第42話 ユーザーニーズを掘り起こせ!
玲子は引き続き、冒険者の要望を聞いていく。
そんな中、女魔法使いのレイアから出た意見に、玲子は涙ながらに同意する――。
「他に欲しいアイテムはありませんか?」
この質問への、冒険者たちの回答は、玲子の求めるレベルに達していなかった。
彼らから出される提案は、既に存在するアイテムの延長線上にあるもので、玲子からして、あまり売れる見込みはなさそうに思われた。
それは仕方がないことである。彼らはダンジョンの魔法の万能さを知らない。玲子からしても、それを喧伝するわけにはいかないのである。
玲子は質問の方向を変えることにした。
「現在のダンジョン探索で、お困りのことはありませんでしょうか?」
具体的なアイテムのアイデアではなく、ニーズそのものについて尋ねる。そこから、新アイテムのアイデアを練ろうという魂胆であった。
ふむ、とハンソンが顎に手をやる。
ややあって、答えた。
「特にないな」
玲子は思わずずっこけそうになる。
「そんなわけないだろ!」
突っ込んだのはジミーである。
「こないだだって、メシがまずいって文句垂れてたじゃねえか」
「そりゃそうだが、ダンジョン探索のメシなんてそんなもんだろ」
「いいえ!」
と玲子は言う。
「そういう、皆さんが当たり前と思っていることでも、改善できる余地があるなら、どうにかしていきたいです!」
「じゃあ、美味いメシが食いたい!」
と横からカイルが言った。
「いや、そこまで贅沢は言わない。何でもいいから、温かいメシが食いたいぜ」
ああ、と皆が納得の声をあげる。
「確かに、ダンジョン探索のメシっつったら、いっつも干し肉みたいなのしかないからな」
「ダンジョンで火を使うには、薪やら何やら、いろいろ準備がいるからなぁ。それに食材まで運んでたら、めちゃくちゃ大荷物になっちまう」
なるほど、と玲子は言った。
確かに、人間にとって、食の問題は大きい。ゲームの観点からは出てこなかった方向のアイデアである。
食料アイテムか……。作れるかしら?
わからないが、検討する価値はありそうである。
「承知しました。持ち帰って検討させていただきます」
おお、と冒険者から喜色の滲んだ声があがる。
玲子は慌てて、念のための注釈を入れる。
「とはいえ、これについてはお約束できません。あまり期待なされませんよう」
「いいってことよ」
とカイルが言った。
「とりあえず言ってはみたものの、無茶なお願いだなとは思ってたからさ」
そこで、ふと思いついたように、ジミーが言った。
「でも、ダンジョンの野営で火が使えたら、って思うことはあるな」
玲子は尋ねた。
「ダンジョンでも、夜は寒いんですか?」
いや、とジミーは答える。
「ダンジョンに夜はない。常に明るいし、気温も一定だ。だから、そのために火が必要になることはないんだが……」
「そうなんですね」
考えてみれば玲子は、ダンジョンの中について多くを知らない。
ジミーは続けた。
「ただ、火ってやつは、獣よけになるんだ。魔物の中にも、火を嫌う奴は多いしな」
「そうだな。野営のときは、どうしたって誰かが不寝番をしなくちゃいけないんだが、火があれば随分と楽だ」
「なるほど」
――つまり、火そのものが欲しいのではなく、野営における安心が欲しいわけね。
「では、野営時に使える結界などはいかがでしょう?」
我ながらいい提案だと思ったのだが、反応は芳しくなかった。
「結界なぁ……」
と言って、ジミーは渋面を作る。
「あれって、あんまり当てにならないんだよな」
うんうん、とカイルが頷く。
「低位の魔物なら寄せ付けないんだが、高位の魔物となるとな。ダンジョンでは、地下四階あたりで、もう役立たずだ」
ふむふむ、と玲子は頷く。
「それでは、ダンジョンの魔物を完全に寄せ付けないとなれば、需要はありますでしょうか?」
「そりゃ、あればいいと思うが、そんなものが作れるのか?」
期待というより、疑念を浮かべてジミーが問う。
「可能性はあります」
「本当か? しかし、信じられんな」
「ダンジョンの魔物に対して、結界は役に立たないっていうのが、俺たち冒険者の認識だからな……」
「値段によるだろうが、わざわざ買って試そうって奴はあんまりいなそうだな」
「うん。少なくとも、俺らは買わないだろうな」
散々な言われようである。そうなると、作っても意味はないかもしれない。
うーん、と玲子は考え込む。
需要はありそうだが、売れるかどうかは微妙そうである。
「ご意見ありがとうございます。とりあえず、これも持ち帰って検討してみましょう」
あの、とレイアが控えめに手をあげた。
心なしか、少し顔が赤らんでいる。
「はい。なんでしょうか?」
「すごくすごく困っていることがあるんだけど、いいかな……?」
「それはそれは! 是非ともお聞かせください!」
玲子は、ぐっと身を乗り出した。
しかし、レイアはなかなか話を切り出そうとしない。
「あの……、えっと……」
もじもじと身をよじっている。
ややあって、意を決したように言った。
「あの……。ダンジョンのトイレって何とかならないかしら!?」
ああっ! と玲子は声をあげた。
トイレ! 女性にとってのトイレ問題は、究極的に重要な問題である。
玲子は尋ねた。
「ちなみに今って、ダンジョンでのトイレはどうされているのですか?」
ああ、とジミーが答える。
「立ちションだな」
うんうん、と男連中が頷く。
最っ低! と玲子は心の中で毒づいた。しかし、ダンジョンであれば仕方がないのだろうか。
「いや、しかし、大のほうは?」
と玲子は尋ねる。
「野グソだな」
事もなげにジミーは言った。
「クソしてる奴の後ろに、別の奴が立って、魔物に警戒しながら野グソする」
まじ? 最悪じゃん……。
「えっと、レイアさんは……?」
玲子の問いに、両手で顔を覆って、レイアが答えた。
「そいつらと同じよ……」
うわあ、それは無理! 同性として可哀そうすぎる! 女性冒険者ってまじで過酷!
「正直、これのせいで、何度も冒険者を辞めようかと思ったわ……」
玲子は思わず、レイアの手を握った。
「わかりました! 絶対に、絶対にどうにかします!」
「ほ、本当に?」
「はい。もう、何があっても、最優先でどうにかします!」
「ありがとう、聖女様! あなたって本当に聖女様だわ!」
レイアはとうとう泣き出してしまった。玲子も思わずもらい泣きしてしまう。
つらかったね、レイアさん。絶対に私がなんとかするから……。
「飯に、野営に、厠か」
ルミナス伯がつまらなそうに言って、ため息をついた。
「近頃の冒険者は、実にたるんでおるな」
玲子は思いっきりルミナス伯を睨みつけてやった。
その後もユーザーインタビューは続けられた。
帰還の魔道具のアイデアは、他のパーティにも喝采をもって迎えられた。そのたびに玲子は、売れ行きに対する確信を深めていく。
彼ら冒険者たちの話した困りごとは、概ねルミナス伯のパーティのインタビューで出たものと同様であった。要するに、衣食住といった、ゲームではなくリアルに寄った困りごとである。
それがわかっただけでも、今回のインタビューは大成功と言えた。玲子たちはゲーム運営であるから、それらのゲームと関係しない要望について、思考の外にあったのである。
ゲーム的なアイテムとしては、現実のゲームと概ね同じ方向性で考えてよさそうである。そう、玲子は判断した。つまり、時短や効率化を実現するアイテムである。お金を払えば効率的にゲームが進められますよ、というのは、ゲーマーに対するものと同様に、冒険者やそのパトロンに対しても同じく訴求できそうである。
そして、それとは別に、ユーザニーズに合った、冒険生活を快適にするアイテムを用意する。これは、異世界で現実に冒険をしている冒険者に対する訴求である。
この二つを軸にして、課金アイテムを展開することを、玲子は決めた。
そして最後に、トイレである。
これについては課金でもアイテムでもない。そんなしみったれたことは言わない。これは、女性の尊厳の問題なのである。
運営メンバーを前にして、玲子は宣言した。
「ダンジョンに、公衆トイレを設置します!」
次回更新は5/21です。




