第47話 もう言い訳できないじゃん!
酒場で世間話をする勇斗とアンジェロ。ダンジョンの入場税がなくなるという噂に、勇斗は――。
「勇斗、知ってる? ダンジョンに……」
「トイレが出来たんだろ?」
「あ、知ってたんだ」
「建築ギルドに出入りしてる身なもんでね」
ベルモントの酒場である。
勇斗とアンジェロの会合は、ほぼ恒例と化している。場所が酒場とはいえ、二人が飲んでいるのは、いつものようにお茶である。
アンジェロはともかくとして、勇斗にはアンジェロ以外の友人がいない。時間が合えば常に付き合ってくれるアンジェロの存在は、勇斗にとってありがたいものだった。
「もしかして、トイレの建築って、勇斗も手伝ったの?」
「いや。あれは建築ギルドの偉い連中だけでやったみたいだな」
「そうなんだ」
「どうも、これまでにない建築法で、部外者に見せないようにえらく気を使ったって話だ。ダンジョンに入るっていうのに、冒険者の護衛もつけなかったらしい」
「えっ? そんなの、危ないじゃん」
「その代わりの護衛が、ベルモント候とギルガメッシュさんだったんだよ。元勇者と、そのパーティの戦士だぞ。そのへんの冒険者よりよっぽど頼りになるさ」
「うへえ。確かにそれはそうだね」
と言って、アンジェロはため息をついた。
「勇斗もいい加減、ダンジョンに入ったら?」
勇斗はそれに答えず、ゆっくりと茶を飲んだ。
「結局、ギルガメッシュさんの紹介、断っちゃったんでしょ?」
はぁとため息をついて、勇斗は言った。
「そんなこと言われたって、俺はもう、貴族ってやつが信用できねーんだよ」
ギルバート伯のところを解雇されたことで、散々な目にあっているのである。
アンジェロが眉根を寄せた。
「それは……まあ、わかんなくもないけどさ」
「貴族以外にだったら雇われてやらねーこともない」
と勇斗は、偉そうに肩をすくめてみせる。
「これも噂なんだけどさ」
と言って、アンジェロが勇斗を手招きした。
勇斗が身を寄せると、声を潜める。
「ダンジョンの入場税、撤廃されるかもだってよ」
「まじで!?」
大きな声が出てしまった。
この街のほとんどの冒険者が貴族に雇われているのは、この入場税が理由である。それが撤廃されるとしたら、どういったことが起こるのだろうか。
にっこりと笑って、アンジェロは言った。
「もしそうなったら、勇斗はどうする?」
「そりゃあ……」
と言ってから、口ごもる。
既にダンジョンで死ぬことはない。
その上で、入場税までなくなるという。そうなれば、貴族との契約は、必須ではなくなる。
勇斗がダンジョンに入らない理由は、もうないと言っていい。
そんな勇斗を見透かしたように、アンジェロが言った。
「次の言い訳は何かな? うーんと、一人じゃダンジョンに入れない、とか、どうかな?」
たしかにそれはあるな、と勇斗は思う。
しかし、それを口にする前に、アンジェロが言った。
「残念でした! 勇斗にはもう、僕っていうパートナーがいるもんね!」
勇斗は苦笑する。
はぁとため息をついて、言った。
「わーった。行きゃあいいんだろ、行きゃあよー」
「やったー! 約束だからね! 僕、それまで身体空けとくからさ」
「でも、入場税の撤廃って、本当にあり得るのか?」
「冒険者ギルドで、ランキング上位の冒険者が、運営と会合したのって、知ってる?」
「いや、知らねえな」
冒険者の間の噂には疎いのである。
「そこで、一部の冒険者には知らされたみたいだよ」
「ふーん」
ということは、運営から、何らかの意図をもってリークされた情報ということだろう。勇斗には、その意図までは推測できないのだが。
「ただ、まあ、確度の高そうな情報ではある――か」
そのような形でリークされたものであれば、反故にはしにくいであろう。
ということは、近い将来、入場税は撤廃される。結果として、勇斗はダンジョンへ赴くことになるということである。
それは気が重い。重いが――。
アンジェロと二人であれば、少し楽しみな気が、しないでもなかった。
思い出したようにアンジェロが言った。
「そういえば、運営の局長って、女性らしいね」
「そうなのか?」
「うん。その会合に出た人が言ってた。しかも、聖女様なんだって!」
「聖女様? って、なんだ?」
アンジェロは、吟じるように歌いあげる。
世が乱れるとき、異世界より聖女が来る
その右頬には、神殿をかたどった聖痕あり
聖女はその力により、世を平らかなさしめよう
おお、と勇斗は、思わず拍手した。
「めっちゃ上手いじゃん!」
アンジェロが頬を赤くして照れながら言った。
「というように、世の中が乱れているときに現れて、平和をもたらしてくれるっていう伝承が、神殿の聖典にあるんだよ」
「それって、自称?」
「そんなわけないじゃん。神殿が査問して認定するんだよ」
「へえ。そういうの、立候補するんかな」
「昔いた聖女様の中には、そういう人もいたみたいだね。今回の聖女様は、ベルモントに来ていた司教様が、たまたま見つけたんだって」
「ああ。聖痕ってやつか……」
勇斗は自らの右手を見た。
かつてのギルバート伯の言葉を思い出す。
――勇者様の召喚にあたり、神殿で神に祈り託宣を賜ったのです。異世界にて、竜を右手に宿しものこそ、魔王を打倒しうる勇者なり、と。
勇斗の右手には、竜と呼ぶにはいささか苦しい形状の、火傷の跡がある。
「こんなもんがあったせいで、俺は……」
思わず、呟いた。
そのとき――。
「ユート!」
とアンジェロが言った。
「そのおかげで、僕たちは出会えたんだ」
強い光を放つ瞳が、そこにあった。
この瞳を見返す資格が、俺にはあるんだろうか?
その答えを、勇斗はまだ持っていない。
次回更新は5/27です。




