第49話 帰還アイテムどう作る?
玲子たちは、課金アイテムについて打ち合わせする。
そのうち、帰還アイテムの実装方法について検討を行うが――。
定例のミーティングである。
今回の議題は、課金アイテムの制作についてであった。
北條が言った。
「なにを作るか決まったの?」
玲子は答える。
「概ね決まった。けど、一度に全部は作れないでしょ? それぞれのアイテムについて、改めて作る作らないのジャッジをしたいのと、作るものについてはプライオリティを決めたいの」
「なるほど。一気に全部をリリースするわけじゃないんだね」
「ええ。最初は、特に売れそうなものと、作りやすいもので、いくつか数を用意して、それから順番に追加リリースしていく形を取りたいわ」
そう言って玲子は、皆に紙を配る。
それは、課金アイテムの企画書である。
「ペライチでごめんね。決まったらきっちり仕様書を起こすわ」
自身に配られたものと、フェリスに配られたものを見比べて、おお、と水谷は驚きの声をあげた。
「日本語とオルフェイシア語の2バージョンがあるんですね」
玲子は頷く。
「さすがにそろそろ、私もこっちの言葉を覚えないと、後々困りそうだから。今回はアルスに協力してもらって、一緒に翻訳した」
「翻訳魔法みたいなのがあればいいんですけどね」
「本当にね。ま、無いものは仕方がないけれど」
「話し言葉は何らかの力で翻訳されているわけですよね? だったら、どうにかできないかなぁ」
と言って、水谷が考え込む。
北條が言った。
「もしかするとこれが、俺たちに与えられたチート能力かもしれないね」
「なるほど、ありえない話ではないですね。そうなると、魔法じゃないかもしれないってことか。ダンジョン魔法でも無理かなぁ」
玲子は言った。
「でも、オルフェイシア語って、文法とか文字の記法とか、めちゃくちゃ日本語に近いわよね。表音文字だし、しかも五十音。文字と単語さえ覚えればだいたいいける感じじゃない?」
うん、と北條は頷いた。
「俺もそう思う。アルスくんにオルフェイシア語の授業をお願いしてもいいかもね。週一くらいで」
「まあ、それは追々。いまは、課金アイテムの話をしましょう」
さて、と言って、玲子は企画書を取り上げる。
「アイテム案はどれも、ユーザーニーズから掘り起こしたものだから、全く売れないってことはないと思う。水谷とフェリスにはプログラマーと魔法使いの視点から、実装難度なんかの指摘をお願い。北條とメルルは、デザイナー視点の意見をちょうだい」
皆が頷くのを確認してから、玲子は先頭に書かれたアイテムを示した。
「最初は、これ。帰還アイテムです。ダンジョンのどこからでも、ダンジョンの地階に転移できるアイテムね。正直、これはマストで作ります。間違いなく売れるから」
水谷が尋ねた。
「効果の対象になるのは、個人でいいんですか? それともパーティーごとワープさせます?」
「個人にしたい。帰還アイテムは、ほとんど必須アイテムになると予想しているの。全員に買ってもらって、これだけで入場税に相当する売り上げをあげたいの」
「てことは、これはかなり重要なアイテムですね……。了解です」
続いて、フェリスが問う。
「転移先はどこにするかの? 蘇生術と同じく、ひとりひとり別のセーフルームを作るかの?」
「いえ。それは必要ないわ。地階のどこか、特定の座標に飛んで大丈夫」
北條が言った。
「同じ座標に飛ばすのはまずくない? 何人かが同時に発動させると、ぶつかっちゃうかも」
「そうか。それはありうるわね」
「身体が混ざっちゃったりして」
と北條はおどける。おそらく、ハエと人間が混ざってハエ人間になる、古いホラー映画を思い浮かべているのだろう。
「いしのなかにいる、とかね」
玲子もそれに乗っかる。ウィザードリィの転移魔法は、座標を間違うと壁に埋まって即死し、このメッセージが表示されるのである。
笑いながら水谷が言った。
「目標の座標に他の物体がある場合、一人分ずらす処理を入れれば大丈夫でしょう。そのくらいはなんとでもなります」
玲子は頷く。
「それなら、地階の中心を目標座標にしましょう。アイテムの販売店舗も地階に設置する予定なのだけど、それは壁側に設置するようにするわ」
「承知した」
とフェリスが言った。
北條が言う。
「もしかしたら、手狭になるかもね。地階を広げたほうがいいかも」
「そうね。それは、店舗設営時に改めて検討します」
メルルが尋ねる。
「帰還アイテムの意匠はいかがいたしますか?」
「特にこれといって強い要望はないんだけど、用途と見た目が一致していると嬉しいかも。とはいえ、マストじゃなくって、ただの呪符とかでもぜんぜん構わないんだけど」
北條は言った。
「呪符にするなら、使ったときに何か演出入れたいかも。転移門が開いて、そこに入る形にするとか」
それを聞いた水谷が、少し眉をひそめて言う。
「使ったらすぐ転移するアイテムと、転移門を開くアイテムとでは、実装がまるで違ってきますね」
玲子は尋ねた。
「実装難度が低いのは、やっぱり前者かしら?」
うーん、と水谷は考え込んでから、答える。
「まあ、前者ですね。後者も、やってやれないことはないです」
「じゃあ前者にしましょう。今回については、実装の速度感と、バグを出さないことを優先する」
北條が頷いた。
「そしたら、できるだけ用途がわかるような見た目にしたいかもね。ファンサガの帰還アイテムだと……アリアドネの糸、だったっけ?」
北條の問いに玲子が答える。
「そうね。アイテムイメージは糸玉のイラスト」
メルルが尋ねた。
「その、アリアドネの糸というのは?」
「神話の話ね。迷宮に挑む英雄に、アリアドネって人が糸玉を渡して、端っこを入り口に結びつけるの。そのおかげで英雄は、複雑な迷宮から無事に帰ってこれたって話」
「なんと! 同じような話が、こちらの神話にもございます!」
「いいじゃない! そのモチーフが使えるかも!」
「あっ、いや、しかし……そのまま使うのは……」
「どうして?」
「こちらでの逸話は、ギンプルのゴボウ、と申しまして……」
「……ゴボウ? あの、野菜の? 細長くて黒くてひげのある、あれ?」
「はい」
「ちなみに、うちらの世界では、ゴボウにはそんなにいいイメージも悪いイメージもないんだけど。まあ見た目とか考えると、そんなにポジティブな印象でもないんだけど。ゴボウ野郎みたいなのは、完全に悪口だし……。この世界では、違ったりするの?」
「あ、いえ。この逸話のため、ゴボウは縁起の良い食べ物とされていまして、冒険者などはむしろ喜んで食すのですが、見た目があれでございますので……やはりあまりポジティブなイメージはございませんね」
「迷宮から脱出できる、ゴボウ型のアイテム……」
玲子は、改めて想像して、首を振った。
「却下です」
「ですよね」
ギンプルのゴボウという逸話がどのようなものか気にはなったが、話が逸れると困るので、ここはひとまず好奇心を抑える。
「今回は呪符にしておきましょう。呪符に描かれた文様なんかのデザインで、それっぽく見せる方向で。他のアイテムも、不都合がなければ同じ方針で制作する。そのほうが制作コストも低く済むしね」
にやにや笑いを浮かべて、北條が言った。
「じゃあ、帰還の呪符には、ゴボウを描くってことで」
「いや、だめだってば」
「格好いいゴボウならよくない?」
「できるんなら、それでもいいけど!?」
北條なら本当にやってしまうかもしれない。まあ、それならそれで問題ない。
細部については、実装担当者の裁量に、ある程度は任せるつもりであった。玲子は、その程度の信頼を水谷と北條においている。
ちなみに、メルルについては、全く信頼していない。便器のデザイン騒動は、それほどのインパクトがあった。
「てなわけで、この帰還の呪符が、ファーストプライオリティ。何度も言うけど、これは最優先で絶対に作る。ざっくり仕様で申し訳ないけど、工数の見積もりをお願い」
水谷、と指名すると、水谷は頷く。
「機能だけなら、ほとんど時間はかからないです。バッファ込みで、機能実装に三日、見た目実装に五日といったところでしょう」
見た目実装というのは、ユーザーの見える形、使える形にアイテムを仕上げるという意味である。
玲子は首を傾げた。
「見た目実装、本当に五日でいける?」
アイテムの制作は、なんだかんだで今回が初である。短すぎないだろうかと思ったのである。
「トイレで便器や洗面台なんかを作りましたからね。既にノウハウがあります」
「なるほど。じゃあ、北條のほうは?」
「五日くれる?」
「そんなに必要?」
「モチーフを何にするか、ちょっと揉みたくてさ。その調査込みで五日。ゴボウなら一日でいいけど?」
「五日あげます」
「オッケー。ちなみになんだけど、リリース日はいつになる予定?」
「帰還の呪符と、あと二つくらい別にアイテムを作ってから、無償化に踏み切りたい。チェック期間も込みで、そうね……再来月の初日にはリリースできるようにしたいわ」
「今が十一月だから、再来月っていうと……一月だね。ていうか、もう来年か」
「そういえば、こっちきてから、もう半年たってたんですね……」
玲子たちが召喚されたのは、元の世界で二〇二五年四月のことである。そのときは、こちらの世界もまた、四月であった。こちらの世界の暦は、日本とまるっきり同じである。
玲子は改めて言った。
「さて、他に何から作っていくか。検討を進めましょうか」
会議はまだ終わらない。
めっちゃ会議ですね。
次回更新は5/29です。




