第54話 人多すぎ!
入場税が撤廃された元日、ダンジョンには大勢の冒険者が詰めかける。
そこで玲子は、あることに気が付いて――。
時は少しだけ遡る。
「本日はお日柄も良く――」
ダンジョンの地階で、冒険者を前にして機嫌よく挨拶をしているのは、マグナス司祭である。
司祭の機嫌に反して、冒険者たちは不機嫌である。話が長いのだ。
今回の入場税の撤廃が、神殿の功績であることはもうわかった。わかったから、もう同じ話を繰り返しするのはやめろ。
ジミーは苛々と床をける。
不快感が強いのは、地階に集まった人いきれによるところもあるだろう。セレモニーに呼ばれたパーティは上位十組だけのはずであるが、やたらと従者を引き連れたパトロンの貴族たちも参加している。そのせいで、狭い地階がさらに狭いのである。
人々の体温で、手に持ったエールがぬるくなっていく。ジミーにとって、ぬるいエールほど許せないものはない。
マグナス司祭は、ようやく神への感謝を述べ始める。この段になれば後は少しの辛抱である。定型句だから、無駄に長くはならない。
「神に感謝を」
「神に感謝を!」
マグナス司祭の言葉に、めいっぱい同意して、ジミーはグラスを掲げた。
ぐっとあおる。ジミーの感覚からして、ぎりぎり許される冷たさのエールが、のどを滑り落ちた。
グラスが回収される間に、運営の聖女が壇上に上がる。
「皆様、本日という幸いなる日に、ダンジョンにお越しくださり、誠にありがとうございます」
ジミーは舌打ちした。また始まりやがるのか。
「とまあ、堅苦しい挨拶は抜きにしまして、今日から我々の用意したアイテムの販売を開始しています。詳しい話は、あちらにおります店舗の者にお聞きください。ぜひ、ご購入の検討をおねがいします」
と、右手のほうを指し示す。そこには、地階に新たに設置された、アイテム店がある。
「以上でセレモニーは終了となります。順次、ダンジョンの探索を開始いただいて構いません。ただその前に、できれば店舗のほうに顔を出してもらえると、我々は幸いでございます」
では、と頭を下げて、聖女は檀上を下りる。
冒険者から喝采が上がった。
ジミーも笑顔で拍手を送った。
「お疲れ様でございました、タチバナ様」
「ほんと疲れたわ。こういうの苦手なのよねー」
ダンジョンから転移で城内に戻った玲子は、ぐったりとソファに体を預けた。
「ていうか、マグナス司祭の挨拶なんなの!? まじで長いしつまんないし最悪だわ」
やれやれといった態で、アンドリューは言った。
「まあ、今回は神殿に花を持たせねばなりませんので、仕方ございませんな」
「どうだか。あの場にいた冒険者たち、殺意すら感じたわよ。むしろ逆効果だったんじゃないかしら」
「それはそれで重畳でございますな」
と言って、アンドリューは笑った。
「で、売れ行きのほうはどうかしら?」
と玲子は話題を変えた。課金アイテムの話である。
店舗とこちらの会議室は、交信珠で連絡が取れるようになっている。
アンドリューが言った。
「狙い通り、帰還の呪符は飛ぶように売れております。冒険者たちの半分が買っているようです」
「半分、つまり課金率五十%か。まだまだ足りないわね。今後、もっと売れてくれるといいけど」
頷きつつ、アンドリューが続ける。
「次に売れているのは、全回復ポーションですね。効能がわかりやすいですからな」
「そうね。予想通りだわ」
「アイテム召喚の呪符は、あまり売れておりませんね」
「まあ、ちょっと使い方が難しいからね。今のところは仕方ないか」
と玲子はため息をつく。
「水谷、入場者の状況は?」
ダンジョンマップを見ながら、水谷が答える。
「現在百十四名がダンジョン内にいます。内訳は、地階が五十二名、一階が三十五名、二階が二十三名、三階が四名です」
「低い階層に人が留まりすぎてる?」
「地階の人数は、買い物客が滞留するので仕方ないですね。順次、人を入れている感じなので、各階層の人数も均されていくかと思います」
「オッケー。監視を続けてちょうだい」
「了解しました」
以降、ダンジョン内の人数は、順調に増加を続けていった。
それが増えるということは、それだけアイテムの売上も上がるということになる。玲子は心の中でほくそ笑んだ。
入場者が二百人を越えたところで、疲れがピークに達していたのであろう、玲子は気を失うように眠りに落ちた。
――目が覚めた。
「お目覚めですか?」
「うん。ごめんね。どのくらい寝てた?」
「そうですね。一時間くらいでしょうか」
「そんな寝てたか。状況は?」
「現在、二百二十名といったところです」
えっ、と玲子は言った。
「私、どのくらい寝てたって言った?」
「一時間程度ですが……」
「寝る前の人数、二百人くらいだったと思うんだけど?」
「はい。そうですね」
「一時間たって、二十人くらいしか増えてないの?」
「はい。四十分前くらいに上限がきました。今日やってきた冒険者は、ダンジョンに全員入ったみたいですね」
そんなはずはない。玲子は、セレモニー前に、ダンジョンに集まった冒険者の数を見た。朝の時点で三百人は下らなかった。絶対にこんなものではない。
「水谷! ダンジョン内の冒険者の数は、何でカウントしてる!?」
「なにって、例のマーカーの数でカウントしてますけど……?」
「それって、いくつが上限? 無限にカウントできる?」
水谷の顔色が変わった。
「わ、わかりません……」
「すぐに調べて!」
「フェリスさん!」
と水谷は言った。フェリスも頷き、二人して確認する。
やがて、フェリスがそれを発見した。
「上限は……魔族やゴブリン込みで、二百五十五じゃ!」
つまり、上限は、既に来ていた。
「冒険者をマーカーで捕捉しきれていない!」
玲子は、悲鳴のような声をあげた。
つまり――。
蘇生術は、冒険者のマーカーの瀕死状態を参照して起動する。
それはつまり――。
マーカーで捕捉しきれていない冒険者は、蘇生術の対象外になるということである。
酒場で会った冒険者たちの顔が、脳裏に浮かんだ。
玲子は叫ぶ。
「水谷! 緊急メンテナンスを起動して!」
「はい! メンテナンス起動!」
ばしん! と音が鳴り、ダンジョンコアが激しい閃光を放った。
「緊急メンテ正常に完了。ダンジョンはメンテナンスモードに入りました」
「大丈夫? マーカーで捕捉できていない冒険者も、ちゃんと外に出せた?」
「はい。全員が外に出るまで、転移を繰り返す仕組みです。最初にマーカーで捕捉できていなかった冒険者も二回目の転移で、それ以外の冒険者も三回目の転移で、全員外に出ているはずです」
「魔族とゴブリンは?」
水谷がダンジョンマップを確認する。
「大丈夫です。ダンジョン内にいます」
玲子はひとまず、ほっと胸をなでおろした。
正直なところ、これからが大変なのだけど……。
そう思うと、今になって身体が、がたがたと震え始めた。
もし、自分のミスで、冒険者の誰かが、死んでいたとしたら……。
何度も息をして、思うようにいかない身体をなだめる。
少し落ち着いたところで、吐き出すようにして、言った。
「水谷の、言った通りね」
「何がですか?」
「メンテナンスモードを作っておいて正解だった」
水谷は、ちょっと疲れた顔をしつつも、笑った。
「こんなこともあろうかと、が僕のモットーですから。――師匠の受け売りですけどね」
玲子は、泣きそうになりながら頷き、水谷の頭をくしゃっと撫でた。
リリース初日のログイン障害って、最近のゲームじゃ減ってますよね。
次回更新は6/5です。




