第39話 アイデアとは、複数の課題をいっぺんに解決するもの
休暇の日、北條はベルモントの郊外へソロキャンプに向かう。
焚き火を前に、これからの仕事について、あれこれと思いを馳せるが――。
「このへんで大丈夫」
北條はそう言って、アルスの操る馬車を止めさせた。
ベルモント郊外の森である。滅多に人が入らないという森ではあるが、建築ギルドの管理下にあるせいか、原生林というほどには荒れてはいない。木々は適度に枝打ちされていて、暖かい木漏れ日が地面に射していた。
「くれぐれも魔物にはお気を付けください」
御者席に座るアルスが言うのに、北條は笑顔で頷く。
「わかってる。寝るときにはちゃんと結界も張るし」
馬車の荷台からパッキングした荷物を取り上げる。その大きなリュックの中身は、ベルモントで誂えたキャンプ道具である。元の世界のそれらのようにはいかず、どうしても大きく、重いものばかりである。
北條は重いリュックを背負い、ふうと大きく息をつく。
「本当にお一人で行かれるのですか?」
「うん」
「やはり、私もご一緒に……」
北條は笑って言った。
「アルスくんがいたところで、戦闘力としてはあんまり変わんないでしょ」
「それは、まあ、そうなんですが……」
「アルスくんと二人も楽しいとは思うけど、今回は一人がいいんだ」
そう言った北條に、アルスが渋々頷いた。
「それでは、明日またこちらに馬車を回します。建築ギルドのつけた印がありますから、迷うことはないと思いますが、絶対に道をそれないようにしてください」
「はいはい」
「何かあったら、渡してある交信珠でご連絡を。すぐに駆け付けます」
「わかってるってば」
繰り返される忠告に、北條は苦笑する。とはいえ、心配されるのは、悪い気分ではない。
走り去るアルスの馬車に手を振り見送って、よし、と北條は気合を入れる。そして、森の奥に進んでいった。
幸いなことに、獣や魔物には出くわさない。三十分も進まないうちに、開けた場所に出る。木を伐り出す際、ベースキャンプに使われている広場ということである。見れば、地面には焚き火された跡もある。そのまま使わせてもらうことにしようと北條は思った。焚き火による地面へのダメージを減らすのは、キャンパーのマナーである。
広場の木々は伐採されており、見上げれば空が見える。照り付ける陽光が眩しかった。時刻は昼過ぎである。
北條は、一枚の大きな布を取り出して地面に敷き、そこにリュックの中身を広げていく。
畳まれたテント、寝袋、ランプ、調理器具などなど。歩きなので装備は絞ったつもりだったが、それでもそこそこの大荷物である。元の世界のコンパクトなキャンプグッズが懐かしい。
北條はそこからひとつの包みを掴み取ると、周囲を見渡した。適度な太さの木を見繕って、ロープを結ぶ。そこから五メートルほど離れた、同じような太さの木に、もう一方のロープを結ぶ。
ロープを引いて張力を確認しながら、高さを調整していく。
「よし、居場所確保」
言って、ロープの間の布を広げた。それは、布製のハンモックである。
座るとちょうど両足がつく高さで、目の前には焚き火跡がある。ポジション取りは完璧、と自画自賛する。
続いて焚き火の準備に入る。
周囲の雑木林に分け入り、落ちた枝を拾い集める。人の手があまり入っていないだけあり、枝はそこらじゅうに落ちていた。北條は、なるべく乾いていそうなものを見繕って拾っていく。
木陰ながらぽかぽかと暖かく、じんわりと汗がにじんでくる。両脇にいっぱい収穫したところで、北條はホームポジションに戻った。
ばらっと木の枝を地面に置いて、ハンモックに体を横たえる。北條の長身がすっぽりと収まり、ゆらゆらと揺れた。いい具合である。
蚊帳があれば完璧だけどなあと思ったところで、アルスから託された結界のことを思い出した。キャンプ用の結界は、魔物や獣のみならず、吸血昆虫などの害虫も寄せ付けなくなるとの話である。
「便利なものがあるもんだねえ」
ハンモックを這い出し、リュックから結界の魔道具を取り出して設置する。見た目はただの神像である。像のモチーフは、守りを司る、なんとかという使徒であるらしい。使徒というのは、神に仕える半神のようなものだそうである。
その使徒は女性であったが、かなりがっしりとした体型で、北條の好みには合わなかった。
「ま、見た目は仕方ないか」
言いながら、魔道具に気を流し込むと、ぞわりと肌が粟立つ。まるで水面をくぐったような感覚であった。結界が展開されたのである。
「これでよし」
魔道具の扱い、すなわち気のコントロールにも慣れてきた。いずれは魔道具に頼らずとも、魔法を使えるようになるかもしれない。
北條はハンモックに座って、薪を組んでいく。太めの枝で井桁を作り、その中に細めの枝を入れた。
「で、ライターっと」
北條がそう呼ぶのは、着火用の魔道具である。細い棒状のもので、気を流すと先端から小さな火が出る。機能としては完全にライターである。
枝は十分に乾いていたようで、すぐに炎を上げ始めた。煙も少ない。よく燃えている。
北條は、ほっと息をつくと、腰の革袋からパイプを取り出した。小箱から出した煙草の葉をパイプに詰める。ライターでパイプの先端をあぶりつつ、息を吸い込む。
ぷかりと紫煙を吐き出してから、うん、と頷いた。
「意外と悪くないね」
どうやら、紙巻き煙草の類は、こちらの世界にはないらしいのである。パイプは、若干の面倒さはあるものの、それなりの風情があった。このパイプは、アルスから教わった喫煙具の店で見繕ったものである。
北條は、普段の生活では煙草を吸わない。だが、キャンプでは、なんとはなしに吸いたくなる。
立ち上る煙に空を見上げると、いつのまにか日が傾き始めていた。
夕食はカルボナーラにした。
パスタは事前に打って持参した生麵である。フライパンで茹で、そのままゆで汁に刻んだチーズを加えていく。火からおろして生卵を絡め、黒胡椒をかければ完成である。
「胡椒が同じ重さの金と交換、みたいな感じじゃなくてよかった」
現実の中世であれば、とても胡椒など使えなかったであろう。
「いただきます」
と手を合わせて、パスタをすする。
うまい、と一人、にんまりと笑った。
木のカップに注いだ赤ワインをごくりと飲む。濃厚なチーズとよく合う。
あっという間に食べ終えた。カルボナーラは、冷めないうちに食べるのが肝要である。
北條は、満足げに大きく息をついた。
ワインを舐めながら、焚き火を弄う。
それにしても、と呟いた。
「まさか、ガチャとはね」
玲子と北條は、それなりに長い付き合いである。ファンサガの前のプロジェクトから、一緒に仕事をしてきた。玲子は、基本的には堅実なタイプのディレクターである。しかし時折、突拍子もないアイデアを提案してくることがある。それはいつも、プロジェクトが何かしらの問題を抱えているときで、北條たちはそれに何度も助けられてきた。
アイデアとは、複数の課題をいっぺんに解決するもの。そう言ったのは、スーパーマリオの生みの親、宮本茂だったか。
そういう意味で、ダンジョンでガチャをやるというアイデアは悪くない。たしかに、冒険者というユーザー数が限定される中で、最大の利益を上げる方法ではあるだろう。
ただ、問題は実装である。北條は、ガチャ実装までのマイルストーンを考える。
「まずはとにかく、課金アイテム制作だよね」
これは、ガチャ実装までの繋ぎの意味もある。
北條は、左手につけた指輪を見やる。管理者だけに許された、ダンジョンマップを表示する魔道具である。フェリスの作ったそれは、つけても嬉しくならない代物だったので、自分でデザインしなおしてベルモントの工房に依頼した。工賃はひとつにつき聖金貨五枚であった。おおよそ五万円といったところである。
「ゲームだとデジタルアイテムを販売するのが基本だから、考えたこともなかったけど」
課金アイテムは、玲子の言うように、ダンジョンの魔法で作るのがいいだろう。外注するとなると当然、利益率は下がってしまう。
そうなると、ダンジョンの外に持ち出さなくても使える消耗品が主になる。ダンジョンの魔法で作ったものは、ダンジョン内でしか存在し続けられない。
「ま、何つくるか考えるのは玲子ちゃんの仕事だけどね」
言って、北條はぷかりと紫煙を吐き出す。
ぱちりと焚き火の火がはぜた。
「でも、ガチャやるには、消耗品じゃ無理だよなぁ」
ファントム・サーガで提供していたガチャは、装備品ガチャである。
「リメイクつったって、どうする気なの?」
北條はこれからの仕事に思いを馳せる。
ひとまず、装備品ガチャをやるとする。そのためには、大量の装備品を用意しなくてはならない。ガチャにはハズレ品が必要なのである。初期段階で、百はいかないまでも、六、七十種類は用意したいところだろう。
そのためには、大量のデザイン作業が必要になる。なのに、デザイナーは北條一人だけなのである。
「誰か雇えないかなぁ」
と北條はため息をつく。
ハズレアイテムであれば、多少微妙なデザインであっても問題にならない。そういったアイテムのデザインは新人の仕事だったりする。監修は北條がやるとして、できれば動かせる手の数を増やしたい。
ただ、デザインができたとして、実際の装備品をどうやって作るのかは、やはり問題である。
「装備品も、ダンジョンの魔法で作りたいところだよね……」
そうしないと原価が大変なことになるだろう。それに、とにかく数も必要になるのである。
「これだって、なんだかんだで三日くらいかかったもんね」
北條は工房に頼んで作ってもらった指輪を眺める。
元の世界の基準では、三日は早いほうだと思う。それでも、大量の装備品となれば、街の工房をフル回転して追いつく量かどうか。
やっぱり、ダンジョンの魔法で作ることを検討すべきである。
「ただ、それだとダンジョン外への持ち出しが問題になる、か」
ダンジョンの魔法の効力は、原則としてダンジョン内でしか維持できない。例外は、この指輪の地図魔法くらいだろう。
「この指輪を冒険者に配る?」
いや、意味はない。この指輪でダンジョンの魔法を行使できるのは、北條がダンジョンの管理者という特別な立場だからであると、フェリスは言っていた。
――指輪?
脳裏をよぎった閃きに、北條は、あっ! と声をあげた。
思わずのけぞった拍子に、くるん、とハンモックが半回転した。
後ろに倒れこむ。
「わーっ!」
声をあげながら、慌てて右腕で後頭部をかばう。
――衝撃。
「いてててて……」
かばった腕に強い痛みが走る。
しかし、頭を打たずに済んだのは幸いであった。先程思いついたアイデアが飛んでいったりもしていない。
痛みをこらえつつ立ち上がり、北條はほくそ笑んだ。
「玲子ちゃん、驚くだろうな」
北條がキャンプから帰ったその日、玲子は確かに驚くことになる。
ただそれは、包帯で吊られた北條の右腕を見てのことであった。
第2部の初回は北條視点の話になりました。
次回は5/14更新です。
今週から週三回、月水金の更新となります。よろしくお願いします。




