に流通させておいて、これはお金じゃありませんというのは、さすがに神殿としても看過できないでしょう!」
うっ、と玲子は言葉に詰まる。
「それどころか、聖女のメダルですって!? なんでメダルにあなたの肖像など彫り込んだんですか!? 神殿本部では、神への挑戦かと思われてますよ!?」
聖金貨などの貨幣には、裁きの使徒であり契約の使徒でもあるアディールの肖像が彫り込まれているのである。それが玲子の肖像になったようなものだろう。よく考えれば、かなり不敬なことをしている。
「えっと……そうなると、私たちの罪は?」
「死罪です」
えっ、と玲子は言った。
「……聖女でも?」
玲子のすがるような問いかけに、カントは重々しく頷いた。
「そんなの困るんですけど!?」
「私も困っているのですよ! 聖女として推挙した方が、まさかこんな大罪を犯すことになろうとは!」
「どどどどうしよう!?」
玲子はあからさまに動揺して言った。
カントは言った。
「とにかく、市場での流通をすぐにでも止めなければなりません」
「止めるったって、どうやって? ギルバート伯にやめるように言うしかない?」
アンドリューが言った。
「タチバナ様。それはもう、試してございます」
「どうだった!?」
「鼻で笑われましてございます……」
カントが言った。
「なにか! メダルになにか仕掛けは施されていないのですか!? たとえば、他人に譲渡された場合は無効になるとか、そういった仕組みで取引を抑制するとか!?」
「なんにもないわよ! 真贋を判定するための仕組みしかない!」
ダンジョンの店員に、メダルの真贋判定ができる魔道具を渡してあるが、それはメダルの魔法と反応して色が変わるというシンプルなものでしかない。
「なにか、なにかいい方法は……?」
三人で知恵を絞る。
三人寄れば文殊の知恵、とはいかなかった。
侃々諤々、何の解決策も見いだせないまま時間だけがたつ。
そこに――。
「か、カント司教さま!」
マグナス司祭が、ノックもなく入ってくる。
カントの元に走り寄り、耳打ちをした。
えっ!? とカントが驚きの声を上げる。
「せ、聖女様……」
声が少し震えている。
玲子は嫌な予感がした。しかし、その予感は、裏切られる。いい意味で。
「聖女のメダルの流通が――市場での流通が――」
カントはつっと涙を流した。
「止まりました!!!」
次回更新は6/23です。




