第57話 ゴブリンの赤ちゃん!?
元日のトラブル対応を終えた玲子を待っていたのは、また奇妙なトラブルだった――。
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「ゴブリンの、赤ちゃん?」
玲子の問いに、はい、とアンドリューは頷いた。
その腕には、赤子が抱えられている。明らかに人間ではない。その肌は、緑色をしていたのである。
「なんで? どうして?」
「それが……。この度の騒動の折、ダンジョンの外で発見されたそうで……」
あっ! と玲子は声をあげた。
「そうか! 冒険者をダンジョン外に強制転移したとき、巻き込まれたのね!」
冒険者と魔族を見分けるマーカーは、本質的には同じものである。それを、ダンジョンでの滞在時間で切り分けているに過ぎない。一か月以上ダンジョンに滞在している者は魔族、それ以外は冒険者である。
ゴブリンはダンジョン内で生まれる。そして、生まれて一か月以内のゴブリンは、マーカー上は冒険者と見分けがつかないのである。
「で、これがなにか?」
「タチバナ様に処遇を決めていただきたいと存じます」
「え? 私が、どうして?」
「拾った者の希望だそうでございます。聖女としての温情に期待すると」
「処遇っていうと?」
「はい。殺すか、帰すか」
えっ、と玲子は声をあげる。
「殺す? 赤ん坊を?」
「ゴブリンの赤子です。成長すれば、人間に仇なす存在でございます」
そうか、と玲子は理解する。元の世界のクマと同じである。
そう言われれば、たしかに殺したほうがいいのだろう。
しかし――。
玲子は赤子をまじまじと見る。かわいらしい顔つきである。ゴブリンそのものを見たことはないが、やっぱり赤ちゃんは魔物といえどかわいらしいものらしい。
つん、と頬をつついてみる。赤子は、ふにゃあ、と声をあげた。
玲子は思わず笑みを浮かべる。
それから、決意を込めて、言った。
「この子は殺さない。私たちの起こした今回のトラブルで、一人の死者も出てほしくない。たとえそれが、ゴブリンであったとしても」
たとえ偽善と言われようと、それが玲子の偽らざる気持であった。今回、誰も死ぬことがなかったのは、単に幸運だったのである。ここで、ゴブリンといえど死者を出してしまったら……。
アンドリューはため息をついて、言った。
「残念ながら、それは難しいでしょう」
「どういうこと?」
「帰したところで、このゴブリンは死にます」
「まあ、いずれは冒険者にやられたりするかもしれないけど……」
それは玲子も考えた。しかし、ゴブリンを殺すなと冒険者に言っても、栓のない事である。
アンドリューは首を振った。
「いいえ、そういうことではございません。これは、ゴブリンの習性によるものです。赤子に、わずかでも人間の匂いがついてしまえば、ゴブリンはそれを殺します」
「そんな……」
玲子は呆然とする。
「どうしたらいいの? この子を、死なせないためには……?」
であれば、とアンドリューは言った。
「選択肢は、ひとつしかございませんな」
「なに?」
「この城で育てるしかないでしょう」
えっ? と玲子は言った。
「育てる? ゴブリンを?」
「はい。ゴブリンの生態については、フェリスが詳しいですし、まあ、なんとかなるでしょう」
えっ、と玲子は再び言った。
「それで、アンドリューはいいの?」
「はい。構いません」
アンドリューは、にっこりを笑みを浮かべた。
「では、この城でこの子を育てるということで、よろしいですかな?」
玲子は、ほっと息をついた。
「ええ。よろしくお願いします」
それを聞いたとたん、アンドリューは赤子に向けて笑み崩れた。
「よかったでちゅねえ、ゴブタローちゃん。じいじがタチバナ様にお願いしたんでちゅよお。いいこいいこに、ちてようねー」
ゴブタローと呼ばれたゴブリンの赤子は、きゃっきゃと笑いながら、アンドリューの指を掴んだ。
本件を機に、玲子たちは、冒険者マーカーの改修作業を行った。
滞在時間で切り分けすることをやめて、ダンジョンの正門を通過した者を冒険者、それ以外を魔族と定義しなおしたのである。前回の実装時には、対応速度を優先していたために、正確性の低いものを採用せざるを得なかったが、時間的余裕のできた今なら対応が可能であった。
その修正には時間を要したものの、これにより、生まれたてのゴブリンを冒険者と誤検知することは以後なくなったのである。
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