表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/91

第47話 もう言い訳できないじゃん!

酒場で世間話をする勇斗とアンジェロ。ダンジョンの入場税がなくなるという噂に、勇斗は――。

「勇斗、知ってる? ダンジョンに……」


「トイレが出来たんだろ?」


「あ、知ってたんだ」


「建築ギルドに出入りしてる身なもんでね」


 ベルモントの酒場である。


 勇斗とアンジェロの会合は、ほぼ恒例と化している。場所が酒場とはいえ、二人が飲んでいるのは、いつものようにお茶である。

 アンジェロはともかくとして、勇斗にはアンジェロ以外の友人がいない。時間が合えば常に付き合ってくれるアンジェロの存在は、勇斗にとってありがたいものだった。


「もしかして、トイレの建築って、勇斗も手伝ったの?」


「いや。あれは建築ギルドの偉い連中だけでやったみたいだな」


「そうなんだ」


「どうも、これまでにない建築法で、部外者に見せないようにえらく気を使ったって話だ。ダンジョンに入るっていうのに、冒険者の護衛もつけなかったらしい」


「えっ? そんなの、危ないじゃん」


「その代わりの護衛が、ベルモント候とギルガメッシュさんだったんだよ。元勇者と、そのパーティの戦士だぞ。そのへんの冒険者よりよっぽど頼りになるさ」


「うへえ。確かにそれはそうだね」

 と言って、アンジェロはため息をついた。

「勇斗もいい加減、ダンジョンに入ったら?」


 勇斗はそれに答えず、ゆっくりと茶を飲んだ。


「結局、ギルガメッシュさんの紹介、断っちゃったんでしょ?」


 はぁとため息をついて、勇斗は言った。

「そんなこと言われたって、俺はもう、貴族ってやつが信用できねーんだよ」

 ギルバート伯のところを解雇されたことで、散々な目にあっているのである。


 アンジェロが眉根を寄せた。

「それは……まあ、わかんなくもないけどさ」


「貴族以外にだったら雇われてやらねーこともない」

 と勇斗は、偉そうに肩をすくめてみせる。


「これも噂なんだけどさ」

 と言って、アンジェロが勇斗を手招きした。

 勇斗が身を寄せると、声を潜める。

「ダンジョンの入場税、撤廃されるかもだってよ」


「まじで!?」

 大きな声が出てしまった。

 この街のほとんどの冒険者が貴族に雇われているのは、この入場税が理由である。それが撤廃されるとしたら、どういったことが起こるのだろうか。


 にっこりと笑って、アンジェロは言った。

「もしそうなったら、勇斗はどうする?」


「そりゃあ……」

 と言ってから、口ごもる。


 既にダンジョンで死ぬことはない。

 その上で、入場税までなくなるという。そうなれば、貴族との契約は、必須ではなくなる。

 勇斗がダンジョンに入らない理由は、もうないと言っていい。


 そんな勇斗を見透かしたように、アンジェロが言った。

「次の言い訳は何かな? うーんと、一人じゃダンジョンに入れない、とか、どうかな?」


 たしかにそれはあるな、と勇斗は思う。


 しかし、それを口にする前に、アンジェロが言った。

「残念でした! 勇斗にはもう、僕っていうパートナーがいるもんね!」


 勇斗は苦笑する。

 はぁとため息をついて、言った。

「わーった。行きゃあいいんだろ、行きゃあよー」


「やったー! 約束だからね! 僕、それまで身体空けとくからさ」


「でも、入場税の撤廃って、本当にあり得るのか?」


「冒険者ギルドで、ランキング上位の冒険者が、運営と会合したのって、知ってる?」


「いや、知らねえな」

 冒険者の間の噂には疎いのである。


「そこで、一部の冒険者には知らされたみたいだよ」


「ふーん」

 ということは、運営から、何らかの意図をもってリークされた情報ということだろう。勇斗には、その意図までは推測できないのだが。

「ただ、まあ、確度の高そうな情報ではある――か」

 そのような形でリークされたものであれば、反故にはしにくいであろう。


 ということは、近い将来、入場税は撤廃される。結果として、勇斗はダンジョンへ赴くことになるということである。


 それは気が重い。重いが――。

 アンジェロと二人であれば、少し楽しみな気が、しないでもなかった。


 思い出したようにアンジェロが言った。

「そういえば、運営の局長って、女性らしいね」


「そうなのか?」


「うん。その会合に出た人が言ってた。しかも、聖女様なんだって!」


「聖女様? って、なんだ?」


 アンジェロは、吟じるように歌いあげる。


 世が乱れるとき、異世界より聖女が来る

 その右頬には、神殿をかたどった聖痕あり

 聖女はその力により、世を平らかなさしめよう


 おお、と勇斗は、思わず拍手した。

「めっちゃ上手いじゃん!」


 アンジェロが頬を赤くして照れながら言った。

「というように、世の中が乱れているときに現れて、平和をもたらしてくれるっていう伝承が、神殿の聖典にあるんだよ」


「それって、自称?」


「そんなわけないじゃん。神殿が査問して認定するんだよ」


「へえ。そういうの、立候補するんかな」


「昔いた聖女様の中には、そういう人もいたみたいだね。今回の聖女様は、ベルモントに来ていた司教様が、たまたま見つけたんだって」


「ああ。聖痕ってやつか……」

 勇斗は自らの右手を見た。


 かつてのギルバート伯の言葉を思い出す。


 ――勇者様の召喚にあたり、神殿で神に祈り託宣を賜ったのです。異世界にて、竜を右手に宿しものこそ、魔王を打倒しうる勇者なり、と。


 勇斗の右手には、竜と呼ぶにはいささか苦しい形状の、火傷の跡がある。


「こんなもんがあったせいで、俺は……」

 思わず、呟いた。


 そのとき――。


「ユート!」

 とアンジェロが言った。

「そのおかげで、僕たちは出会えたんだ」


 強い光を放つ瞳が、そこにあった。


 この瞳を見返す資格が、俺にはあるんだろうか?


 その答えを、勇斗はまだ持っていない。

次回更新は5/27です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ