第40話 けがの功名……?
利き腕を怪我した北條のせいで、課金アイテムの開発が遅れることを玲子は嘆く。
そんな玲子に、北條はキャンプで思いついた装備アイテム作成のアイデアを披露する――。
「これから課金アイテム作らないといけないって時に、なんで怪我なんかしてるのよ!」
玲子は嘆いた。
北條は、ため息をつきながら答える。
「転んで頭打つところだったんだよ。無事に帰ってきただけよかったでしょ」
玲子は、北條のそれを越える、大きなため息をついた。
「それで無事って言えるわけ?」
そして、尋ねる。
「ちなみに、利き手はどっちだっけ?」
「右」
「ですよねー。知ってた!」
玲子も、普段の食事などで、北條が右手を使っているのを見ているのである。
北條の今回の怪我は、彼の利き手である右腕であった。今後の作業に支障が出ることは確実である。
「治癒魔法でどうにかならないの?」
「ならないみたい。時間が経つと治癒できないんだって」
北條の言葉を、水谷が補足する。
「フェリスさんが言ってたんですけど、治癒魔法の本質は現状復帰らしいです。時間が経つと、怪我の状態が現状になってしまうので、治すのが難しくなるそうで」
玲子は渋面を浮かべながら尋ねた。
「全治どのくらいなの?」
「医者の見立てだと、三ヶ月くらいでなんとかなるっぽい」
「めっちゃ困るんですけど! 予定狂いまくるじゃない!」
「ごめん!」
と北條は頭を下げる。
「でも事故ばっかりは、仕方なくない?」
「そうだけどー! そうなんだけどー!」
入場税の撤廃時期について、神殿と具体的な約束があるわけではない。しかしながら、あまりに時間をかけすぎると、また何か言いがかりをつけてくるかもしれないのである。
思わず玲子は愚痴を吐いた。
「課金アイテムのデザインどうするのよ……」
さすがに課金アイテム無しで入場税を撤廃するわけにはいかない。コンティニュー課金だけでは、ほとんど売上にならないのである。
「それなんだけどさ」
と北條が言った。
「この際だし、って言うのもあれだけど、俺の代わりにデザイン作業ができる人員を、誰か雇えないかな? この先、ガチャをやるっていうんなら、アイテムを量産するためにもデザイン人員は増強しておきたいところじゃない?」
「それは、確かに……」
言って、玲子は考え込む。
北條は続けた。
「予定してる課金アイテムは消耗型ってことだし、ビジュアルが購買意欲に結び付くことはあまりないよね。だから、とりあえず誰か雇って、今のうちに経験を積ませておきたいなと思ってるんだけど」
北條の言ってることに間違いはない。しかし――。
「誰かを雇うって言ったって、こっちの世界じゃ伝手もないし、どうしたらいいの……?」
と玲子はまた、ため息をついた。
「お任せください!」
と横から言ったのは、アルスである。
「人脈だけが取り柄です。こういう時のために私がいるのですよ!」
胸を叩いて、自信満々に宣言する。
おお、と三人がどよめいた。
「それで、どういう人材をお求めでしょう?」
アルスの問いかけに、北條が答える。
「ぶっちゃけ、絵心はあるに越したことはないけど、そこまで重要じゃない。描いたものが直接製品になるわけじゃないからね。ただ、仕事に対するモチベーションは持っていて欲しいな。絵を描くのが好き、でもいいし、ダンジョン運営やりたい、でもいいけど」
「なるほど。他には?」
「これはどちらかと言えば、俺が教えてもらいたいところなんだけど、この世界における芸術についての知識があると嬉しい。こっちの世界の文脈に合わせたデザインというのがどういったものか、ここらで学んでおきたいんだよね」
うんうん、とアルスが頷いた。
「心当たりが一名、おりますね」
「いるの!?」
「はい。本業は別にある者なのですが、このところ暇を持て余しておりまして」
玲子が尋ねる。
「本業は何をしている人?」
「はい、あの、なんといったらいいのか……。階層の守護……あ、いや……」
こほん、とアルスが咳払いをしてから、言い直す。
「主人が不在となっている屋敷で、接客やらハウスキーピングやらをしている者ですが、このところ来訪者がいないとのことでして」
と言って、にこりと笑う。
アルスのやや不審な様子が気にはなったものの、玲子は言った。
「じゃあ今度、連れてきてくれない? 面接するわ」
承知いたしました、とアルスが首肯する。
ところで、と北條が言った。
「アイテムについて、思いついたことがあるんだけど」
「なに? 課金アイテムのアイデアなら大歓迎よ。まだ何も決まってないしね」
「そうじゃなくて、装備アイテムについてなんだけど」
「装備アイテム? 今のところは予定ないけど」
「でも、いずれはガチャをやるんだよね? ファンサガをリメイクするなら、装備ガチャは避けて通れないでしょ?」
「それはその通り」
玲子は頷く。ファンサガの主な収益源は、装備アイテムのガチャであった。
「そうなると、かなりの数を量産しないといけないわけだから、ダンジョンの魔法で作ることになるよね」
「そう、なんだけどね……」
玲子は言い淀む。
ダンジョンの魔法で作ったアイテムは、ダンジョン外に持ち出せない。魔法の効力が、ダンジョン内にしか及ばないからで、持ち出すと消えてしまうのである。
しかし、ガチャで出るアイテムはユーザーの資産となる。資産であるからには、所有できなければならない。そして、所有できるということは、ダンジョン外に持ち出せるようにしなければならないのである。
北條が玲子の懊悩を見透かしたように言う。
「ダンジョン外に持ち出せないのが問題になる、でしょ?」
玲子は頷く。
北條がにんまりと笑った。
「それ、なんとかする方法があるかもよ」
「えっ!?」
驚く玲子に、北條が得意げに左手の甲を見せる。
その小指には、ダンジョンの地図魔法を発動できる指輪が填められている。
北條は言った。
「指輪にしちゃえばいいんだよ」
「指輪?」
「そ。指輪。言うなれば、魔法の指輪だね」
「ちょっと待って。確かにその指輪は、外でもダンジョンの魔法が使えるけど、それは私たちがダンジョンの管理者だからであって……」
「もちろん、そうなんだけど。ダンジョンの中でだったら、普通の冒険者でも、指輪にこめられた魔法が使えるんじゃないかな?」
「どういう魔法をこめるっていうの?」
玲子の問いに、北條は自信ありげに答えた。
「装備品を出現させる魔法」
あっ、と玲子は声をあげた。
それから、まって、と言って、指を額に当てて考え込む。
「なるほど。たしかにそれなら……。ていうか、なかなかの名案じゃない?」
ぶつぶつと呟く。
ややあって、玲子は北條に言った。
「要するに、ガチャで出るアイテムを、指輪にするわけね」
「そう、その通り!」
と北條が笑って相槌を打つ。
「えっと……どういうことですか?」
要領を得ないといった顔で、水谷が尋ねた。
玲子がそれに答える。
「指輪をガチャの景品にする。指輪は魔法がこめられているとはいえ、ただの指輪だから、ダンジョン外にも持ち出せる。ここまではわかるわよね?」
はい、と水谷は頷いた。
「その指輪には、ダンジョンの中でのみ、ダンジョンの魔法によって、装備品を物質化することができる魔法をこめる。オーケー?」
こくりと、また水谷が頷く。
「そして、その指輪一つが、一つの装備品に対応するようにする。そうすれば、その指輪を所持することは、その装備品を所持することに等しくなる。つまり、ダンジョンの魔法で、冒険者が所有できる形で、装備品を制作できるようになるのよ!」
「ああっ! なるほど!」
と水谷が膝を打つ。見た目に似合わぬおっさん仕草である。
北條が言った。
「もちろん、指輪は実物を作る必要があるけど、実際に装備品を作るよりはずっと安上がりになると思うし、量産に時間もかからない」
玲子はそこに、言葉を足す。
「それに、ダンジョンの魔法でだったら、どんな効果のある魔法の武具だって作り放題! ファンサガの装備品には、すべてスキルが設定されていることも悩みの種だったんだけど、そこもクリアできるわ。まさに名案!」
言って、ばしん、と北條の背中を叩いた。
「怪我の功名って奴ね!」
「いや、まあ、別に怪我しなくても思いつけたんだけども……」
北條は眉をしかめつつ、苦笑した。
玲子は言った。
「とはいえ、まだまだハードルはあると思う。特に水谷とフェリス、どういうふうに実装すべきか、検討を進めておいてちょうだい」
その言葉に、二人は頷く。
「ただ、その前に、まずは課金アイテムを実装しないとね。で、何を作るかなんだけど……」
玲子を両の手のひらを上にあげた。お手上げのポーズである。
「いくつか思いつくものはあるけど、売れるかどうかはまるで見当がつかない。はっきり言って、ユーザーの嗜好がわからないと、何を売るべきか決められないわ」
「それじゃあ、どうするんですか?」
「もう冒険者に直接聞いちゃおうかと」
「えっ?」
玲子は、腰に両手を当てて宣言した。
「ユーザーインタビューを実施します!
次回更新は5/16です。




