第48話 魔族のマーカーが減った?
ダンジョンマップを見ていた水谷は、魔族を示すマーカーがひとつ減っていることに気づき――。
「あれ?」
水谷は呟いた。
フェリスの研究室である。水谷とフェリスは、このところ研究室に詰めている。
ダンジョン魔法の研究のためである。目的は当然、課金アイテムの制作にあった。
まだ具体的な制作物について玲子からの指示はないものの、準備はしておく必要がある。いわゆる、基礎研究というやつである。
「どうかしたかの?」
とフェリスが問いかける。
水谷は、中空に浮かぶダンジョンマップを示しながら言った。
「地下九階にあった魔族のマーカーが……減ってるんです」
以前まではここに、三つの逆三角形があった。それが二つになっているのである。
逆三角形は、ダンジョンへの侵入者である、魔族を示すマーカーであった。
魔族は、魔王が封印される前の時代から、ずっとダンジョンに居座っているモンスターである。
フェリスは言った。
「見間違いではないのか? もともと二つじゃったとか」
「いえ。間違いなく三つでした」
水谷は断言する。記憶違いではない。
これまでに何度も、その数は確認しているのである。
ふむ、とフェリスは考える仕草をした。
「別の場所に移動したかのう」
「いえ、九階に見当たらない以上、それは考えられないでしょう。ダンジョンの階段は、魔族の侵入を不可に設定してあります。なので、他の階層に移動することはできません」
「ならば……死んだか?」
「えっ、死んだ?」
「魔族も定命のものじゃて、死ぬこともあろうよ」
「確かに、そうかもしれませんが……」
フェリスは、何事でもないように、笑って言った。
「そう気にすることもあるまい。魔族が階層を移動できぬ以上、ダンジョンの外に出てくるということもなかろう」
「まあ、それはそうですね」
「そのようなことより、今は研究を進めねば。すぐにでも、課金アイテムの制作をせねばならぬのじゃろう?」
フェリスの言葉に、水谷は頷いた。
念のため、玲子には報告しておくべきだろうが、それは次の進捗報告会で良いだろう。
そう心に留めて、水谷は研究を再開した。
「と、いうようなことがあっての」
とフェリスは言った。
アンドリューの私室である。
私室といえど、そこで客を迎えることもあるので、十分な広さを持っている。調度品も豪華なものである。
その部屋に、二人の人間と、二人の亜人が集っていた。
アンドリュー、アルス、フェリス、メルルである。
フェリスの報告を受けたアンドリューは、むう、と唸った。そして、尋ねる。
「うまく誤魔化せたのか?」
「ミズタニ殿であれば、おそらく。あの方はお人よしなところがあるゆえ、疑うということは無かろうかと」
アルスが尋ねる。
「タチバナ様に話すでしょうか?」
「まず、話すであろうな」
フェリスの答えに、再び、アンドリューが唸った。
「タチバナ様は鋭いお方ゆえ、疑われるかもしれぬな……。しかし、メルルの正体までは、さすがに気づかれぬだろうとは思うが……」
メルルが頷いた。
「こちらの思惑通り、運営の皆さまは、私のことをただの獣人と考えておられるようです」
フェリスがクスリと笑った。
「しかし、よもや、おぬしがデザイナーとはの」
メルルはキラキラと目を輝かせて言った。
「この度は、本当にありがたい話をいただいて、感謝しております。自らのデザインした便器が、ダンジョンに設置されたときの感動と言ったらありませんでした!」
アルスが苦笑した。
「しかし、言動には気を付けていただきたいですね。面接のときなど、それっぽいことをポロっと言いそうになってましたよ!」
「す、すまぬ……。ついうっかりして」
フェリスが言った。
「しかし、九階の守護者であるおぬしが、デザイナーの仕事なぞしておっても良いのか?」
「冒険者はまだ八階でまごついているようですし、大丈夫かと存じます。配下の者は残してありますし、いざとなれば私も、フェリス様の作られたテレポーターですぐに戻れるでしょう」
「あれを作ったのはわらわではなく、ミズタニ殿じゃ。あの御仁の才能には恐れ入る」
「運営の皆さまは本当に優秀であられますね。タチバナ様はもちろんのこと、ホージョー様の仕事への取り組み方などは、大いに学ぶところがございます。私へのアドバイスも非常に的確で、いつも感心しております。早く怪我が治って、あの方の描く絵を見せていただきたいものです!」
「おぬしは本当に絵が好きじゃのう」
フェリスは笑い、そして、言った。
「魔王軍の四天王が一人、魔人メルルよ」
――魔人メルル。
その名は、聞くものが聞けば、恐怖に震えあがる名であった。
ダンジョンの地下九階層において、幾度となく王国軍を撃退した、魔王軍の猛将である。
彼女の頭部の角は、牡羊のものなどではない。悪魔の、それである。
「今後とも、慎重に行動せよ」
とアンドリューは言った。
「我々が魔王軍と通じていることは、まだ、運営の皆様に明かすわけにいかぬのだからな」
衝撃の事実!(?)
次回更新は5/28です。




