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第51話 課金アイテムを作っていこう! 

運営メンバーは、課金アイテムの開発を進めていく――。

「ダンジョンに、サンドボックスを作りたいんですが、構いませんか?」

 と水谷が言った。


 玲子は聞き返す。

「え? サンドボックスって、あのサンドボックス?」


 サンドボックスというのは、開発中のゲームで用意される、テスト用のエリアである。キャラクターを表示させてアクションを確認したり、爆弾などのオブジェクトを設置してその機能をチェックしたりする。


「はい。実装した機能を実際に動かしてみるには、ダンジョン内でないといけません。ダンジョン魔法の効力は、ダンジョン内でないと発揮できませんから」


 それを聞いて、なるほど、と玲子は頷く。

「それで、サンドボックスか。ダンジョン内に私たちが機能をテストできる場所を作ろうってことね」

 それから、少し首をかしげる。

「だけど、その場所まではどうやって行くの? モンスターに襲われて、私たち、死んじゃわない?」


「城内とダンジョンをつなぐ、転移の魔法陣があります」


「え、そんなのいつ作ったの?」


「先月あたりですかね。基礎研究の一環で作成しました」


「すご! もちろん、ちゃんと動くのよね」


「はい。フェリスさんと一緒に動作チェック済みです」


「それなら安心かな」

 と玲子は頷く。

「オッケー。じゃあ、そんな感じで進めてちょうだい」


「了解しました」



「玲子ちゃん! 呪符のデザインラフ、チェックお願い」

 言いながら北條は、玲子に一枚の紙を手渡す。その後ろには、緊張した面持ちのメルルがいる。


 はーい、と言って、玲子は紙を受け取ると、まじまじと眺めた。

「……なんか、思ったより派手な感じがするけど?」


「やっぱ玲子ちゃんもそう思う?」


 メルルが言った。

「そんなことはございません! 呪符デザインのトレンドは、数年前から華美さに重きを置いたものになっているのです!」


「よくわかんないんだけど、結局のところメルルって派手なものが好きなだけなんじゃない?」


「言えてる」

 と言って、北條が笑う。


「えっ!? いや、それはもちろん個人の趣味の面もございますが、これについてはきちんと流行を押さえたものでして……」


「で、北條的にはこれ、アリなわけ?」

 メルルの言い訳を無視して、玲子は北條に問いかける。まあ、ダメなものは見せに来ないだろうが。


 北條は言った。

「まあ、アリかな。実際、こっちの世界で売ってる呪符を見たんだけど、結構派手めなんだよね。オルフェイシア人って派手好きなのかも」


「その、こっちで売ってるっていう呪符、私も見れる?」


「はい。こちらです」

 メルルが、数枚の呪符を見せてくる。


「たしかに……」

 と玲子は漏らす。派手である。メルルのデザインしたものと、さほど変わりがなかった。


「でしょ?」

 と北條が言った。


「まあ、これだったら、メルルのデザインもありね」


「じゃあ、これで進めちゃう?」


「オッケー。この方向で他のもよろしく」


 ラジャ、と北條は敬礼のまねごとをした。



「帰還の呪符。起動チェックいきます」


 水谷のあげた声に、玲子は頷いた。


 ダンジョン内のサンドボックスエリアである。

 ダンジョンの地階に、十メートル四方ほどの、正方形の部屋が四つ作られている。それぞれの部屋は扉でつながっているが、冒険者の立ち入れる空間とはつながっていない。独立したエリアである。

 サンドボックスエリアには、ベルモント城からの転移でしか入ることができない。ここから出る場合もまた、転移が必要である。


 水谷が言った。

「ではメルルさん! お願いします!」


「承知!」

 帰還の呪符を手にしたメルルが、首に下げた魔石に気を流すと、魔石から魔力が流れ出た。その魔力は呪符に注がれる。

 呪符の文様が青白く光って――、メルルがその場から姿を消した。


 おお、と玲子は思わず声をあげた。

「成功した?」


「どうでしょう。成功であれば、隣室の中央に移動しているはずですが……」


「いしのなかにいる、だけは勘弁してよね」

 玲子が自分でテスト要員にならなかったのは、それが怖かったからである。


「さすがにそれはありません。安全性は入念にチェックしてます」

 そう言って、水谷が歩き出す。玲子もそれに従う。


 隣室に繋がる扉を開けると、そこにメルルが立っていた。


「やった! 成功です!」

 と水谷が言った。


「いえ、ミズタニ殿……」

 メルルは困惑の表情を浮かべている。

「使用したはずの呪符が、まだ手元に残っております」


 見れば、メルルの手には先ほどと同じく、呪符があった。


「あれ?」

 と水谷が言った。

「勝手に消えてくれるわけじゃないんですね……。なるほど。使用したら呪符が消滅するように、明示的に魔法を設定しないといけないのか……」


 玲子は慰めるように言った。

「ま、一発でうまくいくわけないわ。機能的には問題なかったみたいだし、上々じゃないかしら」


「そうですね。この程度のバグなら、すぐ直せると思います」

 水谷は笑顔で言った。



「初めまして。私は、ダンジョン攻略支援運営局の代表を務めさせていただいています、橘玲子です。今日はよろしくお願いします」


「こりゃあご丁寧にどうも! あっしは、ボルタックなる、しがない商人でござんす。こう見えて、商人ギルドの長なんて大役を任されてたり、任されていなかったり。いや! 任されてるんですけどね!」


 課金アイテムは、ダンジョン地階の実店舗で販売する。ということは、販売する人員が必要になる。

 それを派遣してもらうために、商人ギルドとの交渉を行うことになった。


 ギルドマスターのボルタックは、禿頭の小男であった。揉み手をしながら、流れるようにおべんちゃらが垂れ流される。

「なんでも、タチバナ様は聖女様でもあらせられるとか。いやあ道理で、たいへんお美しくていらっしゃる。いやあ、眩しくて目が開けてられない! いや、眩しいのはあっしの頭ですかね! ボルタック・フラーッシュ!」


 頭に手を当てて、いないいないばあのようなことをするボルタックに、玲子は引きつった笑みを浮かべた。

 なに、このテンションは……?


「アンドリューさんもお久しゅう。お元気ですか? 余裕綽々ですか? 元勇者だけに!」


「そのジョーク、千回は聞いているぞ、ボルタックよ」

 はぁとアンドリューがため息をついて、玲子に言った。

「この者が商人ギルドの長、ボルタックにございます。誠に遺憾ながら、昔馴染みといいますか、我がパーティの一員だった男です」


「え? 商人さんが?」


「いいえー。あっしはもともとは盗賊でしてね。冒険の稼ぎを元手に起業いたしまして! 今では、ボルタック商店といえば、この街でそれなりに名が知られてまさぁ」


 アンドリューがぽつりと呟いた。

「ぼったくりのボルタック商店」


「何を仰るアンドリューさん。そいつぁ立派な営業妨害だ! いやまあ、語呂がいいのは認めますよ。言いたくもならぁ。ぼったくりのボルタック商店。悪くないやね」


「店で売るときは聖金貨二十枚の品が、買い取りだと聖金貨十枚になると聞くぞ」


「そいつぁ当たり前の話ですぜ、旦那。安く買って高く売らなきゃ、商いってもんが成り立ちゃしねえ」


「程度というものがあるだろう」


「客が気に入らなきゃ、買わなきゃいい売らなきゃいいんですよ。それでも買いたい売りたいってんだから、うちの商売は成り立ってんでさあ」


 アンドリューは、また大きなため息をつく。

「このような男ではありますが……まぁ面倒見も良く、商いの腕も良い、見た目と違って信頼もできると評判です。ダンジョンの店を任せても大丈夫でしょう」


「そうね。お願いできるかしら?」

 ひきつった笑顔で言った。

 さっきから、玲子の笑顔は引きつりっぱなしである。


 ボルタックが自らの胸を、どんと叩いた。

「よろしゅうござんす。大船に乗ったつもりでいてください!」

 それから玲子に顔を近づけて、指で丸を作った。

「それで、お代はいかほどいただけるんで?」



「メンテナンスモード?」

 と玲子は聞き返した。


 水谷がそれに答える。

「はい。念のために実装しておきたいなと」


 メンテナンスモードというのは、文字通りメンテナンスを行うためのモードである。一般ユーザーによる全機能へのアクセスを一時的に停止させるもので、その間に開発側で機能の修正やチェックなどを行うのである。


 首を傾げつつ、玲子は尋ねた。

「ダンジョンだと、どういう実装になる感じ?」


「メンテナンスモード発動と同時に、全ユーザーをダンジョン外に強制転移します。メンテが開けるまで、一般ユーザ-はダンジョンに侵入不可とします。もちろん、メンテ突破ユーザーはダンジョンへのアクセスが可能です」


 なるほど、と玲子は頷くとともに、渋面を浮かべた。

「うーん。たしかにあるに越したことはないけどさ。あんまり使いたくないわね」


 ユーザーを排除するということは、その間の売り上げがなくなるということである。しかも、ダンジョン探索中、強制的に転移させられるということであれば、それに対する補償も必要となろう。


 水谷ももちろん、それはわかっているようだった。

「そうですね。基本的には、事前にユーザー告知してから使います。緊急で使うのは、本当に本当の、緊急用って感じです」


「まあ、作っておいてもいいけど。使うかどうかは私が判断するから」


「もちろんです」


「あ! 間違って、ゴブリンとか魔族を外に転移させたりしないでね! めっちゃ大変なことになるからね!」


 わかってます、と水谷は苦笑した。

「では、時間を見つけて実装しておきます」


「オッケー。じゃあ、よろしく」



 それから、課金アイテムの制作は順調に進んだ。

 細かいバグは発生するし、メルルのデザインは時折、玲子たちに物議をかもした。それでも、スケジュールに遅延が発生するほどのトラブルはない。


 制作したのは、帰還の呪符、アイテム召喚、送還の呪符、そして全回復ポーションである。

 出前アイテムについては、さすがにオペレーションを含めた対応が間に合わなかったため、次回以降の実装としてスリップした。


 そして、年の瀬が迫る中、遂に――。

「オッケー! 完成!」

 すべての課金アイテムの準備が整ったのである。

開発フェイズですね。

次回更新は6/2です。

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