第52話 打ち上げしましょ
課金アイテムを完成させた玲子たちは、打ち上げで街の酒場に繰り出す。
勇斗たちもたまたま居合わせて――。
「では、お仕事の完了を祝して!」
「かんぱーい!」
ベルモント市街の酒場である。玲子たちには、久しぶりの外出であった。
参加メンバーは、玲子、北條、水谷、アルスの四名である。
アンドリューはさすがに忙しく、フェリスとメルルは街の酒場が苦手であるらしかった。玲子たちも参加は強要しない。ホワイトな職場である。
「今日はがっつり飲むわよ!」
と、木製のジョッキを片手に、玲子は宣言した。
北條が言った。
「いつぞやみたく、酔って変な書類にサインしないようにね!」
「あんたがそれ言う!?」
いつぞや、召喚の原因となった変な書類を持ち込んだのは、北條自身である。
「おかわりお願いします!」
水谷はあっという間にジョッキを干して、次の一杯を要求する。
「飲むペース早っ。子供なのに!」
「中身は大人ですから! それに、オルフェイシアでは飲酒可能年齢みたいなのはないんですよ」
「飲みすぎないでね。水谷にはずっとカワイくいて欲しいの!」
「あんまりカワイイって言わないでくださいよ!」
言って、水谷は酔ってもいない頬を赤くする。
アルスが言った。
「さあ、どんどん食べてくださいね。味は私が保証しますよ」
並んだ料理を前に、思わず笑みがこぼれる。
焼き物、煮物、蒸し物、サラダ。中には、見たことのない野菜も見て取れる。それでも、漂ってくる匂いは、たまらなくおいしそうだった。
玲子はまず、串焼きを手に取って、言った。
「串から外すなんて野暮はなしね! このままいっちゃうからね!」
皆を代表して、はいはい、と北條が笑って答える。
玲子は串焼きにかぶりついた。
香草の香りと、野性味のある肉の匂いが、がつんと鼻にくる。
やや癖がある。しかし、悪くない。いや、おいしい。
口の中にじわりと脂が滲んでくる。香草のおかげか、しつこさは感じられない。芳醇なうまみだけが広がっていく。
玲子は感嘆の声をあげた。
「おいしいわね! 何の肉?」
「サバクトビトカゲの串焼きですね。オルフェイシアの南のほうでよく食べられます」
「トカゲ!?」
玲子はぎょっとする。さすがは異世界。トカゲを食べるのか……。
「トカゲと言いますが、見た目はほぼ鳥です。味のほうも、鳥肉と獣肉の間みたいな感じでしょう?」
玲子は頷く。言われてみれば、そのような感じがする。
まあ、見た目が鳥ならいいか。……いいのかしら?
あまり考えても仕方がない。なにせ、異世界なのである。
しかし――。
「あの……念のために、聞いときたいんだけどさ」
「何でしょう?」
「こっちの世界で、虫って……食べる?」
「北のほうでは、食べることころもあると聞いたことがありますね。しかし、一般的には食べません」
玲子は、ほっと胸をなでおろした。虫だけは無理なのである。
「他のも試してみてください。どれもおいしいですよ!」
アルスの言葉で、皆が料理に手を伸ばした。
あらかた料理を片付け、いい感じに酩酊してきた頃、玲子は周囲からの視線を感じた。
いや、正確に言えば、初めから感じてはいた。ただ、最初は遠慮がちだった視線が、段々と無遠慮になってきていることを、玲子は感じたのである。
そして、とうとう、一人の冒険者が立ち上がり、玲子たちのもとに歩み寄ってきた。
アルスが緊張を漲らせて立ち上がる。
冒険者は、あっ、と言って狼狽した。
「すみません! 警戒させるつもりはなかったんです! ただ、もしかして、こちらにいらっしゃるのは、運営の聖女様じゃないかって……」
玲子は、にんまりと笑った。酔いが回って気分が良いのである。
「そうですよぉ。あたしが、聖女様ですよぉ」
「やっぱりそうですか!」
遠巻きで様子をうかがっていた冒険者たちから、おおおお、とどよめきがあがった。
玲子は立ち上がって、貴族式の優雅な礼を披露する。
先ほどの冒険者が、玲子の前に跪いた。
「ダンジョンで蘇生の奇蹟を生み出された聖女様! あなたのおかげで、俺は命が助かった! 礼を言わせてください!」
へらっとした笑みを浮かべて玲子は言った。
「ありがとうごじゃます。では、お酒を一杯くだしゃい」
「もちろんですとも! 聖女様にエールを一杯!」
「俺も! 俺にもおごらせてくれ!」
「俺もだ! 聖女様にワインを!」
あっというまに、玲子の前のテーブルは、各種のお酒でいっぱいになった。
「わぁ~。お酒がいっぱいら~。こんなに飲みきれないよぉ」
「お付きの方も、どうぞどうぞ、お飲みください!」
北條があきれ顔で言った。
「お付きの方って、俺たちのこと?」
「たぶん、そうですね」
と水谷が苦笑する。
「折角だし、いただいてしまいましょう」
言うなり、アルスはジョッキを手に取り、一気に飲み干した。
おお、と冒険者から歓声が上がる。
「いいねえ。兄ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ」
負けじと水谷もジョッキを干す。
「坊ちゃんもやるねえ!」
やいやいと冒険者がはやし立てる。
それを見ながら、玲子もご機嫌で手を叩いた。
「なんか、あっち、めっちゃ盛り上がってんな」
「みたいだね」
「聖女様とか言ってるみたいだ。じゃあ、あれが運営なんだ」
「みたいだね」
「やっぱり、異世界人だったな」
「みたいだね」
「……なんか怒ってる?」
「だってさぁ! さっきから勇斗、あっちばっかり見てるじゃん! 僕の話もあんまり聞いてないしさぁ!」
アンジェロは膨れ面で言った。
「もっと僕のことも気にしてよぉ!」
「子供か!」
「どうせ僕は子供だよ!」
ふん、と鼻息を荒くして、アンジェロはそっぽを向いた。完全に子供である。
「ていうか、気になるだろ。だってあれ、日本人だぜ」
「日本人?」
「日本ていうのは、異世界の国の名前で、俺が住んでたところ。見た感じ、運営のメンバーは日本人っぽい」
「勇斗と同郷ってこと?」
「そう。たぶんな」
「ふうん。知り合い?」
「いや? でも、なんとなく見たことがあるような……」
記憶の片隅で、どこか引っかかりを覚えている。
「折角だし、挨拶でもしてきたら?」
「なんて言って? 同郷のハズレ勇者でございます、ってか。締まらねえな」
「またそういうこと言う」
その言葉を無視して、勇斗は茶をすすった。
アンジェロは言った。
「そう言ってられるのも、あと数日だからね」
「わかってるよ」
と言って、勇斗は苦笑する。
年が明けると同時にダンジョンの入場税が撤廃されることは、先週の段階で、冒険者ギルドから正式に発表されていた。
そうなれば勇斗は、アンジェロとダンジョンに向かう約束になっている。
「ただまあ、ダンジョンに入るようになったからって、ハズレ勇者の汚名返上とは、簡単にはいかないと思うけどな」
「そこは勇斗の頑張り次第だよ」
「頑張りねぇ……」
頑張ってはいる。恥ずかしくてアンジェロには言っていないが、剣の素振りや型の練習は、欠かさずやっているのである。しかし、基礎こそ教わっていたものの、我流である。実戦で通用するかは未知数だ。
勇斗は少し考えこみながら言った。
「できれば、新しい魔法も少しは覚えておきたいな」
「それなら、魔法ギルドに顔出してみる? それとも、僧侶ギルドで回復系見てみる?」
「そうだな。ちょっと行ってみるか」
勇斗たちはお茶を飲み干して、立ち上がった。
玲子は、勘定をしている二人の少年に、ふと目をやる。
あれ? と玲子は思った。
一人の少年の顔に釘付けになる。懐かしい顔立ち。
もしかして、日本人?
玲子は立ち上がりかけて、ふらついた。
「おっと」
と北條が玲子を抱きとめる。
「玲子ちゃん、大丈夫?」
「ありがと。なんか、そこにさ」
と指をさした。だが、そこにはもう誰もいない。
玲子と勇斗が出会うことは、今はまだない。
それぞれの運命の歯車は、しかし、既に交わり、回転を始めている。
ニアミスですね。
次回更新は6/3です。
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