第59話 無課金ユーザーにもワンチャンあげたい
玲子は課金石の実装について、北条と水谷に相談するが、話は妙な方向に進み――。
「課金石?」
北條が首を傾げた。
「いるの? 現金取引じゃダメ?」
課金石というのは、有料アイテムと交換することのできる、ゲーム内通貨の一種である。
ゲームにおいて、課金石が用意される最も大きな理由は、決済システムを外部に依存していることが大きい。たとえばスマホゲームであれば、iOSやAndroidの用意した決済手段を利用することになるのだが、その回数を少なくするために課金石が用意されるのである。ガチャを回すたびに決済が行われるとなると、ユーザーの利便性は大きく損なわれることになるからだ。
北條の疑念は、これを理由にしたものだろう。たしかにダンジョンであれば、普通に現金決済で問題はない。
その疑問に、玲子は答えた。
「必要よ。課金石の持つ、もうひとつの機能が欲しいの」
「ま、そうだよね」
と北條は言った。
「つまり玲子ちゃんは、課金石をユーザーに配りたいってことだね」
玲子は頷く。
「今のダンジョン環境は、課金ユーザーに有利すぎるのよ。このままだと、無課金、低課金ユーザーの離脱が起きかねないわ」
「それだけ課金アイテムが有能すぎるってことだね」
「そういうこと。先月のランキングは、完全に課金額に比例してた。Pay to Win、お金を払った者が勝つ環境が悪いとは言わないし、ある程度はそうなっているほうが健全ではあるけど、度を超すとまずいわ」
入場税が撤廃されたことで、ランキングの報酬は無くしたのであるが、それでも貴族たちの競争は激化している。ランキングの栄誉そのものが報酬になったということである。
玲子は言った。
「とにかく、新規を取りこぼすことがないようにしたいの」
「そういえば、冒険者がかなり増えているとか。街の宿屋がいっぱいで、街の外にテントが林立してる状況みたいです」
と水谷が言った。
玲子はそれに頷く。
「ダンジョンへの入場者も、月にのべ千人を超えているわ。これは入場税を取っていた時の二倍以上ね。冒険者ギルドの登録人数も倍近くになってるって、ギルガメッシュさんから聞いてる」
新しく増えた冒険者のほとんどは他の街からやってきており、おそらく貴族の支援を受けていないと思われた。である以上、彼らは無課金か低課金ユーザーで、未だランキングに入っていない。
玲子は言った。
「課金ユーザーがランキングを席巻するのは仕方ない。その中で、ものすごく頑張ったり、運がよかったりした無課金ユーザーが、ワンチャン、ランクインする感じが理想なの」
北條が改めて尋ねた。
「そのために、課金石を配る?」
「そう。配布された課金石を貯めておいて、ある月に全力でランキングに挑んだりとか、無課金ユーザーにもワンチャン用意したいのよ」
「貯めておけるってことは、ダンジョンの外に持ち出せないとだめ?」
「それはちょっとキツイんじゃないかな。実物にすると、原価かかっちゃうし」
北條が考え込む。ややあって言った。
「いや、折角だしモノ作っちゃわない? いずれは装備で指輪作ったりしなきゃでしょ」
「でも、そうなると、偽造対策とかもしなきゃよね」
玲子の懸念に、水谷が答える。
「それはダンジョンの魔法でどうにかしましょう。課金石が使える場所は、ダンジョンの店だけですから問題ありません」
北條が言った、
「じゃあ、デザインどうする? ファンサガと同じで、龍のメダル?」
「あれか~~~」
と玲子は天井を見上げる。
龍のメダルというのは、ファンサガで使われていた課金石の名称である。龍と言いつつ、メダルに彫り込まれているモチーフは、ある人物の横顔である。では、何が龍なのかといえば、その彫りこまれた人物というのが、天城龍一なのであった。
「あれ北條がやった、完全な悪ふざけよね?」
「天城さんイケメンだし、ユーザーからも結構評判良かったよ。本人も喜んでたし」
「でも、こっちだと、こいつ誰? ってなるでしょ」
そこで水谷が、玲子にとっては余計な提案をする。
「それだったら、聖女のメダルとかどうですか?」
「えっ!? それはさすがに……」
と玲子は難色を示す。
北條が言った。
「いや、悪くないよそれ。今や運営といえば聖女で通ってるでしょ。運営が作ったメダルだってすぐわかるし」
「ですよね!」
と水谷が喜色を浮かべた。
「ちょうど腕も治ったところだし、俺もちょっと気合入れちゃおうかな」
と、北條が腕まくりする。右腕にまかれていた包帯は、既に外れている。
ウインクしつつ、言った。
「メルルにも、俺の絵の腕を見せつけておかないとね」
「いや、恥ずいし!」
「だーめ。もう決めました。てなわけで、あとでデッサンモデルよろしく。脱がなくていいからね」
「脱がないわよ!」
そう叫んで、玲子は大きなため息をついた。
次回更新は6/12です。