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第43話 ダンジョンにトイレが必要ですか?

ダンジョンにトイレを作ると宣言した玲子。

しかし、アンドリューの反応は芳しくなく――。

「公衆トイレ? ダンジョンに?」

 北條が首を傾げた。

「ていうか、ダンジョンのトイレってみんなどうしてるの?」


 玲子は冒険者たちに聞いた、ダンジョンのトイレ事情について説明する。


「まじ!? 他人が後ろに立ってる状態で!? 俺、絶対無理なんだけど!?」


「でしょでしょ! しかもこれ、女性冒険者も同じ状況なの!」


「嘘でしょ!? ありえない!」


 玲子と北條の盛り上がりに対し、水谷はやや共感よりのリアクションを見せていたが、アンドリュー、アルスなどはまるでピンときていないようであった。


 アルスが言った。

「ダンジョンですし、トイレなど、そうなるのは当然では?」


 水谷が尋ねた。

「というか、その、排せつ物を回収したりは、してないですよね? そのまま放置されてるってことですか?」


 アンドリューが答える。

「ダンジョンには自浄作用があるのです。魔物の死体などの遺棄物があっても、およそ三日ほどで浄化されます。排せつ物も同じです」


「とは言ってもさあ!」

 と玲子は言う。

「不潔じゃない? 病気とかも怖くない? だって街とかお城とかは、まさかの水洗式だし、びっくりするくらい清潔じゃない。ダンジョンはいいわけ?」


「ダンジョンは、人の居住する場所ではありませんので……」


「いや、それもそうなんだけど!」

 全く話がかみ合わない。これは異世界人と現代人の価値観の相違である。

「もういいわ。とにかく、公衆トイレを作るの!」


「お待ちください。一体、どのようにして作られるおつもりで?」


「そんなの、地図魔法のレベルエディターで、ぱぱーっとやっちゃうわ」


「いや、玲子ちゃん。残念ながらそう簡単にはいかなくない?」


 北條の言葉に、玲子は首をかしげる。

「え? でも、部屋なんて簡単に作れるわよ。作ったことあるし」


「部屋は作れても、便器とか洗面台はどうするわけ?」


「あ、そうか……」

 と玲子は言った。

「言われてみれば、オブジェクトの作成は、これまでやったことないわね……」


「それだけではございません」

 とアンドリューが言った。

「冒険者への説明をどうなさるおつもりで?」


「説明って?」


「いきなりダンジョン内に公衆トイレとなる空間が出現するのです。なぜそのようなものが出来たのか、作ることが出来たのか、それを冒険者にどのように説明なさるおつもりですか?」


 玲子たちがダンジョンを自由に作り変えられることは、冒険者には秘密である。


「それは……」

 と玲子は絶句する。

 普段であれば、実装に当たってしっかりと計画を立て、問題点を洗い出す。それを何もしていなかったことに、今になって玲子は気づいた。どうやら気が急いていたようである。

「ごめん。ぜんぜん考えが足りてなかったわ」


 アンドリューは言った。

「申し上げますと、正直なところ私は反対です。必要なものとは思えませんし、そもそもがトイレの有無など売り上げに影響しないでしょう」


 いいえ! と玲子はそれを強く否定した。

「ソーシャルゲーム開発に、売り上げに影響しないものなんてないわ」


「どういう意味ですか?」


「ソーシャルゲームの売上は、継続率と相関するってことよ」


「と言いますと?」


「ユーザーは、ゲームを継続している限り、いずれどこかで課金する可能性がある。離脱したら、そこで終わり。だから、ソーシャルゲームのすべての要素は、継続率を上げるため、ユーザーに継続的に遊んでもらうために存在するの。しなくちゃいけない」


「ふむ……?」

 アンドリューはまだ腑に落ちていないようである。


 玲子は言った。

「前にも言ったでしょう。バケツの穴よ」


「バケツの穴……。たしか、ユーザーの離脱を例えたものでしたね」


「そう。手触りの悪いインターフェイスとか、起動時間の遅さとか、そういうどこかしら不便な部分だったりするところに、ユーザーは不満を持つ。その不満が解消されなかったら、いつかは離脱してしまうの。こういったポイントが、まさしくバケツの穴になるわけ」


「よくわかりませんが、それが、ダンジョンのトイレだと?」


「そう。もちろん、男性はそんなに不満を持っていないかもしれない。でも、女性にとっては大問題なの。冒険者を辞めようかと悩むくらいにね」


「とはいえ、ダンジョンに挑む女性冒険者は、そう多くありません。全体の一割といったところです」


「え? この世界では、女性冒険者ってそんなに少ないわけ?」

 確かに、ユーザーインタビューで会った女性冒険者たちは、そのくらいの割合だったかもしれない。


「いえ、ダンジョンだけの特殊事例です。一般的には、全体の三割ほどの女性冒険者がおりますが……」


「そうなのね。だったら、ダンジョンという環境に、女性冒険者が挑みづらい状況があるんじゃない? それが、トイレ問題かもしれないわ」


「私は、ダンジョンという過酷な環境ゆえのことと考えております。まさか、トイレひとつでそのようなことは、ないのではないかと……」


 玲子はため息をついた。

 どこまでいってもかみ合わない。それは、アンドリューが男性のせいでもあるだろう。

「アンドリューさんのパーティに女性はいなかったの?」


「おりましたが……。そういえば彼女がトイレに行くのを見たことがない……? そんな、まさか……」


「そんなことある!?」


 そこでフェリスが口を出す。

「アンドリュー殿のパーティの女性というのは、わらわのことじゃ」


 えっ!? と玲子をはじめ、三人が驚く。

「そうだったの!?」


「うむ。そこでわらわは、アンドリュー殿と共にダンジョンコアに接触した。だからこそ、レプリカの作成も可能であったのじゃ」

 そう言って胸を張る。


 玲子は尋ねた。

「で、トイレはどうしてたの?」


「身体操作魔法でどうにかしておった。皆の前でするのは、絶対に、絶対に、嫌じゃったでの」

 フェリスは、絶対に、というところを強調した。


「身体操作魔法?」


「身体に干渉して、様々な効能を得ることのできる種類の魔法じゃ。わらわの使ったのは、身体の代謝を、極端に遅らせるものじゃ。そもそもエルフは代謝が少ない生物。そこに、代謝遅延の魔法を合わせれば、一か月程度は飲まず食わずでいることができる。従って、トイレに行く必要もない」


「そんなことができるの!? じゃあ、それを魔道具とか呪符にすれば、トイレ問題は解決?」


「それがの。やはり問題はある。副作用じゃ」


「副作用? どんな?」


「すべての自然治癒力の無効化じゃ。毒などへの耐性も皆無に近くなろう。肉体の代謝を落とすということは、そういうことでもある」

 そう言って、つまり――、とフェリスは続けた。

「――下手すれば死ぬ」


「死ぬの!? でも、フェリスはその魔法を使っていたんでしょ?」


「うむ。しかし、人前でトイレするくらいなら死んだほうがましじゃて」


 な!? と衝撃を受けたのはアンドリューであった。

「そ、それほどまでなのか!?」


「それほどまでじゃ」

 きっぱりとフェリスは言った。


 アンドリューは、がっくりと肩を落とした。

「……すまん。気づいてやれず」


「よい。わらわも気づかせぬようにしておったでの。食事も共にしているふりをしておった」


「そうであったか……。女性にとってトイレの問題が、それほどのことだとは……」


「わかってくれた?」


 玲子の問いに、はい、とアンドリューが頷く。

「確かに、ダンジョン探索者に女性が少ないのは、これが理由かもしれません」


「それじゃあ?」


「ええ、作りましょう。ダンジョンに――」

 アンドリューは、ぐっとこぶしを握った。

「女性が安心して入れるトイレを!」

次回更新は5/21です。

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