第58話 課金アイテムの売上は……?
課金アイテムは順調に売れ行きを伸ばしていく。その売上額は――?
元日に起きたトラブルは、運営の瑕疵であることが翌日に発表された。
想定を超える人数がダンジョンに入ったことで、蘇生術が正常に機能しない可能性があり、緊急対応として、全冒険者を一度にダンジョン外へ転移させたということである。
ジミーもまた、その転移に巻き込まれた一人であった。
パーティの魔法使いであるレイアによれば、このような大規模な転移魔法が使われたことは、オルフェイシアの歴史において初めてのことであり、どれだけの魔力が使用されたものか想像すらできないということである。
レイアは言った。
「運営には、相当高位の魔法使いがいるわね……」
ジミーは答える。
「蘇生術なんてもんまで使われてるんだ。それはそうだろうさ」
僧侶のカイルが言った。
「その蘇生術だって、神殿のやつとは比較にならない成功率だ。とんでもない聖職者も運営にいるぜ」
「そりゃあきっと、聖女様だろうよ」
「ああ、麗しの聖女様! ありがとうございます!」
うっとりと、ダンジョンの天井を眺めるようにして、レイアが祈った。
トイレを作ってもらってからというものレイアは、一日に三度は聖女に祈りをささげている。
ジミーはため息をついた。
ダンジョン探索の休憩時間である。
ダンジョンが再開してすぐに、ジミーたちのパーティはダンジョン探索に乗り出していた。
干し肉をかじりながら、ジミーは言った。
「でも、食料のほうはどうにもならなかったみたいだな」
「ああ。ちょっと期待してたんだがな」
ハンソンが言う。
「しかし、アイテム召喚の呪符ってやつを上手く使えば、ダンジョンで料理もできそうじゃないか?」
「そうか。倉庫に薪やら調理器具やら食材やらを入れといて、そいつを召喚すればいいわけだな。そうすりゃ、重い荷物を持ち込まなくたって、ダンジョン内で料理ができる」
ベンが口を挟む。
「そんなもんに、ルミナス伯が金を出してくれるわきゃねえだろ。帰還の呪符だって、渋々買ってくれてる感じなんだから」
「俺たちが自分で出せない額でもないだろ」
アイテム召喚、送還の呪符は、それぞれ聖金貨二十枚である。聖金貨五十枚もする帰還の呪符とは雲泥の差がある。しかも、ジミーたちは昨日のトラブルの補償として、それらを半額で購入できるのである。
「いやいや。ダンジョンで温かい料理が食べいたいってくらいで出せる金額じゃないぜ」
そりゃそうか、とジミーは頭をかく。
ハンソンが言った。
「しかし、この帰還の呪符だけでも相当にありがたいな。帰路を考えなくていいってだけで、荷物が格段に軽いや」
それは間違いない。帰路分の水や食料を考慮する必要がなくなるので、その分の荷物が不要となるのである。
「そう考えると、アイテム召喚の呪符があれば、もっと身軽にできるな。探索効率も格段に上がりそうだ」
「まあ、そっちが本来の使い道だよな。ギルバート伯みたく金もってるところは、やっぱり使ってるのかな」
「使ってるだろうさ。悲しいかな、うちは貧乏パーティだ」
「慎重パーティで、貧乏パーティってか。なんだか辛気臭えなぁ」
ははは、とジミーたちは笑った。
ハーディが、薪二束、食料と書き込んだアイテム召喚の呪符を地面に置き、手を触れた。
「アイテム召喚」
呪符に置いた魔石が砕け、そこに、薪二束と、麻袋に包まれた食料が出現する。
ルーベルンは言った。
「一回の起動で、複数アイテムを対象にできるのはいいな」
ハーディが答える。
「ああ。実に効率的だ。効率的なのは気分がいい」
「これも聖女様のお力によるものです。聖女様に祈りを」
ミグラスが祈りを捧げる。
ジェイルが笑いながら言った。
「おまえは、そればっかりだな」
ルーベルンは言った。
「まあ、聖女様と、その組織する運営のおかげであることは間違いないな」
運営の行った改革によって、今、ダンジョン探索は転換期を迎えていた。
ランキングの開始。そして、蘇生術の施行。
この度の入場税の撤廃。帰還の呪符、アイテム召喚の呪符といった強力なアイテムの販売。
運営の意図は明白であると、ルーベルンは考える。
すなわち――貴族よ、冒険者よ、競争せよ。
そのための支援を、運営は惜しまない。しかしその支援は、公平に与えられるものではない。販売されるアイテムは高価で、一介の冒険者には手が出せないのである。
つまり、強い資金力を持った貴族と、それに雇われた高い能力の冒険者こそを、運営は望んでいる。
それは、ルーベルンたちのパーティのことである。
彼らは、ギルバート伯に雇われた六パーティのうちのひとつにして、その最上位に君臨するエースパーティである。
これまで、深い階層に向かいうためには、輸送パーティを含めたレイド体制を組む必要があった。食糧輸送の問題があったためである。
いま、ルーベルンたちのパーティは、他パーティの支援を得ることなく、単独での地下九階へのアタックを敢行している。
それを可能にしているのは、運営の提供する強力なアイテムと、それを購うことのできるギルバート伯の資金力であった。
ルーベルンたちの中に、勇者と呼ばれる者はいない。しかし近い将来、自分たちこそが封印された魔王を打倒する。そのことを、ルーベルンは一切、疑っていなかった。
ダンジョンが再開して一か月がたった。
幸いなことに、元日に起こったあれ以降、トラブルらしいトラブルは発生していない。
今日は商人ギルドから売り上げの報告が行われる。
応接室で待つ玲子たちの前に、ボルタックは時間通りにやってきた。
「タチバナ様、こいつぁいったい、どういうこってすかい?」
席に着くや否や、ボルタックが低い声で言った。
「え? なにかありましたか?」
「なにかありましたかですって? へん! こんなの、あっしは聞いてませんよ――」
玲子は首をかしげる。本当に、なにかあっただろうか? 全く心当たりがないのである。
「こんな、とんでもなくでかい商売になるなんざ、あっしは聞いてません!」
言って、帳簿の束を、ばんとテーブルに置いた。
「いいですか。驚かないで下さいよ。心臓止めないでくださいね。特にアンドリューさんね。あっしはもう、先に止めてきたもんで、今は大丈夫なんですけどね」
いつもの調子で軽口を叩くが、目は真剣である。
「先月の売上ですがね――」
ごくり、と玲子はつばを飲み込んだ。
「聖金貨三万枚でやんした」
それは日本円にして三億円相当である。
「さ、さんま……」
アンドリューが金額を口にしかけて、そのままあんぐりと口を開けて固まった。
入場税時代の月の売上は、聖金貨五千枚ほどであった。文字通り、桁違いの売上である。
しかし玲子は、至って冷静であった。
「ま、そんなとこか」
「驚かれませんので!?」
「事前に予想していた額から大きな開きはないわね。むしろ、値引きしてるせいで、思ったより少ないかなぁって感じ」
「なんすか、それは!? 言っといてくださいよ、そういうのは! あっしら、金額見てめちゃくちゃビビってんすから。こんなの、商人ギルドでも半年に一回あるかなってくらいの大口取引ですぜ。それが、今後も毎月あるってんですか!?」
「そう。あなたたちも毎月三パーセントを売り上げる。いい商売でしょう?」
「最高でがんすね!」
ボルタックは最高の笑顔で答える。
そして玲子も、そこから一パーセントを得るのである。今回でいえば、聖金貨三百枚。すなわち、日本円にして三百万円である。
思わず笑いがこみあげてきた。
「おほほほほほ……」
「うひょひょひょひょ……」
しばらくの間、ボルタックと玲子は、お互い見合いながら笑い声をあげ続けた。
やや冷静になったらしいアンドリューが、やれやれといった態でそんな二人を眺めていた。
次回更新は6/11です。




