第53話 初詣に行こう!
元日、勇斗とアンジェロは初詣に行く。異世界と日本であっても、習俗には近いものがあるらしい。
「こっちにも初詣の習慣あるの? まじで?」
「ユートのところにもあるの? へー、面白いね!」
勇斗とアンジェロは、ベルモントの街を連れ立って歩く。
ダンジョンに向かう予定であったが、その前に神殿に拝観に行くとアンジェロが言ったのである。
「こっちって、たしか一神教だよな?」
「その言い方は不敬な感じがするな。神は一人しかいないに決まってるんだから」
「俺んとこは、めっちゃいっぱいいたんだよ。八百万って言ってな」
「だから、桁が違いすぎるって! そんなの覚えらんないじゃん」
「いることになってるだけで、名前が付いてないのもいたんだろうよ」
「へんなのー」
と言ってから、アンジェロは、あっとバツの悪そうな顔をする。
「ごめん。ユートの神様を悪く言ったわけじゃないからね」
勇斗は笑った。
「いいって。俺は神様なんて、ちゃんと信じてないからさ」
アンジェロは不思議そうな顔をした。
「その割に、初詣にはいくわけ?」
「ま、縁起もんだからな」
「その発想は、神様を信じてない人の発想じゃないと思うけど?」
勇斗は言葉に詰まる。確かに、言われてみればそうかもしれない。
「そういえば、ユートのところには、生まれ年ってある?」
「生まれ年って?」
「生まれた年で決まってる、守護聖人。僕は今年十九歳だから、癒しの使徒アンジェローズ様が守護聖人なんだ」
「それってどう決まるんだ?」
「順番だよ。去年は、裁きの使徒アディール様の年。今年は、守護の使徒ディレイニー様の年。そんな感じで、七使徒が順番に、七年ごとに一周するの」
ああ! と勇斗は声をあげた。
「あるよ、あるある。うちの世界にも十二支ってのがあるわ」
「へー。ユートの守護聖人は何なの?」
「俺は、子年だな」
「ミドシ? どういう意味?」
「ネズミの年」
「え? ネズミ? ネズミがユートの守護聖人なの?」
「ちょっと違うけど……いや、そういうもんなのかな?」
「ネズミ……ネズミだって?」
クスクスとアンジェロが笑う。妙なツボにはまったらしい。
勇斗は苦笑しながら、笑いのやまないアンジェロと連れ立って歩いていく。
神殿の前には人だかりができていた。
だろうな、と勇斗は思った。ここに来るまでも、人波がすごかったのである。
神殿の前には、いくつもの屋台が並んでいる。まるで縁日である。こういうところは、こっちの世界も元の世界と変わらない。
わぁ、とアンジェロが目を輝かせる。
「サバクトビトカゲの串焼きがあるよ! あっちには、白ニーグの飴もある。うわー、どれにしようかなー」
「食うのかよ!」
「当然でしょー。こういうのは楽しまないと!」
屋台に向かって駆け出していくアンジェロを見て、勇斗は軽くため息をついた。
礼拝所で祈祷を受けることができたのは、それから一時間後のことであった。礼拝堂は百人は入れる規模で、そこに入るのにさほど待つ必要はなかった。時間がかかったのは、アンジェロの買い食いのせいである。
礼拝が終わると、アンジェロはまた駆け出した。
「どこ行くんだよ!」
「初詣だよ。おみくじ引かないと!」
おみくじまであるのか、と勇斗は笑ってしまった。
拝観料として、聖四半銀貨一枚を支払って、勇斗とアンジェロはおみくじを引いた。
「どれどれ~?」
畳まれた紙をめくり、やったー! とアンジェロは歓声を上げた。
「じゃーん。アンジェローズ様~」
「それって、いいやつなのか?」
「自分の守護聖人を引くのがいいんだよ」
「じゃあ俺ダメじゃん。ネズミとかいるわけないじゃん」
「ユートは僕の一つ年下だから、戦いの使徒ガルボア様でいいんじゃないかな」
「なるほど」
紙をめくると、そこにあったのは、守護の使徒ディレイニーである。
「これはどうなんだ?」
「今年の守護聖人だから、悪くないね」
「ふうん。中吉ってところかな」
どれどれ、と書かれた中身を読んでいく。仕事運、恋愛運など、本当におみくじと変わらなくて笑ってしまう。
「お、仕事運いいみたいだぞ。アンジェローズ年の者と組むと吉。これってアンジェロじゃん!」
「僕もガルボア年と相性いいって出てる!」
と言って、アンジェロはおみくじを勇斗に見せた。
「どれどれ……。って、それ、恋愛運じゃねえか!」
勇斗のツッコミに、アンジェロはケラケラと楽しげに笑った。
「あー、やっぱ、こうなるよなぁ……」
ダンジョンの門扉前にできた人だかりに、勇斗は大きなため息をついた。
入場税の撤廃と、新年が重なっているのである。お祭り気分で人も集まろうというものである。
うーん、とアンジェロも唸った。
「どうする? 順番待ちする?」
「いやあ、これはちょっと厳しくないか? 何時になることやら」
「だよねえ。あーあ。折角準備してきたのになぁ」
「ま、ダンジョンは逃げないさ。明日か明後日あたりには、ちょっとは空いてるだろうよ」
そうだね、とアンジェロが頷いた。
「新機能のリリース日にログインできないなんてのは、まあよくあるっちゃあ、よくあるよな」
「またゲームの話~~?」
アンジェロが苦笑した。
そのとき――。
人の密度が、一瞬で増した感じがした。
体が圧迫されたわけではない。ただ、空気が変じたのである。
「なんだ!?」
「いきなり人が出てきたぞ!」
「な、なにが起こっているんだ!?」
冒険者たちの怒号が巻き起こった。
ダンジョンの前で、冒険者たちに大きな混乱が起こっていた、そのとき――。
運営もまた、混乱のさなかにあったのである。
めっちゃいちゃついてるなーと思いながら書きました。
次回更新は6/4です。




