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第41話 ダンジョンの帰路なんて、何もいいことがない!

玲子は、制作する課金アイテムについて、冒険者から話を聞く。

玲子の提案した帰還の魔道具に、冒険者たちのテンションが爆上がりするが、スポンサーであるルミナス伯は――?

「俺は冒険者ギルドマスター代理のギルガメッシュだ。此度は、ギルドの招聘に応じていただき感謝する」

 会合は、ギルガメッシュの挨拶から始まった。

「そしてこちらが……」

 とギルガメッシュは、玲子を視線で促した。


「初めまして、私はダンジョン攻略支援運営局の代表を務めています、橘玲子です。本日はよろしくお願いします」


 玲子の自己紹介に、おお、と冒険者たちが声をあげる。それから、口々に言った。

「それでは、あなたが噂の聖女様か!」

「確かにその頬の痣は、神殿の紋章と同じもの……」

「本当に異世界人なのね」


 その反応に、玲子は一瞬たじろいだ。

 噂になってるのね……。まあ、仕方がないか。


 こほん、と咳払いして、玲子は気を取り直す。

「本日はご参加ありがとうございます。あなたたちが、ルミナス伯のパーティですね?」


 代表して、がっしりとした体格の男が答える。

「ああ。パーティリーダーのハンソンだ。よろしくな」


 今回のユーザーインタビューでは、ランキング上位十組のパーティを招聘してもらっている。参加を見送ったパーティもあったものの、ほとんどが参加を了承した。


 ルミナス伯のパーティは、現在、ランキング八位の地位にあり、最初に会合の都合をつけてくれたパーティである。

 戦士ハンソン、盗賊ジミー、魔法使いレイア、僧侶カイル、戦士ベンの五人が、パーティメンバーの全員である――はずであった。


 では、もう一人の、瀟洒な服を着た初老の男性は……?


「吾輩が彼らの雇い主である、ルミナスである! 本日はよろしくお願いいたす」


 は? 冒険者しか呼んでないんだけど?


 玲子は思わず、ギルガメッシュの顔を見た。


 彼もまた渋面を浮かべて玲子を見ている。

 その目が、俺だって知らねえよ、と言っていた。


 玲子はため息を隠して、笑みを作った。

「ルミナス伯、ようこそおいでくださいました。お目にかかれまして光栄に存じます」

 言ってから、学んだばかりの貴族流のお辞儀を披露した。

 相手が貴族である以上、失礼な態度は見せられない。玲子も先日の神殿騒動から学んでいるのである。


「うむ。吾輩も、噂の聖女様にお会いできて光栄至極である! 此度のダンジョンでの蘇生の奇蹟の実践には、我々も大いに感謝しているところである!」

 そう言って頭を下げる。


 大きな声であった。地声であろうか。体格が良いせいもあって、ルミナス伯は貴族というより武人のイメージである。


「しかも今回は、我々の話をお聞きいただき、今後の支援についてご考慮願えるとのこと。さすが聖女様と感服する次第である!」

 呵々と大笑する。


 玲子は気圧されそうになるところを必死でこらえ、笑顔を浮かべた。

「はい。是非、ご意見をお聞かせください」


 とはいえ、用意しているインタビューの内容は、冒険者向けのものである。まさかパトロンの貴族がやって来るとは思ってもいなかった。

 しかしこれは、考えようによってはチャンスでもある。金を出すのは貴族なのである。課金アイテムを冒険者が欲しいと思っても、パトロンが金を出したいと思わなければ意味はない。インタビュー初日から、そこを確認するチャンスが巡ってきたということである。


 ただ、ひとまずは予定通りに進めることにする。

「私たち運営は今後、ダンジョンでのアイテム販売を始めようと計画しています。皆様には、そこでどのようなアイテムが取り扱わられると嬉しいか、要望をお聞きしたいと思っています」


「アイテム? っていうと、ポーションとか、そういったやつか?」


「はい。ダンジョン探索の支援になるものを用意したいと考えています」


「そういうのは、正直、間に合ってるなぁ」

 そう言ったのはハンソンである。

「ベルモントの街で手に入るポーションはどれも高品質だ。それに、ベルモント候の支援があるおかげで、よその街で買うよりもずいぶんと安い」


 ジミーが尋ねた。

「店はどこに出すんだい?」


「ダンジョンの地階に店舗を新設する予定です」

 と玲子は答える。ダンジョン内でなければ、ダンジョンの魔法でアイテムを作ることができないのである。


「あんなとこにか!?」

 とジミーは驚く。

「じゃあ、完全にダンジョン探索者向けの店ってわけだな」


「そうなりますね」


「だったら、ますますポーションなんかはいらねえかもな。ダンジョンに入ろうっていうんだ。その時点で準備は万端。わざわざダンジョンの地階で買い物する奴なんかはいねえだろ」


「なるほど」

 と玲子は納得する。たしかに、市井で手に入るものをわざわざ売る意味はなさそうである。ホテルの自販機のように、外でも買えるものを割高で置こうかとも思っていたのだが、あまり売れないかもしれない。

「私たちとしては、街では手に入らないような、そこでしか手に入らないアイテムを販売しようと考えているんです。まだ制作には入っていませんが、魔法のアイテムを制作する予定でいます」


「魔法のアイテムっていうと、何らかの魔道具ってことだな」


「はい」


「どんなものだ?」


 そうですね、と言って、玲子は考える。

 とりあえず、今なんとなく考えているアイテムについて、冒険者の反応を見るのはいいかもしれない。


 全回復ポーションは、あんまり必要ないかもね。それじゃあ……。

「たとえば、ダンジョンのどこにいたとしても、一瞬でダンジョンの地階に戻ることができるアイテムとか」


 えっ!? と、皆が驚愕の声をあげた。

「そっ、そんなことができるのか?」

「めちゃくちゃ便利じゃん!」

 冒険者たちのテンションが急激に上がった。


 その迫力に、少したじろぎながら玲子は尋ねる。

「えっと……、このアイテムだったら、欲しいですか?」


「欲しいに決まってる!」

 とハンソンが言った。

「ダンジョンの帰路ってのは、本当にしんどいんだよ! 深いところまで進むと、帰路も馬鹿にならないくらい時間がかかる。探索で疲れ切った体で戻ることになるから、行きよりきついんだ。しかも、安全性を考えると同じ道を戻るしかないから、発見も何もない。お宝に出会うこともないんだよ! 疲れる上につまらんし、危険だってゼロじゃない」


 ハンソンは早口でまくし立ててから、万感の思いを込めて言った。

「帰路なんて、何にもいいことがない!」


 冒険者の皆が、うんうんと深く頷いている。


「それが、一瞬で地階に戻れるだって? そんな魔道具があったら、絶対に欲しい! 絶対に作ってくれ!」


 そこまでなのね……。

 冒険者たちのテンションに驚きながら、玲子は言った。

「わかりました。すぐに開発を始めます」


「絶対だぞ! 本当に頼むからな!」


 テレポーターの機能を使えば、問題なく作れるはずである。それであれば、蘇生術での使用実績が既にあるのだ。

 ――売れる! これは売れるわ!

 と、玲子は内心ほくそ笑んだ。


 しかし。

「待たれよ」

 重い声が響く。ルミナス伯である。

「それをいくらでお売りになる心づもりか」


 玲子は心中でそろばんを弾く。

 このアイテムはおそらく、全ユーザの必須級アイテムになると直感が告げていた。

 だから、強気に打って出る。


「聖金貨五十枚といったところでしょうか」


 えっ、と皆が驚愕する。

「そ、それはいくらなんでも暴利では?」

「入場税より高いではないか……」


 玲子は言った。

「このアイテムには、それだけの価値のあるものと考えております」


 たしかに、いや、しかし、と冒険者たちが口々に呟く。


 ははは、とルミナス伯が笑った。

「笑止。ダンジョンの帰路もまた鍛錬の場。そのような軟弱な魔道具など、購入する必要はない!」


 その言葉に、冒険者たちがあからさまな落胆の表情を浮かべた。


 いやいやいや、と玲子は心の中でツッコミを入れる。

 今あなた、値段聞いてから決めたでしょ!? 安かったら買ってあげてたでしょ!?


 心の中でため息をつきながら、玲子は言った。

「お待ちください、ルミナス伯。このアイテムの価値は、帰還が楽になる、といったところだけにはありません」


「なんだと?」


「ここだけの話にしておいていただきたいのですが……」

 と前置してから、玲子は告げた。

「入場税は今後、撤廃される予定です」


「なんと!」

 ルミナス伯をはじめ、皆が驚きの声をあげた。

「そ、それは真か?」


「はい。そうなると、ダンジョン探索はこれまでより手軽になります。端的に言えば、探索頻度を上げることができるようになるでしょう」


 ルミナス伯は顎に手を当てて、考え込む。

 ややあって、頷いてから言った。

「入場税が不要となれば、確かにそうなるであろうな」


 玲子は続ける。

「ただ、探索に時間を要する以上、そうそう回数を増やすことはできません。現状は多くのパーティが、月に二回程度の頻度でダンジョン探索を行っていますが、これが劇的に増えることはないでしょう」


 うんうん、と冒険者たちが頷いている。

 ルミナス伯はそれを見て、渋面を浮かべた。無理やりにでも探索頻度を上げさせる心づもりだったのかもしれない。


「ですが!」

 と玲子は言った。

「帰還の魔道具があれば、この状況は一変します! 実際、帰路にどのくらいの時間がかかっているかはわかりませんが、仮に往路の半分の時間がかかっているとしましょう。その場合、一回の探索に要する時間のうちの三分の一が、帰路に充てられているということになります」


「たぶん、もっとかかっているな」

 というハンソンの言葉に、ルミナス伯以外の皆が頷いた。


「ということは、帰路に要する時間をなくすことができれば、より探索の頻度を上げることができるんです! さっきの例で言えば、プラス五十パーセントの効率アップになります。単純に考えて、月に二回の探索を、三回に増やすことができるんです。帰路の疲労が軽減される分を考えたら、四回だっていけるかもしれません。しかも、入場税は一切かからないんです!」


「な、なるほど」

 ルミナス伯は言って、考え込む。頭の中でそろばんを弾いているのだろう。


 そうなのである。帰還の魔道具の本質的なメリットは、時短にある。

 それは、玲子たちにとっても圧倒的なメリットなのであった。冒険者たちの探索頻度が上がれば、課金アイテムが売れる頻度も上がり、売り上げ増に繋がるのである。


 つまり、探索の頻度が上がることは、パトロンも運営も嬉しい。

 そして、帰路が楽になれば、冒険者も嬉しい。

 完全なるウィンウィンウィンの関係が、そこにはあった。


 ややもして、そろばんを弾き終わったのであろうルミナス伯が、厳かに言った。

「そもそもダンジョンの攻略こそ、わが望むところではある。その可能性を上げることができるというのであれば、その魔道具を購入するにやぶさかではない」


「それはよかったです」

 玲子は優し気な笑みを浮かべながら、よっしゃ、いける、と心の中でガッツポーズをする。既に頭では、このアイテムを導入した際の売上高を試算し始めていた。


次回更新は5/19です。

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