第64話 ぼろい商売だぜ!
ダンジョンで固定湧きする宝箱から、聖女のメダルを荒稼ぎするザムザであったが――?
男の名は、ザムザと言った。職業は盗賊である。
貴族との契約はしていない、フリーの冒険者であった。
ベルモントの街にやってきて、もう一か月になる。他の冒険者と同じく、ダンジョンの入場税が撤廃されたことを聞いて来たのである。
ザムザは自他ともに認める、三流冒険者である。ダンジョンの攻略など、はなから考えてはいない。人が集まる場所へ行く。そうすれば、何らかのおこぼれにありつける。それがザムザの処世術である。そうやって、少ない稼ぎながら、妻子を養ってきた。
ダンジョンに数度ほど潜った。自分の実力でもどうにかなる弱い魔物をいくらか狩って、素材を持ち帰った。しかし、ほとんど金にならなかった。
ベルモントに来たのは、しくじったかもしれない。
そう思いつつ、またダンジョンに潜ったとき、宝箱を見つけた。
罠こそかかっているものの、ザムザは盗賊である。簡単に罠を解除すると、中にはメダルが入っていた。
それが、聖女のメダルと呼ばれるものであることは、すぐにわかった。酒場での情報収集は欠かしていなかったのである。
メダルを取り出すと、不思議なことに、宝箱は空気に溶けるように消えた。
幸運にも、ザムザはその後も幾度か宝箱に遭遇した。そのたびに期待して開くのだが、中身は常に聖女のメダルであった。
「宝箱はいいけどよ……。金にならないものを手に入れても仕方ないんだよな……」
そう独り言ちるザムザであったが、しばらくしてそれを買取する商人が現れた。更に、商店の一部では、聖女のメダルで支払いまでできるようになった。
交換レートは、聖女のメダル一枚につき、聖四半金貨三枚。ザムザは、手元にあった十五枚のメダルを換金して、聖金貨十一枚と聖四半金貨一枚を得た。
「こいつは……もしかして、いい稼ぎになるんじゃねえか?」
味を占めたザムザは、またダンジョンに潜る。前と同じ場所で、宝箱を見つけた。
また潜る。そして、また同じ場所で宝箱を見つけた。
「まさか……?」
ザムザはそこで、キャンプを設置することにした。
魔物の襲撃を警戒して浅く眠る。
翌朝、起きると、そこにははたして宝箱が出現していたのである。
毒針の罠を解除すると、やはり中身は聖女のメダルである。
もう一晩、もう一晩と、ザムザは食料が尽きかけるまでキャンプを繰り返した。
手に入るメダルの枚数はまちまちである。五枚から十五枚の間で変動する。宝箱の出現する間隔もまちまちで、半日の時もあれば二日ほど空くこともあった。
それでも五日間で、四十枚ほどのメダルをザムザは手に入れた。街に戻って売ると、聖金貨三十枚ほどになった。
「こいつはやべえ……。俺は、金の湧き出る泉を見つけた!」
ザムザは幸運を神に感謝した。
そしてザムザは、大量の食料を買い込んでダンジョンに潜った。ダンジョンに潜ると言っても、目的地でキャンプをしながら時間をつぶすだけである。魔物と戦うわけでもないから、食料を切りつめても大丈夫だろう。そうなれば二週間は持つ。
幸いなことに、宝箱の出現する場所に、固定湧きする魔物はいない。徘徊してくる魔物も、これまでは遭遇していない。そういうわけで、ザムザは気楽にテントで寝て過ごした。
宝箱の出現位置は、テントの奥である。そこは陣幕を張って目隠しをしてある。
ザムザは一時間に一回ほど、その陣幕の裏を確認しに行く。宝箱がなければまたテントで横になる。
宝箱があれば、開けて中身を取り出す。
「デュフフフフフ」
とザムザは、宝箱から取り出した聖女のメダルを手に、下品な笑い声をあげた。
「ぼろい商売だぜ!」
そんなザムザのダンジョン稼業の最大の敵は、冒険者であった。
ほとんどの冒険者は、ああ、ここでキャンプして休憩しているんだな、とそのまま通り過ぎてくれる。ただ、二度目に同じ光景を見た冒険者は、必ず立ち止まる。え? まだここにいたの? と言いたげな目でザムザを見るのである。
首をひねりながら去っていく冒険者はいいのである。一部の好奇心旺盛な冒険者は、ザムザに理由を尋ねる。その質問に、ザムザは答える。
「うるせえ! 俺がどこで寝ようが俺の勝手だろうが!」
なるべく頭がおかしい感じで言うのがコツである。
多くの冒険者はここで帰る。余計なトラブルはごめんだからである。
それでも帰らない冒険者には――剣を抜かざるを得ない。
幸いなことに、これですべては片が付いた。剣を抜いたザムザに近づく者は、さすがにいなかったのである。近づかれたら最後、ザムザに勝ち目はないのであったが……。
十日目の朝。
出現した宝箱の罠を鑑別したザムザは、一瞬、眉根を寄せた。
「よりにもよって、転移かよ……」
厄介な罠であった。
もちろん、最も厄介な罠は、即死系の罠である。致死性のガス、死毒の針、そういったものだ。普通の毒や麻痺も厄介ではあるが、ザムザはそれに抵抗できる薬と、解除薬を持参しているので、対応は可能である。
罠の鑑別で即死系の罠が出たら諦めよう。そう、事前に決めてはいた。このダンジョンでは、聖女の奇蹟とやらで蘇生がされるということであったが、そんなことをザムザは信じていない。
だが、転移の罠……。
ダンジョンの他の場所に飛ばされる罠である。飛ばされる先には法則性があるとか、そんなものはないとか、諸説あるものの諸説ある時点で要は法則性などないのである。そのまま壁に埋まって死ぬこともあると言うが、そうなった者は帰ってこないのだから、そういったことがあるかどうかすらわからない。つまりはとにかく、飛び先はわからないわけである。
低層に飛ぶのであれば特に問題はない。ここに戻ってくることもそう難しくないだろう。問題は、地下深くに飛ばされた場合である。ザムザの実力で、生還は難しくなる。
もし、発動させてしまったら――。
そう考えて、しばしザムザは悩んだ。
解除を試みるか、否か。
しかしすぐに、欲が勝つ。
ザムザの技量であれば、解除に失敗して罠が発動する確率は、三パーセントに満たない。更に、飛び先が死に直結する場所になる確率とくれば、どのくらいの低確率だろうか。利益のためならば、そんなものは無視できるとザムザは考えた。
ザムザは念のため、背嚢を背負ってから、宝箱に対峙した。転移の罠は、身に着けた物ごと転移されるので、解除作業にあたるとき必要な荷物を抱えておくのは、盗賊にとって常識である。
そして――。
罠の解除に挑んだザムザは、最悪の確率を引いてしまった。
次回更新は6/19です。




